6話
『世界』のどこか 15:30
駿我と奇矯とジェラルドの三人は移動時間のほとんどを自分の考え事へと費やしていた。たまに三人の内の誰かが話題を振りそれに残りの二人が反応する程度には会話があったが、それでも大半は沈黙だ。
やがて二人を残して駿我だけが考え事を終えて歩いていた。残りの二人が何か考え事をしている事に彼は今更になって気づいたが、邪魔をしないようにと自分もまた黙り込んでいる。
だが、しばらくすると何かを思い出したのかジェラルドの方を向いていた。ようやく考え事の終わったジェラルドもまたその視線に気づき、駿我に言葉をかける。すると彼は奇矯に気づかれないようにしているのか小声で言葉を発した。
「なあジェラルド殿、お主、奇矯さんをどう思う?」
「どう? とはなんだ? いや、私個人の好みを言うなら全て完璧だ、素晴らしいの一言。だが、それで、何だ?」
その言葉に思わず駿我は一歩引いて刀に手をかけていた。邪な気配は感じなかったが、どうやらこの『怪物』は奇矯へ『そういう意味での』好意を抱いているらしい。その答えに至った瞬間に駿我はそれが歪んだ好意である危険性を感じてジェラルドをじっと見つめる。
『怪物』には駿我をして戦慄するような変わり者がそれなりに多いのだ。それが原因で大変な目にあった事も一度や二度では済まないほどあった。
しかし、どこからどう見てもジェラルドから嫌な雰囲気は感じない。それどころかその態度には奇矯に対する素直な好意すら感じられる。気づかないようにされている、という可能性も考えたが、話をする限り、目の前の『怪物』がそれをやりたがるような存在とも思えない。
むしろ意図的に自分の力を『吸血鬼のような力』に制限しているような風すら感じられる。どうやら、この『怪物』は本当に奇矯へ純粋な好意を抱いているのだと判断した彼は刀から手を離し、改めて口を開いた。
「なんというか、彼女は何か隠し事を、それも重大な隠し事をしているように思うんでござるよ。どう思う?」
ジェラルドは駿我から感じられる疑いの目が消えた事に安堵していた、内心、自分の感情が汚れた好意であってたまるかと思ってはいたが、それを表へ出すことは決してない。
そして彼は駿我の言葉に対して思い当たる節があった。エィストの話で聞いていたのだ。彼は駿我の疑問の大半に答える事が出来るだろうと判断していた。
「ああ、なんかそういう感じはするな。まあ私も再会したのはさっき鎧武者に斬られた彼女を見た時だから『何もしらないがな』……考えたら腹が立ってきた。あの武者、一発殴る、絶対に」
「……ぬう、知らぬか……ところで、なぜ五七五? というかなぜそのような文化を知ってるんでござるか?」
「ん? ああ、あれだよ、吸血鬼物でな、様々な文化圏の吸血鬼が異種格闘技をやる映画があったんだ。そこで知った。流石の私もあれはどうかと思ったな」
そのとんでもない映画の話に、駿我は先ほどまでの会話を一先ず置いて意味不明と言いたげな表情をした。が、それを見たジェラルドは誤魔化しが成功した喜びを表すように笑い言葉を続ける。
「……というのは半分冗談だ、そういう映画は実際に見たがそんな描写は無いしそもそもそんな映画の描写は信じない。本当はどこぞの馬鹿が私に教えたんだよ」
後半の話はとりあえず置いて映画が実際にあった事に何と言うべきか迷っている駿我に向けてジェラルドはニヤリと笑い、内心では安堵していた。
あまり下手な事を言って奇矯に聞かれれば何かの企みがあって彼女と友好を結んだように思われるかもしれないと彼は内心で警戒していたのだ。彼はエィストの頼みによって奇矯に近づいたのだがそれは建前で実際の所は彼がそうしたかったからだった。
駿我が何を言うべきか迷い、ジェラルドが笑みを浮かべていた時、やっと考え事を追えた奇矯が二人の方へと意識を向けた。奇矯は話を聞いていなかったので二人の会話の内容を知らない。
その為、彼女は少しだけ慌てた。自分はもしかしたら話を無視していたのではないかと考えたが、その思考に気づいたジェラルドが笑って言う。
「私は彼と話していただけさ、大丈夫、君は私たちを無視してなんかいない」
奇矯を安心させるような穏やかな声音だったが、実の所安心していたのはジェラルド当人だった。駿我には知らないと言ったが、彼はエィストから聞いて彼女の『事情』を知っている。
駿我との会話を聞かれて万が一にも自分が嘘を付いている事に気づかれるのはまずいと感じていたのだ。奇矯が話を聞いていなかった事にジェラルドは安堵していた。当然、表には出さなかったが。
駿我は先ほどまで何を言うべきか迷っていたが、奇矯が会話に参加している事に気づいてそれを止め、話題を変える為なのか奇矯に話しかけた。
「ところで、奇矯さんは様々な文明圏の吸血鬼の異種格闘技映画なるものを見た事はあるでござるか? 拙者は無いが、ジェラルド殿はあるらしい。奇矯さんは見たことあるでござるか?」
