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第20話 あたしが転校生になるまで

リリリリリリ!

目覚まし時計ががなりたてる音。

「ふぁぁ〜、まだ眠いよ……って、今日、あれか」

起き上がって、今日はあ(・)の(・)日(・)だったんだと思い出した。

おはようございますとカスミン先輩に挨拶をし、あたしはベッドから降りる。

寮で暮らすようになってから三週間。

だいぶここの生活にも慣れてきた。

いつもなら起きあがれなくて二度寝して、カスミン先輩に叩き起こされるんだけど、(カスミン先輩、優しい笑顔で意外とそういうことする。叩くって言っても痛くはないんだけど地味に怖い)今日はそういうわけにもいかないのだ。

なぜならばっ! 今日はっ!


あたしが転校生になる日だから!


そう。あたしは、学校に行ける。朝比奈中学校に通う。

──まあ、今まで通りとは、ちょっと違うんだけど。

あたしは、転校生として。

今日、朝比奈中一年一組に転校する。


久遠曰くあたしは「存在しないことになっている」らしいから、戸籍とかそういうのないし、大丈夫かなって思ったんだけど。

怪異警察は、国と繋がってるから、色々手続きすれば学校に通わせてもらえるって。

その「手続き」はあたしがやれることじゃないから、梨本さんが奔走してくれたらしい。本当に梨本さん、ありがたい。

「これはありがたくないけどな……」

あたしはクローゼットを覗いて、苦笑い。

あたしの無難な服に朝比奈中の制服に、……その中ですごく浮いてる一着。

……フリルやリボンがふんだんにあしらわれた、さらにラメでキラキラしてる、ピンクのワンピース。梨本さんが勧めてきたやつの中で、一番派手。

いや……、パーティとかならいいかもしれないけどさ(それでもあたしには似合わなそうだけど)、これが普段着ってナイよね……?

無論、選んだのは梨本さんである……。

ショッピングモールに買い物に行った日、あたしはなんとかフリフリは回避したと思ったんだけど……梨本さん、あたしの知らない間に勝手に買ってた。袋の奥深くに入ってたから、部屋で全部出してみるまで気づかなかったんだよね……。

……買っちゃったもんはしょうがない。あたしがお金出したんじゃないし。

あたしは制服を取り出す。朝比奈中の制服はセーラー服だ。夏服は、襟とプリーツスカートが群青色。リボンスカーフは赤。

クリーニングに出してくれた制服は、新品みたいにパリッとしてる。あたしは制服を着て、鏡の前に立つ。久しぶりに着た制服の、背筋がしゃきっと伸びるような肌触り。

嬉しいな。

今までは毎日当たり前に、それどころか「だるいなぁ」なんて文句を言いながら行ってたけど、今の「当たり前」が消えちゃったあたしには、学校に行けるようになったことが、奇跡みたいに感じられる。

久遠があの時助けてくれなかったら、あたし、本当にどうすればいいかわかんなかった。

久遠にも、梨本さんにも、カスミン先輩にも、撫子さんにも、……キングにも……、あたし、いろんな人に助けられてる。キングは人じゃないけど。

多分「ありがとう」だけじゃ全然足りない。

あたしは何をすれば、みんなに恩返しできるんだろうな。

そんなことを思いながら、あたしは髪の寝癖を、水をつけて直そうとする。しかし、あたしの手強いツンツンの寝癖はちっともおさまってくれない。

しょうがない、と諦めて髪を結ぼうとして、気づく。

あたし、髪を結べない。

髪ゴムを握ったまま、あたしは途方に暮れる。

……恥ずかしながら不器用なあたしは、中一にもなって自分で髪を結べない。

お母さんが毎朝結んでくれてたんだ。

基本的にポニーテールだったけど、時には三つ編みポニーテールにしてくれたり、くるりんぱをしてくれたり、リボンを結んでくれたり。

あたしはお母さんが髪を結んでくれる時の感触が、ちょっとくすぐったくて、そして好きだった。

だけど、そうやって丁寧に髪を結んでくれた心配性で優しいお母さんは、

──誰ですか?

