エピローグ
崇史と彩音は、秀麗塾を一歩出て、その建物を無言で見上げた。
烏丸京介が逮捕されてから数週間後。二人は今日、最後の授業を受けてきた。
「これで最後だなんて、少し悲しいね」
「ああ……」
今日、この日の授業を最後に、秀麗塾は看板を畳むことになっていた。
経営者であった高塚秀次が亡くなってしまったのだから、それもやむを得ないことなのかもしれない。
数ヶ月前に起こった火事をきっかけに、たくさんのことがこの塾に起こった。そしてその過程で、多くの死者も出た。
たくさんの血を吸って大きく成長した悪意も、これでようやく消えるのだ。
「今回の事件は、たくさんの人の心に大きな傷を残したと思う」
宗像尚や不破舞子の悲しそうな顔が浮かんだ。
彼らにとっては、忘れがたい記憶となっただろう。
「でも、あいつらなら絶対にいつか前を向き直して歩いていけると思う。あいつらには絶対に譲れない夢があって、そして仲間を大切に思う優しい心も持ってたから」
このまま潰れたりはしないはずだ。それぞれ別の道を歩むことになっても。
死んでいった人のことを忘れない、と言った尚の笑顔が崇史には数少ない救いのようにも思えたのだった。
「……そうだね。あたしも崇史も、秀麗塾で過ごした時間は短かったけど、悪いことばかりじゃなかった。いろんな人に、出会えたもんね」
「そうだよな」
崇史は真剣な顔を崩し、にやりと俗っぽい笑みを浮かべた。
「悪いことばかりじゃ、なかった。俺もDクラスに入れるくらいには、成績上がったし!」
手に持った紙には、「緒方崇史さんのクラスはDクラスです」と書かれている。
最後の最後に、秀麗塾では塾生全員に向けて、模擬試験を課していた。
この塾で学んだことすべてをぶつけて下さい、と中野澄香が真剣な表情で言っていたのを覚えている。
そして崇史は、その模擬試験で、見事Dクラス入りに匹敵する結果を出したのだった。
勿論、塾が閉鎖してしまう以上、実際にDクラスで学ぶことはないのだが、それでも秀麗塾で学んだ結果を出すことが出来たのはとても嬉しかった。
「うん、Aクラスで学んだことは、無駄じゃなかった! 頑張ったじゃん。見直したよ、崇史」
彩音が素直に崇史を褒めるのは珍しい。
崇史もまた、満更でもなさそうにはにかむのだった。
「でも、ここで油断しちゃだめだからね? 勉強ってのは日々の積み重ねが大事なんだから。と、いうわけで……」
彩音は徐に、鞄の中からチラシを取り出し始めた。
嫌な予感がする。
「次は、どこの塾に入ろうか?」
ちょっと意地悪く笑う彩音。
ああ、空が青いなぁ、なんて一瞬の現実逃避の後。
崇史はすうっと息を吸い込むと、大きな声で叫んだ。
「もう塾はこりごりだーっ!」
これにて、今作「殺意の方程式」は終了です。
途中、長く投稿できない期間があり、申し訳ありませんでした。
少しでも、みなさまに楽しんでいただけたら光栄です。