話題を切り替える為かと思ったが、違った。ジェラルドの話す映画の内容があまりにも彼の想像を超えていた為に奇矯にもその理解不能さを体感してもらおうと話していたのだ。駿我のほんの少しの悪戯心から来るものだった。
が、少しの間何かを思い出そうとしているように黙った後の奇矯の返事は彼とジェラルドの予想を遥かに超えた物だった。
「……あ! あれですね。見ましたよ?」
駿我は絶句し、ジェラルドは目を見開いた。ジェラルド本人も奇矯が見たことがあるとは思っていなかったのだ。完全に予想外だった為に駿我とジェラルドは思わず顔を見合わせた。
ジェラルドに気を使って見たと嘘を付いたのではないかと二人は疑ってしまったが、続く奇矯の言葉でそれも完全に消し去られる事となった。
「ええと、確か、ラストは宇宙から飛来した吸血鬼型隕石を参加者全員の気を高めて破壊する映画ですよね?」
その言葉を聞いた瞬間ジェラルドは奇矯への疑いの気持ちを一瞬で消し去り、歓喜の表情で奇矯の手を握って思わず勢いのまま抱きしめていた。
奇矯が本当にその映画を見ていた事への驚きが冷めるのとジェラルドが奇矯を抱きしめるのは同時だった為に止めるのが遅れた駿我は肩をすくめている。
先ほどの彼であれば即座に刀を抜いてジェラルドを斬っていただろうが、彼が純粋に奇矯に好意を覚えているのは本人との会話で納得していた為にそうする事はなく、横で戸惑う奇矯と徐々に焦ったような顔になっていくジェラルドを楽しそうに眺めていた。
そう、ジェラルドは焦っていた。好意を抱いていた人物が自分と同じ趣味の物を見ていたのだ、その喜びのあまり彼は奇矯を抱きしめていた。が、その次の瞬間には自分が何をしているのかに気づいて焦った。
これが彼と同じ人型の『怪物』であれば例え人格的に性別が異性であっても一度か二度殴られるくらいで済む話だが、奇矯は生物であり、人間である。親友らしきニルの価値観から考えれば、一生この事で変態の烙印を押されても文句は言えない立場に自分は立たされたという事だ。
このままもし彼女に嫌悪の目でも向けられれば恐らく自分は死にたくなるし、彼女が死ぬ事も止められなくなると彼は焦って冷や汗すらかいていた。
そんな時、ジェラルドの腕の中に居た奇矯が小さな悲鳴を漏らし、ゆっくりと顔を上げた。目には薄らとだが涙が浮かんでいる。よほど嫌だったのだろうとジェラルドはその涙の理由を予想する。隣では駿我が彼女の悲鳴の意味に気づいて刀を抜いていた。
ああやはり変態扱いになるのかとジェラルドは思わず絶望的な気持ちを味わっていたが、ジェラルドに視線を合わせた奇矯の言葉は想像とはまったく違う物だった。
「……あの、痛いです。腕の力を抑えていただけませんか? その、このままだと私の体が比喩ではなく折れてしまいそうなので……」
そこまで言われてやっとジェラルドは気づいた。焦って抱きしめていた奇矯へ吸血鬼らしき『怪物』としての強い膂力を、通常の人間であれば紙を握りつぶすかのように容易く潰せてしまう力をかけ続けていた事に。慌てて彼は奇矯を腕から解放した。と、同時に駿我も刀を鞘に戻す。
すると、奇矯は崩れ落ちるように膝をついた。どうやら彼らが思った以上に彼女への負担は深刻な物だったらしく、この『世界』に住む通常ではない人間の彼女ですら辛さを隠せないほどの物だった。
「だ、大丈夫でござるか!? まったくジェラルド殿は自分が『怪物』なの忘れてたとでも言うつもりか!」
「大丈夫か? 本当にすまない、焦って力を入れてしまった……」
駿我は怒る口調でジェラルドへと詰問したが、それを意に介することなくジェラルドは奇矯を心配していた。もう一度駿我が詰問しようとすると、ジェラルドは目でそれを止めた。彼の目は言っていた『今やるべきは奇矯を心配する事ではないのか』、と。
確かにそうだと駿我が怒りを仕舞い込んで奇矯へと駆け寄った。が、その頃には既に奇矯は立ち上がれるほどに回復している。ジェラルドも駿我もそれには驚かなかった。彼らの回復も同じかそれ以上に早いのだから。
二人は立ち上がった奇矯を心配そうに見ていた。そんな二人の視線に気づいた奇矯はジェラルドへと少しだけ怒るような目を、駿我へは礼の意思を込めた目を向ける。
「駿我さん、心配してくれてありがとうございます。私は大丈夫ですよ、結構体は頑丈なんです。しかし、ジェラルドさん?」
「はい」
ジェラルドは思わず返事をしていた。彼女は怒っていない雰囲気を見せていたが、声音は極寒の地より冷たかった。心の中では憤怒のマグマが煮えたぎっているのかもしれないと彼は内心焦りきっている。
「痛かったです」
「はい」
奇矯の冷たい声に何か気づいたのか駿我は面白い物を見るようにジェラルドを見た。見られたジェラルドはそれに気づかないほど落ち込んでいる。
