第28話 橙はまだ、手の中
ソフィアとヘスティアがお風呂を済ませて、次はルシファーの番だ。
ヘスティアの沈黙が頭の隅に残ったまま、ルシファーは浴室の扉を閉めた。
✴︎
ルークたちは宿から少し歩いた場所にあるパン屋に向かっていた。ルークの鼻を頼りにお店を探した。
リンリン♪
小さなパン屋さんに辿り着き、早速ドアを開けた。
ドアを開けると優しいパンの匂いがふわりと広がった。
ロア
「いい匂い!パン屋さんってなんでこんなに幸せな香りがするんだろう。みんな幸せになる香りだよね〜。パン屋さんこそ世界平和の象徴だよ」
ディン
「パン屋への信仰心やばすぎ」
ロアは片手にトレイ、片手にトングを持ってカチカチと鳴らしてパンたちを厳選している。
ルーク
「ね!あ、これがいいぼく!オレンジが入ってるの」
ロア
「絶対美味しいやつ!僕はイチオシのとうもろこしのパンにしようかな!コーンスープと一緒に食べたら最高だろうな〜」
ディン
「うーん…」
ルーク
「ディンは何を迷ってるの?」
ディン
「え?いや…とってもガーリックバゲットが食べたい気分なんだよ。でもさでもさ?匂いがさ?」
ロア
「好きなの食べなよ」
ディン
「そうなんだけど!!口臭がさ!」
ロア
「誰も気にしないってば。しかも朝ごはんだよ?お夕飯ならわかるけどさ」
ディン
「ボクが気にするの!」
ディンとロアが言い合いをしている間にルークがパンを追加していった。
気づけばトレイが山盛りになっていた。
ディン
「ルーくんこれ夜ごはんでも食べるの?」
ルーク
「うん。違った?」
ディン
「全然違わないよ!!好きなの全部入れな??トレイもう一個持ってこよっか?」
ロア
「お財布緩すぎる」
ディンがルークを甘やかしているとロアが少し離れた棚を見ていた。
ミルク瓶が整列されている。大きめの瓶から小さめの瓶、フードの色で種類も分けられているようだ。
ロア
「ミルクも買っていい?」
ディン
「いいよ」
ロア
「見てディン、ハーツミルクがある!買っていい?お願い!めっちゃ美味しいんだよ!」
ディン
「仕方ないなぁ。ついてきてくれたしいいよ」
ロア
「ディンくん太っ腹〜!高いしなかなか買えないんだよね〜」
✴︎
ルークが大事そうにパンが入った袋を抱えて歩き出す。
ロア
「流石に買いすぎたかな…?買った後だけどごめんねディン。お金」
ロアがミルク瓶が入った袋を抱えて申し訳なさそうに歩く。
ディン
「別に?無駄遣いじゃないし。いいんだよお金はこういうのに使えばさ。お腹減ってるのは良くないからね」
ルーク
「うん!オレンジのパン楽しみ!」
ディン
「パンだって食べられるために焼かれたんだよ。美味しく食べてくれればいいんだよ」
ロア
「ありがと」
少しだけ静かな帰り道。
パンの匂いと、夜の空気。
ルークは袋を抱えたまま、嬉しそうに歩いている。
ディンはその横をヒールを鳴らして歩く。
ロアはミルク瓶を揺らさないように慎重に持っている。
ロア
「……オレンジといえばペンダント…プロジオンさんだっけ?明日お城にいるといいね」
ルーク
「うん。明日ちゃんと返せたらいいな」
ルークがポケットから慎重にペンダントを取り出した。
ディン
「明日もし会えなかったら、お城の人に預けて帰るからね。3日の約束でしょ?」
ルーク
「うん…」
ルークはペンダントを見て少ししょんぼりとしてしまう。
ロア
「……それ。おかあさんの形見とかなのかな。ほら、おじいさんたちが言ってたでしょ?ご両親の行方がわからないって」
ディン
「母親の金色と子供の赤色を混ぜた色ってこと?」
ロア
「そうそう。ディンをおかあさんと間違えるくらいだからきっと金髪だったんだろうし」
ディンが女性に間違われたのを思い出したのかむすっとした。
ディン
「ボクはおかあさんじゃない」
ロア
「まだ根に持ってるの?」
ルークはペンダントを指先でそっと撫でる。
街灯の下で、橙の石がわずかに光った。
ロア
「もし本当に形見なら、絶対に届けてあげないとだね」
ディン
「……ルーくん貸して」
ルーク
「!」
ルークがビクッとして反射で手を引っ込めてしまった。
ディン
「……ペンダント」
ルーク
「あ…うん。ごめん。はい」
ロア
「…………。」
ディンはポケットからハンカチを取り出した。
ペンダントを綺麗に包んでいく。
ディン
「はい。傷ついたら大変なんでしょ?これである程度強く持っても大丈夫だよ」
ルーク
「…ありがとうディン」
宿の灯りが見えてくる。
ルークはペンダントが包んであるハンカチをもう一度見つめ、それを大事そうにポケットへ戻した。
✴︎
ロア
「ただいま〜!お風呂!お風呂!」
ソフィア
「おかえりなさい。随分と買ったね」
ルーク
「晩御飯と朝御飯だよ!ソフィ何食べたい?」
ソフィア
「うーん…しょっぱいのがいいな」
ディン
「先に風呂入っちゃえば?」
ロア
「それもそっか。みんなもう入ったのかな?ヘスティア姉さんとルシファーちゃんは?」
ソフィア
「入ったよ。布団でころころしてる」
ロア
