第二話 『竹波 友里恵』の場合
世界規模で実施されたAI【HALO】プロジェクト。
とりわけ日本における被検者は、このプロジェクトに於けるデータ集積のツールである。それ故、個人の日常生活と行動そのものが実証実験のモルモットとも言えるのに、意外にも参加者は極めて積極的に協力してくれた。
そこで思い起こされるのは、世界中の人々の共通して連想する一般的日本人像。
それは微笑みの奥に潜む、おとなしく何を考えているのか分からない不気味な民族であり、一般的・平均的人類と比べると集団心理に支配された忖度の権化、各々所属する集団への没入の生物『蟻』を想起させる没個性の民族と見做されていた。だから『個』の行動と思考のデータの採取を目的にしていたこのプロジェクトに一番不向きと思われてきた。それなのに予想に反し、そのユニークで強烈な対応姿勢は明らかに欧米諸国の人々との違いを見せてくれている。
つまり微笑みの奥に潜むそれぞれの『個性』と、表には決して見せない『情熱とこだわり』の存在に気付かず軽視してきた結果の意外性であった。
どうやら日本人は自分の深層心理の願望を叶えるツールとして、この被験者体験に大いにメリットがあると思っているのだろう。頭の中に極小チップを埋め込まなければならないのにだ。
まだ初期的実験段階に過ぎないのに、その未来的能力を自分の実生活に於いて活用できると信じている節がある。
特に予知能力を高める可能性に対して。
もちろん事前説明で、あくまで将来の希望的可能性の能力のひとつであると念を押している。
だが人間というのはその期待する可能性を自己都合に合わせる傾向にあるようだ。要するにAIと繋がるチップを使えば、自分は超能力者になれると単純に期待する。その根拠の乏しい微かな期待が確信に変わり、明るい希望に満ちた未来の自分の姿を想像してしまうのだ。
ここにひとりの被験者「竹波 友里恵(28)」(独身・彼氏なし)のケースを紹介しよう。
彼女はどこにでも居る、つつましい生活を送る一般女性である。朝のテレビ番組の占いに一喜一憂してからアパートを飛び出し通勤電車に駆け込みむ標準的OL。彼女はどうやったら気になるイケメンを振り向かせることができるのか、職場での自分の仕事と必死に格闘しながら、日々いつまで経っても叶えられそうもない願望と葛藤する生活を繰り返している。
会社では隣の席の同僚・同期の石岡 さざみ(28)と、今日も他愛のない挨拶代わりに今朝見た番組の押しキャスターの話題を振る。
「ねぇ、今朝の「杏子見 新次郎」ったらね、頭の体操問題で下ネタを口走ったのよ!いつも真面目そうな顔してあんな事、言う?」
「へぇ、彼なんて言ったの?」
「なんて言ったと思う?出題された長い髪の女性の絵のフリップを見て、「僕の彼女にしたい程の美女ですね。」なんて口走ったのよ!信じられない!」
「え?それの何処が下ネタなの?」
「だって如何にもいやらしそうな垂れ目になって呟いたのよ。バッカみたい!たかがいつものクイズ問題のイラストに過ぎないのに。あの様子だと、日常的にいつも目にした女性全部をそんな目で見てるって証拠じゃない?その対象が実際の女性であろうと、写真であろうと、イラストでさえ、そう思っているからあんな事口走るのよ。ね?さざみもそう思わない?」
「よく分かんない・・・・、でも杏子見 新次郎って友里恵の推しだったんじゃない?あんなに好きだったのに、何でムキになってそんな言い方するの?もしかして絵にヤキモチ?」
「な訳ないじゃない!普段はとっても紳士でカッコいいって思って見ていたのに、ちょっと幻滅しただけよ!」
(ホントはそれだけじゃないんだ。その番組の今日の星座別占いで、おとめ座が最下位だったんだもの。あれって私の星座ジャン!しかもよ、「好きな異性に難あり」だって!あ〜あ!最悪!!今日一日ブルーに過ごすことになりそう。)
「・・・・・あ、そう。大変ね。」他人事のように冷たく呟くさざみ。
実はまだ続きがある。そんなブルーな気持ちを抱えながらいつもの通勤電車に乗っていたら、その車内でひと悶着あったんだ。
私が吊革に捕まりながら立っている左横の向こうで「きゃ!痴漢!!」と若い女性の声がした。
その直後の男性の言い訳がましい声の後、どうなったか分からない。
ただ、気まずい空気が漂い、ただただ次の駅までの長い時間が過ぎた。その女性が「キャッ!」と叫んだからには、ホントに痴漢騒ぎがあったのだろう。でも、真犯人は分からぬまま。この理不尽な状況が頭にこびり付いて離れない。
性的犯罪の被害者はいつも女性。
腹立つ!!!!