そんなジェラルドの態度を見た奇矯は、彼に気づかれない程度に人の悪い笑みを浮かべる。位置の関係でジェラルドに見える事は無かったが、駿我にはよく見えていた。
奇矯はひとしきりジェラルドの落ち込む姿を眺めると、これで罰は終了とばかりに明るい笑みを浮かべて口を開いた。
「今度から私を抱きしめる時は優しくお願いします……次があればですが」
駿我は先ほどからかわれた時と同じ空気を奇矯から感じていた、故に彼はこのような発言をするだろうと予測していた為に驚かなかったが、ジェラルドは別だった。予想していた内容とはまったく違う言葉に一瞬呆気に取られ、いかにも疑問だという表情を奇矯に向ける。
「あ、抱きしめるのは別に構わないんですよ。私もニルに抱きついた回数は百回から先数えてませんし、やめようと思ってもついやってしまう物ですからね、わかりますよ」
「お主らは同性でござろう?」
「大して変わりませんよ。ジェラルドさんは友達で、ニルは親友というくらいです。別に、嫌だとは思いません」
その話の内容を聞いたジェラルドは内心安堵と喜びを覚えていた。変態の烙印は押されずに済み、彼女が自分を本当に友達だと認めている事を実感できたのだ。そんな嬉しそうな彼へ向かってあまり強くない力で拳が頭に刺さっていた。
駿我の拳だ。奇矯が許したといっても、彼が許すわけではないのだ。そして奇矯へとそこに居るように告げた彼はジェラルドの首を持って少しばかり路地裏へ入っていった。
「私を斬るなら一撃でやった方がいいと思うぞ、もし奇矯さんに見られたら君、あまり良い目は向けられないだろうからな」
路地裏の奇矯からは見えない場所まで行くと、駿我に引きずられていたジェラルドは今まで奇矯の言葉に震え上がっていたり歓喜していた者とは別人のように雰囲気を変えて駿我に話しかけていた。
厳密には奇矯の姿が見えなくなった時には彼は既に雰囲気を変えていたのだ。当然、駿我も彼の態度の変化に気づいていた。
「誰がお主を斬るか。間違いなく奇矯さんが怒る、それは避けたい」
「では何故君は私をここまで連れてきた? わざわざ、奇矯さんからは見えない所へ連れてきた理由はなんだ?」
気づかれていたかと駿我はジェラルドの態度に納得した。彼が奇矯に気づかれないように罰を与えるという名目でジェラルドを連れてきたのはある疑問があったからだった。
その疑問はジェラルドと話していて覚えた物だったが、奇矯に関わる事だった為に奇矯が考え事をやめてからは彼に尋ねるタイミングを逃していた。そんな時、彼が自分から失敗をした為にそれを口実にして連れてくるという手が頭に浮かんだのだ。
駿我はそれを即座に実行した。結果的には奇矯は騙せたが、ジェラルドは騙せていなかったらしい。
なるほど確かに『怪物』の一人ではあると駿我が内心でジェラルドを賞賛している時、ジェラルドは内心では面倒だと感じていた。
ジェラルドは駿我の行動から次に来るであろう質問を思い浮かべる事が出来ていた。その為に悩んでいたのだ、彼に教えるべきなのか、教えるべきではないのか。だからこそ彼は面倒な気持ちを味わっていた。
「……さっき、拙者が奇矯さんについてどう思うか聞いた時、ごまかしたでござろう? それは、お主が何か知っている、という事ではないのか?」
質問の内容はジェラルドの予想した通りの物だった。ごまかせたと思っていたが、ごまかせていなかったようだ。ジェラルドは内心で溜息をつき、考えてみると話題の切り替え方が乱暴すぎた事を後悔している。
「……あー、まあ、知ってるといえば、知ってるんだが……」
ジェラルドは言葉を濁した。今彼に奇矯が隠している事を教えるのは容易い、だが、本当に教えて良いのかと彼は考えていたのだ。駿我に教えれば彼がどう行動するか予想できるほど彼は駿我という男の精神性を理解していない。
が、ジェラルドは話してもいいかもしれないとも感じていた。多少話した程度で人となりが分かるわけではないが、駿我という男は奇矯という女性に良かれ悪かれ決して小さくない影響を与えるであろうという事は奇矯の態度から読めていた。
何故強い影響を与えられるのかは彼らの『同類の気配』を読めていない彼にはわからなかったが、それでも何かが変わるという予感だけはあった。その為、言うべきか言わざるべきか悩んでいたのだ。
「……奇矯さんな、今は普通だが先ほどはかなり酷い状態、今にも死にそうな雰囲気でござったよ」
言葉を濁すジェラルドの態度を見た駿我は唐突に呟いていた。声音には悩むような色があり、心配そうな雰囲気があった。
そんな言葉を聞いたジェラルドは話の中のある一点でギクリと体を硬直させていた『今にも死にそうな』という部分だ。駿我は比喩として言ったのだろうが、そうではない。実際に彼女は死にそうなのだ。その一点において、駿我の言葉は的を射ていた。
