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凱旋

キルシュレドは裏通りの地味な扉を決まったリズムで叩く。いつものように扉を開けた無表情な大男は、キルシュレドを見て珍しく驚きの表情を浮かべた。

キルシュレドは男を無視して階段を降り、前と同じ小部屋に入り、穴の開いた壁に向けられた椅子に座る。すぐに老婆の声がした。

「ヒッヒ、首尾よく行ったようだね。さすが私が見込んだだけの事はあるよ」

「ケッ、お前の世辞なんて寒気がすらあ。何から話せばいい?」

「全部。全部だよ・・」


キルシュレドは自分の見たこと、体験したことを順を追って話した。

「ふうむ。どうやらその穴、ダンジョンって言うんだったか。それは噂以上のシロモノみたいだね。で、アンタが見つけた財宝は?」

「ああ。これだ」

キルシュレドは命がけで得た宝石を取り出し、一瞬ためらった後壁の穴に放り込んだ。

「ほう、ほう! こりゃあ大したもんだ!」

老婆の弾んだ声が聞こえる。

「こっちの買い取りでいいね?」

「ああ。いくらになるんだ?」

「金貨200枚で買い取ろう。それに約束通りアンタの借金はチャラだ。ほれ」

壁の穴から丸めた書類と、金貨の詰まった袋が突き出される。キルシュレドはそれを受け取り、間違いなく金貨100枚の証文であること、自身の血文字でサインされていることを確認すると、その場で火をつけ手を離した。証文が床でメラメラと燃え上がっている間に袋の金貨を数え、やがて黒ずんだ燃えカスだけが残されると、キルシュレドはそれを念入りに靴で踏みにじった。

しかしその間もキルシュレドは不安でいっぱいだった。話が上手く行きすぎている。宝石を買いたたかれる覚悟はしていたが、むしろ相場より高く買い取られたようだった。今にもあの大男が来て金貨を奪われてしまうのではないかと、部屋の入口を何度も警戒する。

それを見透かしたように壁から老婆が語り掛ける。

「アンタはこっちの期待以上の仕事をした。その礼さ。それにこれから頼みたいことがある」

キルシュレドは舌打ちした。

「ふざけんな。これ以上面倒はゴメンだぜ」

「なに、難しいことじゃない。アンタはすぐに街で噂になり、皆がこう聞いてくるだろう。一体どうやって短期間で金貨300枚分も稼いだのか? ってね。アンタは皆にダンジョンの話をしてやればいい」

「あん? いいのか?」

キルシュレドは意表を突かれた。儲け話となれば情報を独占するのが普通だ。

「いいのさ。私らはすぐにガルデアに鑑定屋を作る。冒険者が命がけで持ち帰った財宝を買い取ってやり、それを貴族にもっと高く売る。儲けは莫大だし何の危険もない。アンタが宣伝して冒険者の数が増えるに越したことはないのさ」

「チッ、金のある奴ばっかり楽に稼ぎやがる」

キルシュレドが頭を掻き、老婆が笑う。

「フェッフェッフェ、何も持たないなら命を張るしかないのさ。だがアンタはその賭けに勝って、得難い物を手に入れた」

「得難い物?」

「ああ。仲間と可能性だ。ダンジョンの事を知り尽くした異世界人・・アンタは気づいてないみたいだけど、その二人と知り合えて、一緒に来いと誘われたのはとんでもない僥倖だよ。こんなケチな稼ぎで満足してる場合じゃない。アンタはガルデアに戻るべきさ」

「ケッ、誰が戻るかよ」

キルシュレドは立ち上がり、部屋を後にした。


老婆の言ったことはキルシュレドの想像以上だった。既に街全体がキルシュレドの噂で持ち切りなのだ。

通りを歩いているだけで見知らぬ人から声を掛けられ、酒場に入れば酒を奢られて、話を乞われる。

キルシュレドがダンジョンの話を始めると途端に人だかりができ、皆がキルシュレドの話を一言も聞き漏らすまいと真剣に耳を傾けた。

キルシュレドもつい興が乗ってしまい、緑肌の魔獣や動く骸骨、火を吐く羽虫、牛頭の狂戦士との戦い、陽気な異世界人、美しいエルフの魔術師、領主の娘を助けた事、嫌味な守備隊長の事。ダンジョンの危険な罠をかいくぐり、4日も遭難して死にかけ、ようやく財宝を持ち帰った事を多少の脚色を交えて話す。話の盛り上がり所になると観客たちから驚きの声や、女性の悲鳴まで上がる。

キルシュレドが話終えると拍手が巻き起こり、皆が興奮して感想を言い合った。もっと話をとせがまれ、今まで見向きもされなかった女性たちから争うように熱烈にアプローチを受ける。それを見て僻む男たち。キルシュレドは得意の絶頂だった。


一週間がたち、キルシュレドの話は街全体に行きわたった。既に一旗揚げようとガルデアへ出発した者もいるようだ。しかしキルシュレドは次第に空虚を覚え始めた。カード勝負をしても以前のように熱くなれない。こんなのはダンジョン探索に比べればおままごとだという思いが浮かんでしまう。街の連中に持て囃されてはいるが、本当の友人や恋人はおらず、みな金目当てや儲け話目当てに寄ってきているだけだ。妬みや嫉妬も受ける。ヒロたちとは本当に命がけで戦い、心の底から笑いあい、心の通った仲間だったという想いが次第に強くなっていった。


朝目覚めたキルシュレドは自己嫌悪に陥った。ダンジョンで強敵相手に危機に瀕したヒロたちをキルシュレドが颯爽と助け、通路の危険な罠や隠し扉を見破り、その奥の宝箱の罠を解除して財宝を持ち帰り、皆に感謝される。そんな夢を見たのだ。

「クソッ」

呟いて寝転がり天井を見上げ、ガルデアの事を想う。もう冒険者ギルドとやらは作ったのだろうか。街を出発した連中は冒険者になったのだろうか。自分の役割はトレジャーハンター・・自分がいなければ魔物を倒しても宝箱から財宝が得られないと。それでは危険なダンジョンに潜る意味がないではないか。キルシュレドの心にガルデアに戻るべきだという強い想いが沸き起こった。老婆の言う通り、得難い仲間と可能性を手放すべきではない。以前ほど楽しめなくなってしまったカード勝負を続ける意味もない。しかし躊躇もある。あれだけ戻らないと啖呵を切って出て行ってしまったのだ。ヒロはもう自分の代わりの奴をパーティに入れたかも知れない。おめおめとガルデアに戻ったのに、もういらないなどと言われたらとんだ笑い草だ。そんな時、ガサリと部屋のドアの下に手紙が差し入れられた。

「あん?」

また老婆から何かの連絡だろうか。キルシュレドは手紙の封を切り、中身を確認する。

手紙の内容は非常にシンプルだった。ただこう書かれていたのだ。「早く来い ヒロ」と。

「ったく、しゃあねえなあ」

キルシュレドはニヤニヤと笑いながら、再びガルデアへ向かうための準備を整え始めた。

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