でも、この憤りは誰にも分かって貰えないのか?
私がホントに怒っている対象は「杏子見 新次郎」ではない。本音で言うと私たち女性が世の男どもから『女性』としての正当な扱いを受けていない状況に対する苛立ちにある。もっと本音を言えば、いつまで経っても人並みに彼氏ができない私自身のフラストレーションが一番の不満なのかもしれないが。痴漢は許せない。でも世の中の男は誰も私を振り向いてくれない厳しい現実!私だって彼氏が欲しいよ!
私の人生振り返ると、『彼氏』と呼べる人は僅かに小学校6年生の時の登紀男君だけだった。それも彼が転校するまでの4か月間に過ぎない。私が「転校先の新しい住所を教えてね」って言ったのに、彼は何でか知らんけど、返事をくれなかったんだもの。その後一切の音沙汰なし。ね?短くて儚いでしょ?
そんな私でも実は今、営業3課の「今藤 蓮」君に注目しているんだ。その事はさざみにも打ち明けていない。私のトップシークレットだもの。
彼のさわやかな笑顔で「お疲れ様!」って言われたら、その日の疲れが一気に吹き飛んだ気がする。
私は彼にアタックしたい!
でもどうやって?
名前しか知らない彼。彼の歳も彼女がいるのか?も、何処に住んでどんな趣味があるのか?も何も知らない。でも社内で彼に偶然出会ったら、その日はカレンダーにハートマークを書き込んでいるの。更に言葉を交わした日は二重丸を。
もしもね、彼とLINE交換ができたら、きっと天にも昇る気持ちになるだろうって思うんだ。
そんな思いを毎日背負って暮らしていたある日のこと。
私の会社の上層部の人、秋元専務から呼び出しがあった。
「専務が?私なんかに?今まで会ったこともないような雲の上のお偉いさんが私に何の用?」
それがAI【HALO】プロジェクトの被験者の募集の話だった。
「内緒だが、この国の政府から君に国家機密の重要な依頼をするよう仰せつかったんだよ。」から始まる半分業務命令っぽいお話だった。彼が言うには、私は被験者の募集要件にピッタリ(そうなの?)目立たず、つつましく暮らす善良な市民(そうかな?)私利私欲を持たず、正直に生きる愚直な人物(へ?) 私って愚直かな?確かに大それた事なんて怖くて絶対にできないし、特にそれが悪い事なら尚更に・・・無理!・・・だから確かにそうかも?要するに私って、どこにでも居る小心で事勿れ主義の一般小市民だもの。
私には何の力もない。そう、ただの弱い人間だし。そう生きるしかないし。
それって悪い事?仕方ないよね?
でも・・・、ホントの私って一体何者?他の人にはどう見られているの?儚いどこにでもいる無力で没個性の惨めな存在?
ウソ!違うよね?
私は私!私の人生では、唯一無二のかけがえのない存在の『私自身』よ!
そう、私の人生の主役は私!
私は自分の人生の脇役なんかじゃない!絶対に!
でも・・・、どうしたら私はホントの主役になれるの?
分からない・・・・。そんな時に向こうからやってきたこのお話。
そんな訳で私は迷うことなくOKした。
今のまま暮らしても今のまま。
だったらイチかバチかで新しい世界を覗いてみてもよいではないか?
私のような平凡で何の取柄もない女子に特別な能力が備わるなら面白い!
ただね、私がそのような評価のつまらないだけの女と思ったら、大間違いよ!フッ、フッ、フッ!今に見ていなさい!
そういう訳で都内のとある場所で頭にチップを埋め込まれた。それも意外と簡単に。ホッチキスのような医療器具で後頭部の髪の生え際の首筋に『ガシャ!』とやられ、絆創膏を貼っただけだが。そんなで良いの?知らんけど。
術後の身体的異状はないか?30分の要観察時間を過ぎて解放されたが、その後の解放感と将来への期待感は今でも覚えている。
その時から私は信じられない程大胆な女になった。
私は翌日、営業3課の前をウロウロし、今藤 蓮君が現れるのを待つ。
私には最強のAIがついている!彼(AI)はきっと私の味方をしてくれるハズ!!そう信じてアタックしよう。
でもそのAI【HALO】君はちゃんと事前に警告していた。
あなたの恋愛が成就するか、しないかには責任は負えませんと。
しれっと結構冷酷な宣告ではあったが、私は全く気にしない。
そんな冷徹な宣言をAI【HALO】君から受けたにも拘らず、気持ちが大きくなった私には前途洋々の未来しか見えない。(都合の悪い事には目を瞑る私の悪い癖!)