「なあ、ジェラルド殿、何か知っているなら教えて欲しい。拙者だってな、奇矯さんが心配でござるよ。そう思って本人に聞いても曖昧な返事しか貰えなかった、ならばお主から聞くしかなかろう」
体を硬直させたジェラルドに気づいているのかいないのか、駿我の声は哀願するような色を含み始めている。そんな彼の言葉を聞いたジェラルドは思っていた。「話す方が、いいのかもしれない」と。
そう考えたジェラルドの行動は早かった。内心の言うべきか言わざるべきかの思考を言うべきに結論付けて駿我へと口を開く。
「わかった、教える。まず、これはエィストから聞いた話だが……」
「駿我さん! ジェラルドさん! ちょっと来てください!」
響いてきた奇矯の声に言葉を止めた。二人は思わず顔を見合わせたが、ジェラルドが「後で話す」とだけ告げて奇矯の元へ走っていくと、駿我もまた同じように走っていく。
そんな去り行く二人を、慌てたような雰囲気で見つめる視線があったが、二人はその事には気づかない。
その影が「あっぶねええええええ……危うく全部台無しになる所だった……急がないとまずいな……」と呟いていたが、やはり、誰の耳に届く事もなく消えていった。
『世界』のどこか 15:40
力を使って次々と探し回っていたニルと恭助はついに奇矯を発見していた。彼女らが居る場所からは少し遠い場所だったが、直線だった為に二人の目は彼女の姿を捉える事ができている。
二人は喜んで奇矯の方へ向かっていく、彼女らが向かってくる事に気づいた奇矯は満面の笑みで彼女らと合流しようと走ったが、時折腰の辺りを押さえて痛みを抑えるようにしていた。
そんな彼女の姿に恭助は顔を蒼白にした、間に合わなかったのではないかと考えていたのだ。が、それは隣のニルのそれはないと言いたげな表情で四散する。ニルの方が奇矯の事をよく知っているのだ。
そうこうしている間に奇矯と二人は合流していた。見ると奇矯の片手は傷がついていて、腰周り全体に激痛が走っているのか偶に痛みを堪えるような顔になっている。そんな姿を見た恭助は心配そうに奇矯を見つめた。
「はは、大丈夫ですよ恭助君。私の体は頑丈なんです」
「でも……痛そうだよ? 本当に大丈夫なの? 我慢してない?」
恭助を安心させるためか、奇矯は微笑んで彼の頭を撫で回した。その態度にはどこかごまかすような色がある事に恭助もニルも気づいていたが、本人の意思を尊重して何も言う事は無い。
ごまかしきれたと思ったのか安心した顔になる奇矯だったが、自分の腰の辺りを見るニルの冷たい視線に気づくと親友の考えを読んで発言しようとしたが、その前にニルが口を開いていた。
「なあ、腰と手のそれ、誰にやられた?」
視線が冷たいなら言葉も冷たかった。が、その中には静かな激情が見られる。奇矯は嬉しそうな顔をした、ニルのこういう姿を見るのは久しぶりなのだ。親友に傷をつけた者に怒っているのだという事が彼女には伝わっていた。だが恭助は怖がるように一歩下がる。
そんな彼に気づいた奇矯がまた安心させようと手が置かれていたままになっていた恭助の頭を優しく撫で回し、恭助の恐怖心を取り除こうとした。その事に気づいた恭助は少し恥ずかしそうに奇矯へと視線で礼を言う。
「手の方は鎧武者に斬られました、許しません。でも、腰に関しては……あの、怒らないでくださいね? ニル、あれはちょっとした事故みたいな物で……」
「いいから、誰にやられたんだ?」
冷たい雰囲気のニルを説得する事を奇矯は諦めた。ニルが奇矯の事をよく知っているように、奇矯もニルの事をよく知っていたのだ。何を言っても無意味だと奇矯は理解していた。
だが、それでもニルを抑えるくらいはせねばならないと奇矯は感じていた。彼女がここまで怒っている以上、下手な事をすればこの『世界』から『怪物』が一人消え去ってもおかしくはないのだ。それを知っている彼女はとりあえず手加減させる為の言葉だけは口にした。
「……えっと、これをやった人ならちょっと前に駿我さんが罰を与えるって連れて行きました。それに、私の新しい友達なのであんまり怒らないでくださいね?」
言葉の後半の内容にニルは思わず怒りを引っ込めて頭上に疑問符を浮かべていた。彼女が今日会った者の中で奇矯の友達になれそうな者といえば、恭助しかいなかった。だが彼は今ここにいる。ならば誰だと彼女は考えていたのだ。
ニルの冷たい雰囲気が消え去った事とその理由を奇矯は一瞬で理解し、微笑んでニルの腕を取っていた。
「私の新しい友達は、ジェラルドって人なんですけど、知ってますか?」
そして、そんな微笑む彼女の口から出てきた名前にニルと恭助は驚愕した。その名前は二人とも知っている名前だった、それ所か、どういう人物でどんな生き方をしている者なのかまで。
