酔話①
夕食後も3人は何となく食堂に居座り、酒を飲みながらの談義となった。
「ところであなたたち、異世界人と言っていたけど」
「ん? ああ」
ヒロは飲み慣れない葡萄酒で酔いが周り、目がトロンとしている。
「どうしてこの世界にやってきたの?」
「いや、俺たちもよく分かんねーんだ。ユウの家でゲームしてたら突然停電して、昼間なのに真っ暗になって、明るくなったら別の世界にいたんだよ」
「ゲーム? 停電?」
ユウが頷く。
「自分の意思じゃなくて、理由も分からず突然飛ばされてしまったという事です。家にいたはずが気が付いたら草原にいました」
「なるほどね・・」
リーファは記憶を探る。同じように異世界人が突然迷い込んだという話はいくつか聞いたことがある。
「で、それからどうしたの?」
ヒロは半分寝かけているのでユウが答えた。
「とりあえず手近な村に行って、空き家を借りて村人の手伝いなんかをして暮らしていたんです。で、ここのダンジョン・・地面の穴の話を聞いてやってきました」
「なんでわざわざ危険なところに?」
ヒロが椅子から立ち上がった。
「俺たちは冒険者になる! ダンジョン・・そこには冒険、富、名声、ロマン、全てが詰まっているんだ!」
そしてテーブルに突っ伏してしまった。
「ヒロが言う通り、僕らは冒険者・・ダンジョンの攻略を生業とする職業になろうという訳です。その穴が本当のダンジョンであればですが」
「ええっ? 何それ?」
リーファは理解が追い付かない。ダンジョンの攻略を生業とする職業など聞いたことがない。
「それで生活できるの?」
「おそらく。ダンジョンには宝物があるはずですし、魔物の素材なんかも貴重なはずです。まぁ駄目なら元の村に帰るか、街で仕事を探そうかと思います」
「ふーん・・」
リーファは考え込む。ヒロとユウは誰も知らないはずの魔物やダンジョンについて非常に詳しい知識を持っているようだ。もしかしたらこの二人に会ったのはとてつもない幸運かも知れない。
「リーファさんは、なぜこちらの調査に?」
突然話を振られ一瞬戸惑うリーファ。
「え、ええ。私は真理の探究者なの」
「真理の探究者・・ですか?」
リーファは頷く。
「あなたたちはこの世界に詳しくないみたいだから簡単に説明するわ。私たちエルフは人間より遥かに寿命が長いから、その生涯をかけて何かを追求することが多いの。悪く言えば暇つぶしね。私は真理、物事の本質を捉えることを自分に課しているわ」
「なるほど。だから謎だらけの魔物やダンジョンを見に来たと」
「ええ。あっそうだ! 異世界人にとって人が生きる意味って何かしら?」
リーファの突然の問いにユウがのけぞった。
「ええっ! 急にそんな重いテーマを聞かれても困ります! えーっと・・」
ヒロは突っ伏しながら話を聞いていたようで、顔を上げて答える。
「俺は答えられるぞ。人の生きる意味は、つまり人生を楽しむってことだ。冒険者になってダンジョンを攻略する。これ以上人生で楽しいことは無い!」
そして満足気に笑ってまた寝落ちしてしまった。リーファは冷静に受け止めた。
「まぁそれも一つの答えね。でもみんなが好きな事だけやっていたら、人としての社会的責任を果たしてるとは言えないわ。ユウ、あなたの意見は?」
ユウが躊躇いがちに口を開く。
「えっと・・そうですね。まだ若造のボクが言うのもおこがましいですが、やっぱり働いたりして社会に貢献したり、生物として子孫を残す事でしょうか」
リーファが何度も頷いた。
「もちろんそれもあるわね。どうやら異世界でもこれと決まってる訳ではなさそうね。これは貴重な証言だわ」
ユウはほっと胸を撫でおろした。及第点だったようだ。
「ところで、あなたたちは何歳なの?」
「ああ。ボクもヒロも18歳です。異世界ではちょうど子供と大人の境目になります。本当は向こうではお酒は駄目なんですが、こちらは大丈夫なようなので」
「異世界では何をしていたの?」
「学生です」
リーファがユウの頭のてっぺんからテーブルで見えなくなるところまで視線を動かす。
「もう働ける体格なのにまだ学生なのね。異世界の学校ではどんなことを習うの? あとさっき言ってたゲームと停電というのは?」
リーファは矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。真理の探究者にとってユウはもはや恰好の獲物だった。
ヒロは完全に寝ているようなので、ユウが一人でリーファに問いに答え続ける。リーファは満足したようだ。
「ふぅ、今日はこんなとこでいいわ。ありがとうね」
「いえ・・ところでボクからも一ついいですか?」
「何?」
ユウはしばらく躊躇った後、思い切ってリーファに問いかけた。
「リーファさんは・・その・・おいくつなんでしょう」
「あら、異世界じゃ女性に歳を聞くのは犯罪じゃないの?」
「ええっ!? こっちではそうなんですか?」
狼狽えるユウを見てリーファが笑う。
「フフッ、嘘よ。まぁあなたたちより歳上だとだけ言っておくわ」
酔いつぶれたヒロに肩を貸し、部屋に運んでベッドに横たえたユウ。
「ヒロ、大丈夫か? 明日は穴を見に行くんだろ?」
「ああ。寝れば大丈夫・・しかしユウ、リーファには気を付けろ」
「えっ?」
ユウが驚く。リーファから敵対心は感じられなかった。
「異世界の知識は俺たちの唯一の財産だ。いくらリーファが面食いのお前好みの美人だからって、何でも答えるんじゃ俺たちの価値がどんどん減っちまう」
ユウは顔を赤らめる。
「べ、別にそんなんじゃ・・! いや、ヒロの言う通りだ。これからは気を付けるよ」
「タダじゃなけりゃいい、見返りがあればいいんだ。じゃおやすみ」
そう言うとヒロは一瞬で眠りについた。