此処から彼女と彼の攻防戦が始まる。
「おはようございます・・・・」
「あ、おはよう・・・・・」
翌日
「おはようございます・・・・」
「あ、おはよう・・・・・」
翌々日
「おはようございます・・・・」
「・・・あ、おはよう・・・・・」
翌翌々日
「おはようございます・・・・」
「・・・あ、おはよう・・・・・」
翌翌翌々日
「おはようございます・・・・」
「・・・あ、おはよう・・・・・」
その後が続かない・・・・・。
毎日のこの不自然で気まずい空気に、蓮は友里恵に警戒しだす。
(この娘毎回毎回何か言いたげだけど、次に何が言いたいんだ?怪しい娘だ。気味悪!)
でもこの間の経緯もすべてAI【HALO】君の経験値として蓄積されていた。
ある日AI【HALO】君が見かねて友里恵にあるアドバイスを授ける。それは「おはようございます。」の次に続く言葉。
「今日は良い天気ですね」だった。
友里恵はそのアドバイスに忠実に従った。
「おはようございます」
「あ、おはよう。」
「今日は良い天気ですね」
雨の日も風の日もこのフレーズが繰り返され、流石の今藤 蓮君も思いっきり警戒し引く。「この娘変!絶対に変!!」
でも【HALO】君のアドバイスに縋るしかない友里恵は、ただひたすら信じて繰り返してきた。
その状況を更に見かねた【HALO】君は次のアクションの指示を出す。
「明後日は今藤 蓮君の誕生日。彼にささやかなプレゼントをあげなさい。きっと彼は大喜びするから。」
「誕生日?蓮君の?何で知ってるの?」
「私は天下の【HALO】ですよ。私の情報網を駆使したら、これくらい造作もありません。」
「えぇぇぇ?あなたにそんな能力があったの?それならそうと早く言ってよぉ〜!私ってば、毎日同じ挨拶ばかり繰り返してバカみたいじゃないのぉ〜!彼に何て思われたかしら?」
「それと彼が今、一番喜ぶものは今人気のバンド「レイカーズ」の東京ドームのチケットです。(この物語はフィクションです。もし同名の実在する団体が存在していたとしてもここでは一切関係ありません。あしからず。)
彼は最近多忙でチケットをまだ購入していません。エージェント友里恵が代わりに購入し、彼にプレゼントしたら、彼の心は必ずあなたになびきます。保証はできませんが。」
「でも・・・・、だって、あのグループって超人気ですよ。今更チケットなんてとっくに売り切れでしょう?買える訳ないじゃん?」
「それは私め「HALO」の超絶ネットワークの裏技で、簡単に手に入れますけど、如何しましょうか?」
「んもぉ〜ォォォ!アンタって使えるのか使えないのか分かんない機械ね!そんな裏技があるなら、そっちも早く言って欲しかったなぁ!」
「友里恵さん、私 HALOを褒めているのですか?それとも貶しているですか?判定に困る微妙な発言は戸惑うのでお止めください。
それからこれはあくまで一般世間では絶対に通用しない裏技です。犯罪ではありませんが推奨もできません。あくまで緊急特別措置であるとご理解ください。」
「ハイハイ、HALO大明神様。御利益ありがとうございます♪」
「私は『HALO大明神』ではありません。超絶スーパーコンピューター『HALO』です。」
「自分で自分の事『超絶』って言う?まぁ、いいや。分かりました、超絶スーパーコンピューター『HALO』様。」
「分かればよろしい」
「でもね、できればさっきのような有益なアドバイスはもっと早く言ってくれると助かるなぁ〜。超絶スーパーコンピューター『HALO』様。」
「さっきの様なとは、私に対する呼称を大明神ではなくて、超絶スーパーコンピューター『HALO』と呼ぶ件ですか?それともチケット購入の裏技の件でしょうか?」
私は下を向き、小声で(バカ!)と言った。
そして私は迷うことなく、自分の分を含め2枚のチケットを手にいれた。
次の日の朝、いつもの電車を待つ駅のホームで彼『今藤 蓮』君を待ち伏せする。
そして彼を見つけると自然を装いユックリ近づく。
彼は友里恵を見つけると明らかに警戒する。社内で偶然会うなら分かるが、何で僕の通勤経路の駅に居る?今まで一度もここで会った事無いのに。さては待ち伏せしていた?彼女ってストーカー?