名前を聞いた途端、横で話を聞いていた恭助が奇矯に騙されやすい人間を見るような目になり、ニルは溜息をついた。奇矯の交友関係に呆れていたのだ。
「それは『怪物』で、吸血鬼マニアで、自分も吸血鬼の格好してる、あいつか?」
「え、ええ。そうですよ? 何か問題がありますか?」
「どうして?」
恭助の言葉の意味が一瞬わからなかったのか、首を傾げる奇矯だったが、ニルの視線から伝わってくる「どうしてそんな奴と友達になったんだ?」という意思を受け取って恭助の話を理解した。
「ジェラルドさんに『友達になって欲しい』って頼まれたので」
「それであっさりOKしちゃったの? いや、僕が言う事じゃないのかもしれないけどさ」
「え、ええ。何か問題がありましたか?」
奇矯の何がまずいのかまったく分かっていない声音を聞いた恭助は大仰に嘆いてみせるとすぐに内心で頭を抱えた。『怪物』という存在がどれだけ易々と信じてはいけない存在か、彼は家族であるエィストという極端な例で考えている。
その為に彼の中では奇矯は完全に「優しいけど騙されやすい人」と認識されるようになっていた。そんな彼の態度に奇矯はまた首を傾げたが、その疑問には恭助に変わってニルが答える。彼女もまた、恭助と同じ事を考えていたのだ。
「お前な、それはないだろう? 『友達になりたい』って言われたから友達になる? しかも、よりにもよってジェラルド相手にか? まあエィストよりはマシかもしれないが……」
「比較対象がおかしいですよ。それに、私はジェラルドさんが真摯な気持ちで頼んでくれたからそれを受け取っただけです。私はその程度の真偽なら見抜けますよ」
何がおかしいのかと言いたげな奇矯の態度にニルは溜息を一つついた。これ以上言っても無駄かと悟った。奇矯は雰囲気や口調からはあまり想像できないが、意外に頑固な人物なのだ。親友であるニルはその事を知っていた為に、諦めた。
しばらく恭助とニルの溜息の意味を考えていた奇矯だったが、それよりもやらなければならない事に気づくと慌てた。折角ニルと恭助に合流したというのに、駿我とジェラルドを呼んでいなかったのだ。
その事を恭助とニルに告げると、二人は一瞬目配せをした。どうやらジェラルドに聞きたい事があるらしい。「とりあえず殴るよね」「奇矯が心配だ、さっきとは違う意味でね」などと呟かれている事に彼女は気づいて少しむくれていたが、本人と会わないと話にならないと判断して二人を呼ぶ。
「駿我さん! ジェラルドさん! ちょっと来てください!」
その時、誰かが安堵の息を漏らしたが、気づいたのは恭助だけだった。
奇矯に呼ばれた二人、特にジェラルドは凄まじい速度で路地裏から出ていた。その姿を見た恭助がジェラルドの所へ駆け寄り、代わりに駿我が二人の元へと駆け寄った。
恭助とジェラルドの二人は何か問答をしているらしく、どこか疑うような恭助の言葉をジェラルドが返す形となっている。そんな向こう側の様子に奇矯と駿我は肩をすくめた、ニルはジェラルドを疑わしいと感じていたが、二人との再会を優先する。
「なあ、駿我。ジェラルドはどうだ? お前から見て、怪しい所はあるか?」
「いや、無かったな。むしろ純粋でござるよあ奴は。尊敬したいくらいでござる」
ニルはその言葉を聞いて安堵の息を漏らした。奇矯本人の口から聞くよりは遥かに信憑性の高い言葉だ。親友の駿我ならば特にそうだ。
そうしていると奇矯が不満そうに見つめている事に気づく、自分の言葉が信じられないのかと伝えてくるその視線に、彼女は素直に謝罪した。すると奇矯は不満そうな顔を引っ込めて、再会の喜びを表すように微笑んだ。
三人が再会を喜んでいる間にも、恭助とジェラルドの問答は続いていた。既にお互いに話を終えたのか何故か言い争いのようになっていたが、それを外野から眺めていた三人は苦笑していた。
奇矯ですらも二人の言葉の応酬に微笑んでいた、どちらかといえば、あれは争いと言うよりはただの遊びだ。その証拠に、言い争っているようで二人の口は笑みを作っている。
ニルは駿我の言葉でとりあえず信じる事にしたのか、ジェラルドの所へ詰め寄る事は無い。
「ところで奇矯、何があったんだ?」
「何がって?」
「どうして腰の辺りなんか怪我したんだ?」
ニルの質問の内容を理解した奇矯はあからさまに言い辛そうな顔をした。これを言えばニルが何をするかが明らかだったからだ。だが、それを理解していた駿我は面白がって奇矯より先に発言していた。
「ジェラルド殿がつい勢いで抱きしめたんでござるよ、しかも焦って力入れてしまったと」
「誰を?」
「奇矯さんを」
それを聞いたニルの反応はまさに奇矯と駿我の思った通りの物だった。不敵な笑みを浮かべたまま殺気を発し、ジェラルドの方へとゆっくり歩いていったのだ。そんな彼女の態度に駿我は笑っていたが、奇矯は慌ててジェラルドを庇うようにニルの前に出る。
