分断
一行は地下2階の探索を開始した。
「なんだかちょっと寒いね」
ユウが肩を震わせる。
「でも・・見た目は何も変わらないわね」
リーファが通路の奥へ目を凝らす。ヒロが呟いた。
「前にも言ったが地下に潜れば潜るほど魔物は強くなる。今日はできれば2、3戦して敵の強さを見たいが、怪我人でも出たらすぐに引き返すつもりだ」
「ああ、分かった。っと、行き止まりだぜ」
枝道を進んだ先は行き止まりになっていた。
「いや待て、何か違和感があるぞ」
キルシュレドの言葉に皆が行き止まりの通路を観察する。
「通路があっても行き止まりというのは隠し扉があるかもな」
「いや、床だぜ。見ろ、あそこだけ色が違う」
「どこかしら? キャアッ!」
リーファが不用心に色の違う床へと進むと、突然その箇所がひび割れた。リーファが床へと飲み込まれる。
「リーファさん!」
「くっ!」
近くにいたユウとキルシュレドがリーファに必死に手を伸ばす。だが、
「何!?」
「うわぁあ!」
ユウとキルシュレドの足元も床が崩れ、二人は床へと消えた。
「ユウ! リーファ! キルシュ!」
しかし返事はない。
「大変だわ! ヒロ様!」
「なんてこった! どうすればいい?」
アタフタとするフリージアとカズン。ヒロは自分に言い聞かせるように呟く。
「落ち着け・・深呼吸・・ふぅ。これはシュートの罠だ。3人は下の階、地下3階に落とされたんだろう」
「ええっ? まだ2階もロクに見てないのに? どうすんだ?」
「私たちも落ちますか?」
ヒロが首を振る。
「当然探しに行く。だが俺たちもそこから落ちるのは駄目だ。俺たちは地下3階に降りる階段を探し、帰路を確保しなきゃならない。3人でこのまま進むのは無理だから、一度地上に戻って準備をしよう。カズン、お前のとこの兵士と、フリージア、君の手も借りたい」
「ああ、分かった!」
「分かりましたわ!」
「よし、地上に戻ろう。急ぐぞ」
ヒロたちは来た道を駆けだした。
「いっててて・・」
「ちょっと、重いわよ! どいて!」
下敷きになったリーファに文句を言われ、キルシュレドが立ち上がる。
「なんだ? 俺たちは床に落ちたよな?」
天井を見ていたユウが振り返る。
「どうやらシュート、下の階に落とされる罠だったようです。ここは地下3階ですね」
「なっ! なんだって!」
「そんな・・2階だってまだ調べてないのに、戻れるの?」
二人の不安の声に、ユウが力強く答えた。
「安心してください。ボクとヒロはこんな場合も想定しています。ただ、二人ともボクの指示に従って下さい。いいですね?」
「わ、分かったわ」
「ああ。頼んだぜ」
ユウが頷いて説明する。
「ボクたちだけでここから地上まで戻るのは無理です。ですから安全な場所を探して、そこでヒロが助けに来るまで待ちます」
「待つって・・ヒロが助けに来るまでどれくらいかかるんだ?」
「早くて3日くらいと考えてます」
「こ、ここで3日もか! しかもそれ以上かかる事もあるってか!」
愕然とするキルシュレド。
「仕方ないわ。それしか方法がないみたい」
「そもそもお前が不用心に床に近づくからだろ!」
リーファを責めるキルシュレド。
「そうね・・ごめんなさい」
殊勝に謝るリーファ。ユウが頷く。
「その事はもうそれで終わりにしましょう。3人で力を合わせなければ生き残れませんから」
キルシュレドがゴクリと喉を鳴らす。
「あ、ああ・・」
「とりあえずこんな通路の真ん中では危険です」
ユウが壁のコケを剣の柄で削り、矢印を書いた。
「これでヒロはボクらがどっちに進んだか分かります。行きましょう」
進んだ先は通路の両側に、扉が規則正しく並んでいた。
「これはツイてます。一定間隔で扉があるってことは、その先は部屋になっている事が多いです。部屋の中で助けが来るまで待ちましょう」
「確かに、そういう作りは多いな」
「でも、敵がいるかも知れないわ」
リーファの言葉にユウが頷く。
「はい。おそらく半分の確率で敵が出ます。地下3階の敵はボクら3人では勝てない事がほとんどでしょうが、弱い敵が一匹だけなどの場合もあります。敵が出たらボクが戦うか逃げるか判断しますから、それに従って下さい」
「それで、どの扉を開けるの?」
リーファがズラリと並んだ扉を見やる。ユウが説明する。
「並んでる扉のどれか一つが正解、先に進む道です。ボクらは逆に外れを選ばなきゃなりません。ダンジョンを作る側の心理としては、最初に開ける扉を正解にはしないでしょう。ですから一番手前の扉を選びます」
「凄いわね!」
「なるほど、一理あるな」
リーファは驚き、キルシュレドもユウの知恵に舌を巻いた。
「よ、よし! 行くぞ!」
3人が武器を構え、キルシュレドが扉を蹴り開ける。扉の先はやはり四方を壁で囲まれた部屋になっており、部屋の中央には巨大な羽虫が2匹宙に浮かんでいた。羽根は目に見えないほど高速で羽ばたいているが、本体は宙に静止し微動だにしない。巨大な複眼で侵入者を見つめ、顎をガチガチと鳴らして威嚇する。
「ドラゴンフライ2匹、戦います! リーファさん!」
「ええ、分かってる! 睡眠の霧!」
リーファが放った魔法が2匹の羽虫を包む。1匹は羽ばたきを止めて床に落ちたが、1匹はそのままだ。
「残った1体をやります!」
「おお!」
ユウが盾と剣を構えてドラゴンフライに突進し、キルシュレドはボウガンの狙いを付ける。
だがドラゴンフライの姿は一瞬で掻き消え、別の場所に現れた。それを何度も繰り返す。ユウの剣は空を切り、キルシュレドはロクにボウガンの狙いを付けることすらできない。
「は、早すぎるぜ!」
「私の魔法で!」
リーファが魔法を詠唱し始めたとき、ドラゴンフライが距離を取った。そしてガチガチと顎を鳴らし、その口の奥に小さな炎が灯るのが見える。
「まずい! ブレスだ! ボクの後ろに!」
「えっ! キャアアアア!」
「あちいいいい!」
ドラゴンフライの口から、その体からは信じがたいほどの量の炎が噴き出して一行を包んだ。




