待機
炎に包まれた3人は体を丸めて炎から身を守ろうとした。これは本能的な動作で、意思でどうなる物でもない。
炎が止み、顔を上げたキルシュレドに怯えが走った。もう一度あの炎が来たら間違いなく黒コゲの死体になるだろう。
逃げた方がいいのではないか。判断を仰ぐためにユウを見ると、ユウは既にドラゴンフライに駆け寄っていた。
「動きが鈍ったようです! ここで倒します!」
今まで掠りもしなかったユウの剣をドラゴンフライが避け損ない、羽を一部切り取られてガクンと右肩下がりになる。キルシュレドも火傷に悲鳴を上げる体に鞭うって、ボウガンの狙いを付けた。
ドラゴンフライは移動しようとするが、羽が欠けて上手く飛べず、体勢を立て直すのがやっとだ。
「くたばれ!」
狙いは過たず、ボウガンの矢はドラゴンフライの腹部、顎の中心を連続で貫いた。
ドラゴンフライは緑色の血をまき散らしながら床に落ち、ビクビクと痙攣した。
「クソが!」
キルシュレドが瀕死のドラゴンフライを踏みつぶしてトドメを差す。ユウがまだ寝ているもう一匹の胴体を両断し、戦闘は終わった。杖を構えていたリーファがホッと安堵の吐息をつく。
「何とか倒せましたね。傷薬を使いましょう」
皆で床に座り込み、火傷に傷薬や包帯を使う。
「いてて・・まさか羽虫があんな強烈な炎を吐くなんてな」
「すみません。できれば炎を吐く前に倒したかったんです。そうでなくとも傷を与えておけばブレスの威力も弱まるんですが・・あんなに素早いなんて。やっぱりボクらのレベルでは3階の敵はきついですね」
「まぁ倒せて良かったわ。あら、あれ宝箱じゃない?」
部屋の片隅に、今まで無かったはずの宝箱が出現していた。
「おお? なんか豪勢だぜ?」
キルシュレドの言う通り、宝箱は金色の輝きを放っている。
「レア宝箱かも知れません。でも開けないで下さい」
「なんでだよ」
宝箱ににじり寄ったキルシュレドが憮然と振り返る。
「危険はできるだけ避けたいですから。もし毒針なんかにひっかかったら救援が来るまで持ちませんよ。キルシュレドさんが弱っていくのをずっと見ることになります」
「うっ・・それは嫌だな」
「帰る時に開けましょう。それまでお楽しみという事で」
「チェッ、気になるぜ」
キルシュレドがすごすごと元の場所に戻る。
「で、これからどうするの?」
リーファの問いにユウが首を振る。
「もうやる事はありません。救援が来るまでここでずっと待ちます。2階の探索の準備をしていたのは幸いでした。食料は食い延ばせば3日は持つでしょう。体力と食料の温存のために、できる限り寝て過ごしたいですね」
「ええ? ずっとここで寝てるだけ?」
「まぁそれしかなさそうだな。独房よりはマシだぜ」
キルシュレドがゴロリと横になった。
「・・ウ、ユウ、おい」
キルシュレドに揺さぶられてユウが目を覚ます。
「ん? ここは・・。ああ、キルシュレドさん、どうしました?」
「ユウ、ちと冷えてきたぞ」
「これじゃ寒くて寝れないわ」
ユウも寝てる間は気づかなかったが、起きてみれば寒さに身震いするほどだ。
「夜になって気温が下がったんですね。でもここじゃ火は使えないですし。その・・体を寄せ合うくらいしか」
「だそうだ、しょうがないなリーファ」
キルシュレドがおどけて両手を挙げ、指をワキワキと動かす。
「変な真似したら魔法を叩きこむわよ。夜は3人で背中合わせにしましょうか」
「すみません。失礼します」
3人は部屋の中央で背中合わせに座り、頭をぶつけないよう後ろに枕を挟み込む。そして全員の体を毛布で包んだ。互いの体温が背中を温めて眠気を誘う。
「これなら寝れるわ。おやすみなさい・・」
ユウは耳元で聞こえるリーファの吐息にドギマギしてしばらく眠れなかった。
ユウは目を覚ました。もう朝なのだろう。寒さも和らいでいた。
立ち上がろうとして背中を寄せたままなのに気づきどうしようかと悩む。自分が立ち上がると二人がバランスを崩して倒れてしまうかも知れない。しかしユウが身じろぎしたことで二人とも起きたようだ。
「ふぁーあ。おはよう。ユウ、キルシュ」
「いてて・・体がバッキバキだぜ」
無理な体勢で寝たからだろう。ユウも体の節々が痛む。立ち上がって伸びをした。
「しかし起きたからってやる事も無いわね。ずっと寝てられる訳もないし・・」
「フフン、俺に感謝するんだな!」
キルシュレドは得意げにカードを取り出した。
「あら、いい物持ってるじゃない」
「さすがキルシュレドさんです」
その日は眠くなるまでカードで遊び、寝て起きたらまたカードで遊ぶ。それで1日が終わった。
「また寒くなってきたってことは、夜になったようだな」
「そうみたいですね」
昨日と同じように3人で背中合わせになる。リーファが口を開いた。
「ねぇキルシュ、私は真実の探求をしてるの。だから聞きたいんだけど」
「あん? なんだ突然」
「キルシュにとって、生きる意味って何かしら?」
「とりあえずは借金を返すことだ! それをしないと何も始まらねぇ」
「俗物ねぇ・・」
リーファが呆れ、ユウがフォローする。
「リーファさん。キルシュレドさんの言う事はつまり、過去の清算をしているという事ですよ」
リーファが何度も頷く。
「あっ、そうとも言えるわね! 過去の過ちや後悔を克服するために生きる、そういう人生もあるわね。じゃあキルシュは借金を返したら何をするの?」
「そりゃ面白可笑しく楽に暮らすに決まってる」
「やっぱり俗物ねぇ」
「ほっとけ」
3人はそれきり話すこともなく、眠りについた。