先ほどの話で恐らくニルはジェラルドを本気で潰そうとはしないだろうという確信はあったが、それでも下手をすればジェラルドがニルに殺されかけてもおかしくないほどの殺気なのだ。奇矯は必死にジェラルドを庇った。
「ま、待って下さいニル。別に彼も悪気があったわけじゃないんです、許してあげてください」
「それはわかった、信じよう。だが許せるか許せないかは別問題だよな」
冷たい言葉だったが、駿我にだけは見えていた。ニルが奇矯には見えない所でだけ口元が笑っている事に。どうやら、ニルは奇矯で遊んでいるらしく、必死になってる人で遊ぶのは如何なものかとふと駿我は思ったが、それは自分がからかわれた時も同じだったと思い出して、やめた。
奇矯とニル、ジェラルドと恭助。そんな二人ずつの会話から駿我は離れていた。その為に、気づいた。どこかからかすかに感じられる、巨大な殺気に。その殺気はどんどんとこちらに近づいて来ている。駿我は慌てて二人に声をかけたが、それはあまりにも遅きに失していた。
言い争うように談笑するジェラルドと恭助の隙を突いて、鎧武者の格好をした何者かが彼らの目の前に現れた。彼ら二人は突然現れたその存在に動く事が出来なかった。そして鎧武者はそれを理解しているらしく、神速の勢いで刀を抜いて斬りかかった。
ジェラルドは自分が斬られた時の経験も踏まえて鎧武者を迎撃するべく構えたが、それが無意味だった事を即座に知る事となる。何故なら、鎧武者が襲い掛かったのは、ジェラルドではなく恭助だったからだ。
あまりの速さに呆けたように目を丸くして鎧武者を見つめる恭助に、刀は容赦なく襲い掛かる。それは斬るのではなく、突きだ。その突きは誰にも邪魔させること無く彼の胸に突き刺さった。
一瞬恭助は呻き、刀へと手をやったが、その鎧武者の姿を見つめて何かを納得した顔になると手を離す。それを確認したのか鎧武者は刀を彼から引き抜いて、恭助を壁へと放り投げる。まるでゴミを放り投げるような風に。
そして、その瞬間から時間が戻ったかのようにジェラルドが凄まじい勢いで鎧武者を殴っていた。奇矯が傷を負った時とは比べ物にならないほど巨大な怒りだ、怒りすら通り越して、吸血鬼らしく振舞うという意思すら放棄して鎧武者を潰したいという意思以外何も感じられない一撃だ。
そんな一撃を受けた鎧武者は手に持っていた刀を落としてあっさりと吹き飛ぶ、そして鎧武者が飛んだそこは丁度ジェラルドと駿我が出てきた路地裏だった。が、ジェラルドはそれを確認せずに恭助の元へ駆け寄った。そして、同じくらいに早くニルと駿我もまた何時の間にか奇矯から離れて恭助の所に居た。
ニルと駿我は鎧武者の事をその時は気にしなかった。ただ、恭助がどうなっているか確認せねばならないという気持ちだけで行動していたのだ。それが、鎧武者の計画通りだと気づかなかった、気づく事が、出来なかった。
二人が恭助の側で彼の名前を呼んだのとほぼ同時に、巨大な殺気が現れていた。駿我はまた鎧武者が現れたのかと思わず少しだけ抜刀しかけたが、それは勘違いだった。その殺気は、奇矯が発している物だったのだ。
奇矯は巨大な殺気を振りまいて、何事かを呟くと鎧武者が落とした刀を拾い一瞬すらかけずに路地裏に吹き飛ぶような勢いで向かっていった。あまりの勢いで周囲の物に傷すらついている。駿我には、奇矯の呟いた言葉がなぜか聞こえていた。そう、「ゆるさない」という単純な一言だ。
奇矯は怒っていた。鎧武者が友達となった恭助を斬った事に、それ以上に、恨んでいたのだ。鎧武者という、存在そのものを。そんな奇矯が消えた瞬間、駿我もまた吹き飛ぶような勢いで路地裏に入っていった。なぜか、そうしなければいけないような気がしていたのだ。
「待て駿我! お前は決定的な事を知らない! あの鎧武者は……」
駿我が路地裏に入っていった事に気づいて慌てて声を上げるニルの言葉は、途中で駿我に届かなくなっていた。なぜ言葉が届かなくなったのかと困惑したが、その疑問はすぐに氷解した。路地裏から、凄まじい濃霧が発生したのだ。
その霧を見た時の感覚はニルにとって少し前に感じた物だった。そう、奇矯と駿我を探す時、恭助とニルの邪魔をしたあの霧のような感覚だった。違うのは、視覚的に見えるという一点だ。唐突に現れた霧にニルは怒りを向けたが、ジェラルドの怒りはそれ以上だった。彼は、気づいていたのだ。今回何が起きて、誰がそれを行ったのか。
「あの野郎っ……! あの、クソ野郎……! 今更気づいたからって遅いとでも言う気か!? その通りだよ畜生が!」
彼らしくない声を荒げる姿に、ニルは逆に落ち着いていた。この霧の正体を考える事を後回しにし、その霧を消し去る事に全力を尽くす。が、霧は晴れない。確かに霧の濃度はかなり薄くなったが、それだけだった。
