ラファエル
初めまして惣一郎と言います。前々から「一度自分だけの物語が欲しいな」と思っていたのですが、時間が無くなかなか難しかったのです。しかしつい先日インフルにかかってしまいちょうどいいだろうと病床からですが、一作品、作品と言っていい出来かはわかりませんがね。
朝というのは私たちが世界のどこに逃げてもやってきてしまう。
このイタリアのとある街にももちろんやってくる。
雲の隙間から私たち覗き込む朝の光は、まだ眠たげで、街角のレンガ道を淡く染めている。
しかし世の中の人間というのは真面目でもう朝のパンを買いに行く女性が見える。
「もう出かけてるのか。」
僕はマットの上でひと伸びするといつもの散歩に出かける。
この家の人が不要にも開けたままの窓に飛び乗り、慣れた足取りで屋根の淵へジャンプする。
屋根の淵から窓辺、淵から窓辺と彼らしく黒い体を自由気ままに操り自分だけの道を闊歩する。
彼のお目当ての家まで、鼻歌を歌いながら。
「猫の世界にも歌があるのか僕は知らないけれど」
彼がとある家のひんやりしたガラスに鼻先を押し付けると、微かな湿り気と、昨夜の雨の匂いが混ざった。部屋には仲のよさそうな二人が見えた。新聞を読んでいる少年が小さな声で何かつぶやき、少女はうれしそうに微笑みながら花に水をやる。水のしずくが光を受けて、まるで小さな星が窓辺で踊っているようだ。
「今年も綺麗に咲いたね」
少年が読んでいた新聞を下げて言う。
「そうね。初めてで不安だったけれど」
少女の声は柔らかく、まるで春の風のように僕の耳をすり抜ける。
僕はその会話を聞きながら、自分の思い出に指を差す。去年の四月までは水やりは僕の仕事だったんだ。部屋も同じ光に包まれていた。あのときも、焼きたてのパンの香りが漂い、カーテンは風に揺れて、小さな時間が止まっていた。
窓から飛び降りると、街の空気は少し冷たく、僕の足裏にアスファルトのざらつきが伝わる。通りの木々はまだ朝露をまとい、葉の間から零れる光が、僕の影を揺らす。通り過ぎる風には、どこか遠くの森の匂いも混じっていて、心がそわそわと踊る。
午後の光は、朝より少し深く、オレンジ色を帯びて街を温める。僕はゆっくり歩きながら、窓辺で聞いた二人のやり取りを思い返す。少年の少し寂しげな声、少女の柔らかい笑い、そしてそのすべてを包む家の匂い。それを思うたび、僕の胸は静かに震える。
夕暮れになり、再びその家の窓辺に戻ると、二人は夕食の準備をしている。鍋の湯気が光に透け、部屋の中に小さな黄金色の霧を作る。少年が鍋をかき混ぜ、少女がテーブルを整える。声は小さいけれど、柔らかい旋律のようだ。
陽は傾き街に静けさが広がる中で、僕はそっと丸くなる。
毛を巻き込み、ひんやりした空気に耳を澄ませる。
もう僕には影も音もなく、もうここには存在しないけれど、それでも窓辺の光や香り、二人の小さな物語に包まれ、僕は今日もここにいた。胸の奥で、今日の小さな記憶をそっと抱きしめながら
う~ん、いざ書くと難しいですね。一時間ほどかかってしまいました。
短編ですが読んでいただけたなら幸いです。




