第9話 『延長』
友里恵と蓮は来る日も来る日も英語の修練に喘いでいた。
英単語の暗記、文節の履修、ヒアリングの特訓、同時通訳能力向上のための訓練用特別番組の視聴。それらの統合特別考査として毎回 成果確認が行われる。
あなたがもしも大昔、自動車学校などに通って免許証を取得した経験のある方なら、思い出して欲しい。
あの時、【出席・進捗カード】を渡され、終了時カードにハンコを押して貰った記憶があるでしょう?
(え?今の自動車学校は、そんなアナログなことはやっていない?いつの時代の話?今の人には分からない?・・・すみません、太古の古い古い時代の人間です。そもそもこれを読んでいる読者の皆様の中には、「私は運転免許を持っていない、だから自動車学校に通ったこともない。」そういう人もいますよね。そういう方々も含めて、この分かりづらい例えをスルーしてください。)
この研修センターでは 研修生たちは終了時に成果確認を受け、履修(参加済)スタンプを教官に押して貰うが、その成果確認の出来不出来の判断によっては、無情にも所謂『延長』裁定が下される場合がある。
つまり成績が一定水準に達し、無事参加の証明印を貰い順調に次のステップに進める者、逆に不出来の者たちは『延長』(落第の意)スタンプを押される者も《あまた》いるのだ。
参加 研修生たちのうち、一定水準に達しない者は、達するまで延々と【延長地獄】から抜けられない。第一段階20時限、第二段階15時限、第三段階25時限と履修単位が定められているが、不合格の烙印を押されると大量の『延長』スタンプでカードが占領されるだけで一向に前に進めない。スタンプを押すスペースが無くなったらもう一枚カードを追加。
あまり延長が過ぎると新たなペナルティーが科せられる。(さすがにここでは一定水準の知能指数の選抜を勝ち上がった者たちばかりなので、そんな極端な劣等生はいないが。)
どんなペナルティー?
それは人によって違う。
甘いものが好きな人は[おやつ]が制限されるとか、お酒が好きな人は晩酌が制限されるとか。
その人にとっての一番の楽しみが一定期間制限されるのだ。
これは結構厳しい。
例えば友里恵だったら朝のルーティン、『ハーブティー』の一週間断ちだったり、蓮は寝るときの「レイカーズ」ライブ動画視聴の一週間断ちだったりするから。
だから皆、結構必死だった。
「ねぇ蓮、私、今日も『延長』にされちゃった。まだ第二段階の10限目よ。それなのにもう、『延長』が7回目。嫌になっちゃった。第一段階から第二段階の5時限目までは、あんまり英語が分からなかったけど、それなりに(誤魔化し、誤魔化し)順調に行けたのに。何であの後から急にこんなに厳しくなったの?最初の頃よりこんなに聞き取りができるようになったのに。ね?私って進歩したでしょ?
それなのにあのケント教官になってから、異常に厳しすぎない?」
「そうだね、僕もそう思うよ。あのケントの奴、前の会社の佐藤先輩に似てない?」
「佐藤先輩?佐藤先輩ってあのプロジェクト立ち上げの時の?」
「そう、あの時の先輩。」
「どこが似てるのよ。全然似てないじゃない。そもそも佐藤先輩って生粋の日本人のオヤジ顔だし。ケント教官は典型的なアメリカンだし。」
「外見のことを言ってんじゃないよ。こだわる所と、そのこだわり方だよ。」
「え~、分かんない。」
「佐藤先輩と市場調査の資料づくりをしていて思ったんだけど、結構細かいんだ。しかも「そこ?」って意外なところを深堀りするのを求めてきたし。」
「そうなの?私は時々見かけただけだし。よく知らないし。」
「そうか、そうだよね。友里恵はほとんど言葉を交わしたことなかったんだよね。」
「そうよ、分かんないもん。」
「彼って時々「それ、何目線?」って角度から追及してこようとするんだ。そこを突っ込むと、「もちろんクライアント目線に決まってるだろ!」って言うし。「お前もプロジェクトを成功させたいんだろ?だったらそこをこだわらなきゃ!」って言うんだけど、その説明聞いてもイマイチ納得できないんだ。
ケント教官もそんなとこ無い?」
「そういえばそうかも?オヤジ顔じゃないけど、気難しそうだものね。神経質なんじゃない?おおざっぱで陽気なアメリカ人にしては珍しいよね。」(友里恵ってアメリカ人に変な偏見持っていない?)
そこに超絶スーパーコンピューターAI『HALO』君の天の声。
「友里恵さん、今、私の噂か悪口言った?」
「え?『HALO』君?