思わず舌打ちするニルだったが、そんな時足元に居た誰かが彼女の足を掴んでいた。そう、恭助だ。彼は胸を貫かれても当然のように生きていた。まるで鎧武者に斬られてなどいないと言いたげな姿で倒れこんでいる。
傷自体は完全に消えていたが、しばらくは動けないのか視線だけが彼女の目をみていた。それだけで、ニルは何かを確信した。するととなりで怒るジェラルドへ普段の不敵な笑みで顔を向け、怒る彼を力で強制的に静めて話した。
「とりあえず、誰がやっただのは後だ。これを解くには『今の』私だけじゃ役者不足らしい。頼む、ジェラルド、手を貸してくれないか」
言葉をかけられたジェラルドは怒りを静められて冷静な判断ができるようになっていた。その為に気づいた、彼女が、完全に人に頼るなど彼の知る限り始めての事だ。思わず、彼は笑みを浮かべていた。その笑みの意味がわからないニルも、とりあえずの返しとして同じ笑みを浮かべてみせる。
そして、ジェラルドとニルは何も言わずに霧を破壊するために力を使い始める。足元では、恭助が満足げな笑みを浮かべていた。
奇矯を追って路地裏に入った駿我は、奇妙な霧に惑わされていた。そこまで広くない道だったというのに、横にも縦にも無限に広がっているかのような錯覚、いや、錯覚ではなく本当に空間が広がっているのかもしれないと駿我は感じていた。
だが、そのような事になった理由は彼は今思考してはいなかった。ニルと同じく、それは後回しにしたのだ。今考えるべきは奇矯となんとしても合流する事だと駿我は感じていた。
どうしても晴れない霧を前に、駿我は刀を振った。まるで空間を斬ろうとしているような動きだ。実際に、空間は斬れた。だが、その先にも霧が広がっていてもはや駿我個人の手ではどうしようもない状況に陥っていた。
それでも駿我は諦める事無く、今度は何か潜り抜ける方法は無いかと思考し始めた。そこでふと、気づいた、この空間はまるで時間を稼ごうとしているような雰囲気があるのだ。
なぜそう思ったのかは説明できない。なぜなら、その考えは彼の長年培ってきた勘によるものだったからだ。だが駿我はそれを信じる事にした。少なくとも、しばらく待っていれば霧は晴れるだろうという事は予想できる。
だが駿我は焦っていた。あの鎧武者はかなりの使い手である。ニルの親友というくらいなのだから奇矯もかなりの使い手である事は確信があった、あの扇の使い方も見とれるほど見事な物だった。だが、あの鎧武者は同等か、それ以上の何かが感じられた。
このまま待っていれば奇矯が鎧武者に殺されてしまうかもしれないと彼は恐れていたのだ。その為に、彼は無意味とわかっていても走らざるを得なかった。が、その無意味な疾走が意味をもたらした。
霧が、目の前の霧がどんどんと薄れていくのだ。ニルが何かやったのかと駿我は考えたが、そうではないような予感がしていた。恐らくは、罠なのだろうと彼は予想した。だが、駿我は構わなかった。恐らくこの先に奇矯は居るという予感もあったのだ。そして、彼は迷わずに前へと進んでいた。
霧が何故かその部分だけ晴れている場所に確かに奇矯は居た。だが、駿我の生命活動以外の全てはそこで一瞬止まっていた。奇矯は、壁に押し付けられていた。押し付けられたまま、心臓に刀を突き刺されていた。
片腕は無くなり、もう片方の腕は力なく垂れ下がる、目には何も映しておらず、胸から血を垂れ流していた。そして、鎧武者は先ほど恭助にした時と同じように、いやそれ以上に乱暴に彼女をゴミの用に投げ捨てた。
そんな姿を見た瞬間、駿我の中で、何かが切れていた。
鎧武者と駿我が闘いを始めた後、そこではニルとジェラルドがその霧を排除する為に今使える限りの全ての力を尽くしていた。霧はどんどんと薄くなっていくが、完全には消えなかった。だがそれを無視してニルとジェラルドは霧の中へ飛び込んでいた。
かなり薄くなった霧だが、その先はまったく見えない。だが、ニルはそれをこじ開ける為にジェラルドと力を会わせてなんとかその先へ僅かな穴でも作ろうとした。すると、霧の奥から音が聞こえた。刀と刀がぶつかり合う音だ。
その音を聞いたジェラルドは内心で安堵していた。この音が聞こえている間はまだ生きているという事だ。だが、ニルは眉をしかめて先を急いだ。彼女は理解していた。それが何を意味するのかを。
ジェラルドもまたニルの急ぐ姿を目にして同じように急いだ。彼とニルはその時大体の事を話しながら進んでいた。その為に何が起きたのかを大半は把握できている。彼女の急ぐ気持ちは理解できた。
「カイムに似たな」
思わずジェラルドは呟いていた。このような状況での真剣な表情は、父親そっくりだと彼は感じていた。その言葉を聞いたニルは急ぎつつも意識をほんの僅かにジェラルドの呟いた言葉の方へと向ける。
