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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
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傘を忘れた日

掲載日:2026/07/16

六月の雨は、いつも突然だ。


六時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った頃には、窓の外はまだ明るかった。それなのに、ホームルームが終わって教室を出た頃、空は灰色に変わっていた。薄暗い廊下に漂う雨の香りが身体中にまとまりつき、なんだか重たさを感じる。




「うわー、降ってるじゃん」




廊下の窓から外を見た生徒たちが次々に声を上げる。雨粒は大きく、大きな音を鳴らしながら校庭を白く煙らせていた。




下駄箱で靴を履き替えた相沢悠真(あいざわゆうま)は、鞄の中から折り畳み傘を取り出した。天気予報を確認するのが習慣のため、雨に困ったことはほとんどない。




「さっすが!委員長」




背後から聞き慣れた声がした。振り返るとサッカー部のエース、藤崎蓮(ふじさきれん)が立っていた。制服のシャツをズボンから出し、ボタンを一つ開け、学校が終わった解放感を体現したかのように着崩している。




「傘、忘れたの?」




悠真が聞く。




「うん、忘れた!朝は晴れてたしね」




蓮はあっさり答えた。




「天気予報見てないの?」

「見てない」




即答だった。呆れてため息をつく。




蓮は昔からそうだ。勉強も苦手。なんでも適当。真剣な顔をするのはサッカーをしている時ぐらいだ。それなのに不思議と誰からにも好かれている。悠真には理解できない。というか、理解したくない。この妙な気持ちは何と表現したらいいのだろう。




「駅まで歩くの?」

「おう!これじゃ濡れて帰るしかないよな」




そう言って笑う。その笑顔が少し悔しい。人気者への憧れ?それとも嫉妬だろうか。




「風邪引くぞ」

「大丈夫だって!」




大丈夫なわけがない。

雨はますます強くなっている。

悠真は少し迷ったあと、小さく息を吐いた。




「駅まで一緒に行く?」




蓮が目を丸くした。




「いいの?」

「駅までなら。この傘そんな大きくないけど…。」

「入る!」




返事だけは異常に速かった。


二人は昇降口を出た。傘は一人用だ。当然、距離は近く、肩が触れそうになる。悠真はできるだけ端を持ち、距離を開けた。しかしそのせいで自分の右肩が濡れていく。




「相沢、濡れてる」

「別にいいよ」

「よくないだろ」




蓮が強引に近づき、左肩が触れた。たったそれだけなのに、心臓が妙に騒ぐ。




雨音が強いせいだ。




そう自分に言い聞かせるが上手くいかない。雨の匂いに隠れる蓮の香りが、心臓の鼓動をより早くした。




「そういえばさ、」




蓮が口を開く。




「修学旅行の班、ついに決まったな」

「うん」

「俺、お前と違う班だった」

「知ってる」

「残念だな」




悠真は思わず足を止めそうになった。




残念。




その言葉を蓮は何気なく言ったのだろう。けれど、胸の

奥が妙に熱くなる。




「なんで」

「え?」

「なんで残念なの」




蓮は少し考えたあと、「一緒だと楽だから」と笑った。




「お前、真面目だしな」

「それ褒めてるのか」

「褒めてる」

「つまんない奴って聞こえる」

「なんでだよ!良い奴ってことだよ」




雨の中を歩きながら、二人は笑った。気付けば駅が見えていた。十五分ほどの道のりだったはずなのに、ずっとずっと短く感じた。




駅の屋根の下に入った。ここで傘の役目は終わり。終わってしまった。




「ありがとな」




蓮が言う。




「別に」

「助かった!」




そう言って改札へ向かおうとする。その背中を見た瞬間だった。胸の中に奇妙な焦りが生まれた。




このまま帰ってしまうのか…。




また明日も会えるのに。いつも通りなのに。それなのに、もっと話したいと思っている自分がいた。もっと一緒に居たいと思っている自分がいた。


悠真は初めて気付く。蓮といる時間が好きなのだと。好きだから、この時間が終わるのが惜しいのだと。




「蓮!」




呼び止めると、蓮が振り返った。




「ん?」




すぐに言葉が出なかった。好きだ、なんて馬鹿げたことを言ってしまいそうになる。だけど、そんなこと言えるわけがない。まだ自分でも整理ができていないのに。だから悠真は別の言葉を選んだ。




「明日も天気悪いらしいぞ」




蓮は一瞬きょとんとして、それから吹き出した。




「また傘忘れるかも」

「いや、忘れるなよ…」

「そん時はまた入れてくれよなー!」




そう言って得意気に笑った。

その笑顔が眩しくて苦しい。


行かないで。


そう願ってしまいそうになるけど、悠真も笑った。最後の言葉が嬉しかったから。雨はまだ降り続いている。けれど気分は悪くなかった。明日も雨ならいいな。そんなことを思ったのは、生まれて初めてだった。

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