もう、あたしのお母さんじゃなくなっちゃった。

思い出したくもない。

だけど脳裏にまざまざと浮かぶ、お母さんのあの表情。


────────────────

──うちには娘なんて、いませんって。

寮に入って一週間ほど経った日、あたしはあの久遠の言葉を……お母さんが言っていたという言葉を、頭の中でリピートさせていた。

瑠璃乃たちがあたしを忘れちゃったのは、この目で見た。

だけどお母さんには、あれからずっと会ってない。見てもない。

もしかしたら。覚えてるんじゃないかって。

……今まで何度もそう思って、その度に絶望の淵に叩き込まれたくせにね。

あたしは賢くないから、それでもそう思いたくなっちゃうんだ。

「あたし、お母さんに会いに行く」

意を決して久遠に告げると、久遠は顔を真っ青にして、必死の形相で止めてきた。

──そんなことしたって、ハルが傷つくだけだ。やめとけ。そんなことしたって後悔しか残らないから。

わかってるよ。わかってる。あたしだってそれくらいわかるんだよ。

でも、あたしはこんな時は馬鹿になりたい。

傷つかない方法を選べない馬鹿になるしかない。

あたしは久遠が学校に行ってる間に、こっそり寮を抜け出して、あたしの家に行った。

震える手で、外壁に備え付けられたインターホンを押す。

しばらくして……女性の声が聞こえた。

『……なんのご用でしょう?』

それは確かにあたしのお母さんの声、だけどあたしの知らない声色。

それだけであたしは挫けそうになるけれど、なんとか踏みとどまる。

「あの。……家の外に出てきてくれますか!?」

ブチっと通話が切られた音がした。

ああ、ダメだったかと拳を握りしめた時。

ガチャっと音がして、ドアがわずかに開いた。

あたしの心臓が飛び上がる。

お母さんはあたしの姿を見とめて……顔を険しくさせた。

「誰ですか?」

誰、ですか……。

──あんた、誰?

瑠璃乃に言われたのと同じ。

お母さんも、忘れちゃったんだ……。

わかりきっていたはずのことなのに、ショックが電流のように、体中を駆け巡る。

言葉が出てこないあたしに、お母さんは眉間の皺を深くする。

「いたずらですか? だったら迷惑なのでやめてください」

……ピシャリと、あたしの目の前で、ドアが閉められた。あたしの前に、あたしのお母さんは、もういない。

ううん。違う。

あたしの前に顔を出したお母さんは、もう、あたしの大好きなお母さんじゃなかったんだ。

────────────────


思い出したくなかったのに、くっきりはっきり、まるで映像を見ているかのように、思い出してしまった。

胸がズンと重くなる。

「お母さん……」

小さな声で呟く。

あたしは髪ゴムを握りしめて鏡の前に立ったまま、動けなくなってしまった。

「──わたしが結ぼうか?」

柔らかな声がして、ギギギギッと首を無理やり動かして振り向くと、カスミン先輩が立っていた。

返事をする前にカスミン先輩はあたしの手から髪ゴムを取り、クシであたしの髪をとかし始める。

あたしは泣きたくなってしまう。

これだ。この感じ。この優しい感じ。

カスミン先輩は、まだ高一だけど、まるでお母さんみたいだ。

きっと先輩はあたしを気遣ってくれてるだけだ。それに彼女はお母さんの代わりにはならないし、しない。

だけど、どうしようもなく、安心する。

どうしようカスミン先輩。ダメだよカスミン先輩。あたし、泣きたくないんだよ。

泣いたらもう、二度と立ち上がれなそうで……。

奥歯を噛んで、涙を堪える。

「はい、できた」

カスミン先輩が手を離した。

あたしの頭には三つ編みがカチューシャみたいにぐるりと巻きつけられ、端っこは水色のリボンで結んである。後ろのポニーテールはあんなにハネてた髪が嘘みたいに、おとなしく綺麗になってる。

「ハルちゃんはおろしても可愛いと思うけど、いっぱい動きそうだからポニーテールの方がいいかなって。わたし、器用でしょ?」

おどけてみせる先輩。多分あえてだ。

「はい、先輩。ありがとうございます……」

カスミン先輩はあのふんわりとした笑い方をした。

やっぱり彼女は、あたしに何も聞いてこない。あたしは、彼女がどこまで知ってるのかも知らない。

でも、カスミン先輩に、大丈夫だよ、と言われているような気がした。

あたしは背筋を伸ばす。そして、

パアンッ!

自分の両頬を、思いっきり叩いた。

目を覚ませ、明里ハル! あんたは、こんなのでめげるような弱っちいのじゃない!

眠気は覚めたけど、あたしが覚めなきゃいけないんだ!

「ハ、ハルちゃん?」

「自分で自分に喝を入れました。あたし学校初日、頑張ってみせます」

あたしはキリッとした表情を作って言う。

カスミン先輩は戸惑いつつも、頑張ってね、と優しく言ってくれた。




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