ジェラルドは彼女が自分の言葉へと意識を向けた事に気づいた。『それが今回はおまけに過ぎないとしても』やはり父親の事は気になっていたのだろう。ニルと同じく急ぎつつも、彼はそう感じていた。
「今は私の父親はどうでもいい……いやどうでもよくないか、彼なら人を『死ななかった事にする』事ができるかもしれないね」
「行動してる時に最悪の可能性を考えるな、今はそれよりも最善の結果を目指して進め『クソ野郎』」
「誰の言葉だ? 後私は野郎じゃない」
「君の父親だ、クソ野郎は言われた言葉のままに言ったんだから仕方ない」
肩をすくめて笑うジェラルドの言葉にニルは不敵な笑みを浮かべた。普段のそれとは違う、どこか猛獣のような雰囲気を感じる笑みだ。その笑みを見たジェラルドはまた驚いていた。カイムの笑顔とよく、似ているのだ。
それには気づいたが、彼はあえてそれを言わなかった。笑みを浮かべた後は父親の話など後でいいだろうと言葉を喋る暇すら惜しいとばかりにニルが力を使って霧を無理やり突破しようとしたからだ。ジェラルドもまた、それに合わせて言葉を喋らずに力を使う。刀同士がぶつかり合う音は激しさを増していたが、まだ続いていた。
そんな二人の努力は遂に実った。霧はある瞬間を境に急速に力を失い、その全体像を映し出す。まだモヤがかかっていたが、それはニルの力で即座に吹き飛ぶような程度の物でしかなかった。
そして、二人が霧を消し去ったその瞬間、鎧武者と駿我の闘いもまた終わりかけていた。ニルが二人がどうなっているのかを確認できた瞬間、二人は最後の一撃とばかりに互いの方へと凄まじい勢いで真っ直ぐ走っていた。
間違いなく、この一撃でどちらかが倒れる事になるだろうと誰の目から見ても明らかな、最後の一撃だった。
それを見たニルは、思わず叫んでいた。
「駿我! それは奇矯だ!」と。
そしてその言葉と同時に、血が、噴き出した。
駿我と鎧武者が闘いに入った時とほぼ同じ頃、カイムと『怪物』は二人でその鎧武者の話をしていた。『怪物』は確かに鎧武者と会った事があったが、深い所までは知らなかったのだ。それ故にカイムの話には興味があった。
カイムの話を聞き終えた『怪物』は納得した顔で頷いていた、が同時に驚愕してもいた。あの『鎧武者の中身が美しい女性だった』という事には驚いていたが、それ以上に、その女性が目の前の男の娘の親友、つまり、『ニルの親友』である、という事への驚きが強かった。
「なあ、カイムよ。お前、なんでそんな事知ってるんだ? お前の言ってる事が本当だとしたら、絶対に本人に会うか、まあ、多分全部知ってるエィスト辺りに聞く以外に無いと思うんだが」
その質問が聞きたかった、という表情でカイムはその言葉に反応した。
「それは勿論、本人に会ったからさ。当然だろ?」
カイムは思い出していた。数日前、駿我が始めて鎧武者と会うより前に、彼は鎧武者に襲い掛かられた。厳密には、襲い掛かる前に思いなおした『彼女』が逃げるのだが、それを知らないカイムは即座に返り討ちにし、事情を聞いたのだ。
そして、一通り事情を聞いた彼は『彼女』に、奇矯にある頼み事をした。それは成功したらしく、ニルは実際に彼を追う、という口実で駿我を奇矯にあわせたのだ。
彼はこっそりとニルの親友である二人の男女をたまに監視していた。いや、監視していたわけではない。娘の親友がどんな人間なのか知ろうと気づかれないように調べていたのだ。
もしジェラルドが聞けば「それを監視と言うのでは?」とでも言うところだろうが、口に出さなかった為に隣の『怪物』もカイムの思考に気づくことは無かった。
『怪物』が先ほどから何か遠い目をして何かを思い出しているような雰囲気のカイムに対してとりあえず何かを言っておこう、と口を開いたが、それより先にカイムが発言していた。
「そろそろ、行かないとな」
「行くって、どこへだ?」
「馬鹿の所だ」
カイムの言う、馬鹿が誰を指すのか『怪物』はよく知っていた。その為、彼は特に止めるでもなく、何故か上機嫌になりながらカイムを激励した。そんな激励を聞いたカイムもまた、不敵な笑みを浮かべていた。猛獣が笑うような、力強い物を宿す笑みを。
そして、カイムは唐突に『怪物』の目の前から姿を消していたが、『怪物』はそれには驚かなかった。ただ、カイムが随分とやる気だったみたいだが、何をするつもりなんだろうかとぼんやり考えるのみだった。
その時最後の一撃に入ろうとしていた鎧武者と駿我に比べると、遥かに平和な『世界』のどこかだった。
ジェラルドが奇矯を抱きしめるシーンとか、映画の話とか、書いてて楽しくて無意味に長くなってしまう……
今回の後半が一番やばい書きにくさだった。なんていうか、そこ書いてる時には既に物の書き方忘れてたレベル。
さて次はネタばらしをかねて、最終話です。EPは多分あると思いますが……10万字完結のつもりだったのにこの時点で10万超えてるし…… 2012/3/22/2:14