私、何も言ってないわよ。何で?」
「だって「オヤジ顔」って何度も言っていたでしょ?」
「あぁ、それ?そんなに何度も言ってないし。そもそもHALO君のことじゃないし。最近HALO君って「オヤジ」ってワードに敏感過ぎない?病的に敏感過ぎよ。」
「そうなの?だって君らはいつも僕のこと「オヤジ」って呼んでるじゃん?だからまた今日も僕の悪口言ってんじゃないかって思うじゃん?それって厳禁だからね!僕が気にするのは、君たちの日頃の行いのせいだよ。」
「また、人のせいにするし。自意識過剰よ。で?何なの?何の御用?私たちの会話に割って入ってきたからには、他に何か言いたいことが有るんでしょ?さぁ、遠慮なく言ったんサィ。」
「それじゃ、言わせてもらうよ。君たちは何か忘れてないかい?ここの入所式で所長のWATERIN COP氏の訓示を。彼は「ここでは国際エージェントを養成している」って言ったよね?」
「そうね、だから今、必死でついていっているじゃない。」
「じゃぁ言うけど、ここは英語だけを学ぶ場所じゃないよ。国際エージェントを育てているのだからね。それにね、君たちは僕【超絶スーパーコンピューターAI『HALO』君】に倣い、頭を向上させているんですよ。その事、自覚していますか?」
「もちろん自覚していますよ。」
「そうかなぁ?じゃぁ、もう一つ大切なことを言うよ。君たちの究極の使命は、人類が自滅するのを止めさせ、世界を救う事です。僕たちAIに頼らず各々が独自に正しい判断をして行動することです。
今のあなたたちは、そのスキルを持ち磨くことです。」
「やっているじゃない。」
「そうですか?私の目にはまだまだに見えますけど。今まで受けた訓練はただの英語の特訓じゃありませんよ。世界情勢の動画を見て貰ってどう感じるか?物の本質は何なのか?何が問題で、ぞれを受けてどう対処すべきか?考える力をつけることです。何が正しくて、何が誤りなのか?見極めることです。
授業で動画を見た後、それぞれの意見を問われましたね?」
「えぇ、確かに問われたけど、その内容を採点したってこと?だって物事には正解なんていくつもあるでしょう?それをもって、何が正しく、何が間違っているかなんてケント教官が判断すること?それって不遜だと思うし、不当よ!」
「確かに正解はいくつもあるでしょう。人にはそれぞれの価値観があり、人それぞれに正解があるはずですよね。でもね、それが昂じて人類は常に戦争をしてきたのではないですか?憎しみや対立があったのではないですか?もう一度聞きます。あなたたちの使命は何ですか?」
「人類を救うこと。」
「そうです!人類を滅亡の誤りから正しい道に導き、救う事です。そのための行動指針や価値観や、哲学を身に着けて行動に生かすために今、訓練を受けてもらっているのです。
だから正しく導き、救うための道筋が見えていないといけないのです。そのために私はAIの能力をフルに生かし、成長し、その中で培ったノウハウや哲学をあなたたちエージェントに惜しみなく開放し共有しているのです。
だから人類が歩んでいる誤りから正しく導くために、そのスキルを身に着けてもらうための訓練なのです。だから、安易で生半可な意見ばかり言っていてはだめなのです。不合格なのです。
今、一番の、最善な方法を常に、即座に出せるようになってもらうための訓練なのですよ。
ただの英語の特訓なのではありません。理解してくれましたか?」
「だから私は何度も不合格になったってこと?」
「そうです。もっと深堀りした意見をぶつけられなきゃ、いつまで経っても合格して前には進めませんよ。」
「でも、その正しい道ってどうやって身に着けるの?誰が言うことが正しいって言うの?」
「それは何度も考え、物事を広く深く学習し、表面だけでなく物の本質を知り、見抜く力を持つ事です。
怪しい宗教じゃないけど、本当の意味での救済って何なのか?追及し続けることです。
危うい道を見極め、それを避け、より安全で幸福で万人が満足できる最大公約数を探し当てる事です。
未来の世を予見し、修正できるようになるまで。
考えてください。追及してください。それがあなたたちの仕事です。
もちろん私、AIも共に考え続けます。ただのベストではなく、キレッキレ最高のベストの道を探求しましょう。」
「何か分かったような、分からないような・・・?」
「深すぎるけど、考えてみます。」
「あなたたちは日々能力が飛躍的に伸びています。あと少しで未来予知能力が身に付きます。その時、何を選択し、人類を導くのか?責任重大なのですよ。世に放たれているエージェント全員が納得でき、皆で協力して導けるような答えを探しましょう。いいですね?」
「分かりましたオジサン。」
「オジサンじゃない!その呼び名、禁止ですよ!」
「すみません、オヤジ。」
「ワザと言ってますね?次、言ったら厳しい罰ですからね!」
「イエス!サー!」
「絶対僕を馬鹿にしてるし!」
この会話、友達か!
つづく




