エルフの術師 リーファ
「どう、どう」
リーファは馬の速度を落とし、周りを見回した。
既に陽は傾き始め、リーファと馬の影が街道沿いに伸びている。風も出てきた。だが夕暮れまでにはガルデアに到着できるだろう。
リーファが再度馬を走らせようとしたところで、行く先から微かに物音や人の声が聞こえてきた。
近づいていくにつれ激しい金属音、人の怒鳴り声などが大きくなってくる。何か問題が起きているようだ。
「急いで!」
リーファが手綱を強く振ると、馬はそれに応えて駆けだした。
やがてリーファの目に倒れた荷車と、その周りに散乱した車輪や積み荷などが見えてくる。
男性二人が何者かと戦っているようだ。その相手に目をこらしてリーファは息を飲んだ。男性が戦っているのは子供のようだが、顔やボロボロの衣服から覗く肌は緑色をしている。その小さな体格からは想像もできないほど狂暴で、雄たけびを上げて手にした棍棒を男性に向かって振り上げる。
「くっ!」
男性は手にした木片で防ぐが、体勢がよろめいた。
「加勢する!」
リーファは言うが早いか馬に括り付けていた杖を拾い上げ、馬を停止させて魔法を発動した。
「魔法の矢!」
リーファの手元から輝く白銀の矢が、物理法則ではありえない軌道を描いて緑色の魔物の肩に突き刺さった。魔物はギャッと悲鳴を上げて棍棒を取り落とす。
「ヒロ、今だ!」
「おう!」
盾代わりの木片を持った男性の後ろから剣を持った別の男性が飛び出し、慌てて棍棒を拾おうとかがみこんだ緑肌の魔物にナイフを突き立てた。
ナイフは魔物の首と肩の間に突き刺さり、緑色の血しぶきがあがる。魔物の絶叫が響き、地面にどうと倒れた。
男性はビクビクと痙攣する魔物を踏みつけ、ナイフを何度も魔物の体に突き立ててトドメを差した。
男性は周囲を見渡した。今倒した物も含め、3体の魔物が倒れ伏している。安全を確認するとリーファに向き直り、袖で顔の返り血をぬぐって笑いかけた。
「ようアンタ、助かったぜ。俺はヒロだ」
木片を持っていた男性もリーファににこやかな笑顔を向ける。
「ボクはユウです。助太刀感謝します。さっきのは魔法ですか? 初めて見ました」
リーファは馬から降りて自己紹介する。
「私はリーファ。エルフの術師よ。これが噂の魔物なの?」
リーファは緑の血溜まりに沈む魔物の姿を恐る恐る確認する。
「ああ、ゴブリンだな。しかしエルフの魔術師か! テンション上がるぜ!」
「ヒロ、失礼だよ」
リーファはヒロの言葉に耳を疑った。
「ゴブリン? この魔物はゴブリンというの? どうして知っているの?」
リーファは二人に向かって杖を構える。ヒロとユウはキョトンとしている。
「どうしてって、こいつはどう見たってゴブリンだろ?」
「ボクもゴブリンだと思います。リーファさんはこの魔物を見るのは初めてですか?」
「え、ええ・・あなたたちは魔物に詳しいの?」
ヒロが頭を掻く。
「いや、実物を見るのは初めてなんだが・・」
リーファが訝しむ。
「何を言ってるの? なんで初めて見る魔物の名前を知ってるの?」
ユウが二人の間に入り、衝撃的な告白をした。
「リーファさん、ボクたちは実は異世界人なんです」
「ええーっ!」
リーファが素っ頓狂な声を上げた。
離れた場所に隠れていた馬を見つけ、壊れた荷車や魔物の死体は街道の脇にどけると、3人はひとまずガルデアへ急いだ。
既に陽が山の稜線にかかり、空は刻一刻と暗くなっていく。
ガルデアの門の前で門番が手招きしているのが見える。早く入れという事だろう。
3人がガルデアの門をくぐると同時に、門が閉められる。
「ふぅ、間に合ったな」
「とりあえず宿に行こうか。リーファさんはどうします?」
「泊まるところが決まってる訳じゃないから、一緒の宿でいい?」
「分かりました」
ユウが門番にオススメの宿を尋ね、3人でそちらに向かった。
ヒロとユウが二人部屋、リーファが一人部屋を取る。
宿の食堂で夕食を取りながら、リーファが二人に質問を投げかける。
「あの魔物がゴブリンだって知ってるのは、異世界にもいるからなのね」
ヒロが首を傾げる。
「いや、俺たちの世界にも実際にいるわけじゃない。ゲームとか・・えと、何て言ったらいいんだ? ユウ、頼む」
ユウが苦笑する。
「まぁ実際にいるかどうかは重要じゃないでしょう。大事なのはボクたちには魔物やダンジョンの知識があるってことです」
リーファが聞き返す。
「ダンジョン?」
ヒロが頷く。
「ああ。ここの地面の穴だよ。ダンジョンに間違いない」
「私もそこを調査しに来たんだけど、あなたたちの世界では地面の穴をダンジョンと言うの?」
「ダンジョンはただの穴じゃない!」
ユウがヒロを宥める。
「まぁまぁ。結論は明日見てからだね。本当にただの穴かも知れないし。リーファさん、よかったら穴の調査にはボクたちと一緒に行きませんか? 話によるとさっきのような魔物が出るという話ですし、一人では危険だと思いますよ」
リーファは少し考え込んだ。確かにあの魔物に一人で遭遇するのは危険だ。何よりこの二人は信頼できる感じがする。
「そうね・・お願いしようかしら」
ヒロがテーブルをドンと叩いた。
「よし、3人パーティだな! 盛り上がってきたぜ!」
ユウもウキウキしているようだ。
「あっそうだ。ダンジョンに行く前に、装備や道具を売ってる店があるか見てみようか」
危険な探索だというのに何をそんなに楽しみにしているんだろう。リーファには理解できなかった。