友里恵は事前にものはついでと、超絶スーパーコンピューター『HALO』に追加のお願いをして、今藤 蓮君の個人情報である通勤経路を聞いていた。
もちろん超絶スーパーコンピューター『HALO』君は「これは個人情報ですよ!」と強く警告したが、彼が「レイカーズ」好きだという事も個人情報では?それに彼の誕生日も。と突っ込むと、明らかに狼狽し、「今回だけですよ。」と言って教えてくれた。
案外この『超絶スーパーコンピューター『HALO』君』って、自己矛盾に対するツッコミに弱いのかも?と弱点を見透かされてしまった。(オイオイ!)
警戒心を露わにする蓮に友里恵は作り笑顔で(だって緊張するでしょ?普通。)
「実は蓮君にお渡ししたいものがあるの。今日、仕事終わりに近くの喫茶店で会ってくれますか?」それを聞いた蓮は(し、下の名前?いきなり馴れ馴れしいな。怖い!怖すぎる!)と思ったが、「今日は仕事が終わったら次のプロジェクトの立ち上げ飲み会があるです。だからボクは真っ直ぐその宴会場の居酒屋に向かうんですけど。」
と引けた腰の姿勢で言うと、「お手間は取らせません。直ぐに済みますので会社の近くにある【喫茶 ルノワール】で待っています。それでは後ほど。」
柔らかい笑顔ではあるが、有無を言わせぬ強い意志を思わせる口調で告げると、早足で立ち去った。
(あれ?同じ会社でしょ?電車に乗らないの?)
さすがの友里恵も速攻で断られるのが怖くて同じ電車に乗り込み、気まずい思いをしたくはなかった。だから一旦その場を離れて次の次の電車に乗ろう。そう思った。だって誰だってフラれたくないでしょ?
唖然とする蓮。暫しその場に立ち尽くした。
仕事が定時で終わると友里恵はそのまま【ルノワール】に向かい、待つ事にした。
やや暫くしてオズオズと戸惑い顔の蓮が店のドアを開ける。「ガランガラン」とカウベルの音。
緊張した面持ちの友里恵が振り向く。
「お待たせしました。」緊張気味の蓮が不自然な様子で言葉をかける。
「いえ、私もさっき来たばかりです。」(ホントは待っていた15分があまりの緊張で3時間にも感じられたが、そんな事は言えない。)
蓮はコーヒーを頼むと早速用件を聞く。
「で?お渡ししたい物ってなんでしょうか?」(もしかして・・・きっとラブレターでもくれるのかな?ナンチャッテ!・・・・。ボクの顔は自分では絶対イケてると思っているけど、世間の評価は厳しくて、残念ながらそれ程モテた事はない。(クソ!)
だからもし今日、この人からラブレターを貰ったなら、初ラブレターになるな。)なんて思っちゃうボク。さっきまであんなにこの娘に対して警戒していたのにボクってゲンキンなものだ。でも余計な期待は禁物。全然見当違いの要件だったら自意識過剰だった訳だし、プライドが粉々になる程恥ずかしいし、きっと多分ガッカリするだろうし。だからまずは用件を聞いてからだな。こんな事で一喜一憂するのも変だし。
「忙しい中、ワザワザ来ていただいて申し訳ございません。心から感謝いたします。
実はこれを受け取って頂きたいと思いまして持参しました。」と言ってバッグから封筒を差し出す。
「何ですかこれは?」
「レイカーズ」のチケットです。」
「エッ!レイカーズのチケット?」と素っ頓狂な声をあげる蓮。
「そうです、レイカーズの東京ドームチケットです。」
「これをボクに?飛び上がる程嬉しいけど、何で?どうしてボクに?エ!何で、どうしてボクがレイカーズ推しだって知っているの?」
「それは・・・今は内緒です。いつか機会があったらその時にお話しします。今日のところは取り敢えずお受け取りください。」
「よく分からないけど・・・・。ホントにボクにくれるんですか?後で返してって言わない?ホント言うとボク、とっても嬉しいよ。天にも昇る気持ちってこういう時の事を言うんだね。でも・・・何でボクに?」
「それも後日。」(それくらい、察してよ!)と思う友里恵であった。
それからと云うもの、ふたりの関係性は劇的に進展した。
どのくらい進展したの?って?
そんな野暮な事聞かないの!イケズ!
因みに超絶スーパーコンピューター『HALO』君の経験値がその分上がったのは言うまでもない。
第二話 終わり。第三話につづく