「パン選んでおいてよ。ルークどうする?一緒に入っちゃう?」
ルーク
「うん」
ディン
「ごゆっくり。ボクは最後にひとりで入るから」
ロア
「ほーい。行こうルーク」
ロアとルークが一緒に風呂場へ向かった。
ディン
「このオレンジは入ってるのはルーくんね。楽しみにしてるみたいだから。んで、ガーリックのはボクの。明日の朝の楽しみなんだ」
ソフィア
「どれも美味しそう…このコーンのは?」
ディン
「それロアの」
ソフィア
「うーん…じゃあハーブとトマトのにしようかな」
ソフィアが悩んでるとルシファーが布団部屋から出てきたようだった。
ルシファー
「おかえりなさい!わぁすごいね!いっぱいある!」
ディン
「ルシファーはどれがいい?これとこれとこれ以外」
ディンはオレンジパン、ガーリックパン、コーンパンを除けてルシファーに選ばせた。
ルシファー
「これ!デニッシュ好きなの。サクサクで」
ディン
「美味しいよねぇ。ヘスティア姉さんは?寝ちゃったの?」
ルシファー
「あ…えっと…そんなところ」
ディン
「?」
10分くらいしてルークとロアが風呂場から出てきた。
ルーク
「お待たせディン」
ディン
「早かったね。んじゃボクも入ってきますかぁ」
ルーク
「………えっと…」
ディン
「なぁに?どしたの」
ロア
「えっと…先に謝っとくね。ディン」
ディン
「え…なに…?」
ロア
「行…行けばわかるから!ごゆっくり!」
ロアに背中を押されて訳も聞けないまま風呂場に追いやられたディン。
ディン
「なんなの…?変な色してるとか…?」
ディンが服を脱ぐ前に恐る恐る風呂場を除いた。
ディン
「は?」
見てみると浴槽には少量のお湯。
浴槽満杯まであったのに、これしか残っていないのはおかしい。ロアが無駄遣いしたのか…?と疑いをかけた。急いで広場を出て追求しに行った。ギリギリ洗えるかどうかのお湯の量しか残さないなんて、なんて配慮がないんだ!と扉を開ける仕草が乱暴になった。
ディン
「ちょっと!流石にあの量おかしくない!?」
ロア
「びっくりした…もう少し優しく開けなよ」
ルシファー
「あぁ…えっとそれは…」
ルーク
「ぼくたちが入る前から少なかったよ。ロアと節約して使ったし…」
ディン
「何が起きたらああなるんだ!」
ルシファー
「あのね…ちょっとその…えっと…ヘスティアがちょっと…」
ルシファーはソフィアをチラチラ見ながら訳を話し始めた。
ソフィアは少し気まずそうに視線を逸らした。
ロア
「あぁ…」(なんとなく察し)
ルシファー
「わたし3番目に入ったんだけど…わたしが入る時点で結構少なくて…」
ソフィア
「悪気はなかった」
ロア
「(本当かよ…)」
ディン
「なんだぁ…ヘスティア姉さんか…。お湯がそんなに減るまで暴れたってこと?何したのソフィア姉さん」
ソフィア
「一緒に風呂入っただけなんだけどね」
ディン
「もう…まぁいいや。入ってくる〜」
ロア
「………。」
ディンが風呂場に戻ったのを確認するとロアは布団部屋に移動した。
ロア
「姉さーん?大丈夫?生きてる?呼吸できてる?」
ヘスティア
「…………。ロア…」
ヘスティアは布団に包まって丸くなっていた。
ロア
「咳出るよ?出ておいでよ…わ!?」
ロアがつんつん…とつつくと布団が急にブワっとなってヘスティアが出てきた。
ヘスティア
「聞いてくださいよ!おふろ…お風呂入ってきたんですよ!ダメですあんなの!!」
ロア
「わかったから落ち着いて」
ヘスティア
「今日寝る時布団の位置変わってください…!ソフィアと物理的に距離を取らないと死にます…!確実に死にます…!殺しに来てますあれは!!」
ロア
「えぇ…僕がソフィア姉さんの隣で寝るの?」
ヘスティア
「お願いします…」
ロア
「い…いいけど…いい加減慣れたら…?」
ヘスティア
「今日1日で何回死にかけたと思ってるんですか…!寿命縮んでしまいます…!ただでさえ短いのに!」
ロア
「縁起でもないこと言わないでよ…長生きして」
ヘスティア
「とりあえず無理です…!本当に無理!距離を取らないと…!距離を…」
ロア
「わかったってば…」
ヘスティアの駄々こねにロアがしばらく付き合うことのなった。
ロア
「ヘスティア姉さんお腹空いてない?パン買ってきたからさ。好きなの選ぼうよ。行こ」
ヘスティア
「……行きます…」
ロア
「よかった!姉さんが好きそうなベリーのパンがあってね。おすすめなんだよ」
ヘスティア
「それにします…」
ロア
「他にもあるんだよ!見てみてよ」
ロアがそう言ってヘスティアを布団部屋からみんなのいる部屋に連れていった。
ルシファー
「美味しい!ここの国の人お料理上手だね」
ロア
「思った。んん〜!ハーツミルクうんまぁ…」
ソフィア
「ハーツミルク久しぶり。ほんのり甘くて美味しいよね」
ディン
「ルーくんもっとゆっくり食べなよ」
ルーク
「うん…!」
ヘスティア
「…………。」
ヘスティアはロアの横に座ってソフィアと物理的距離をとりながら静かにベリーのパンを頬張っていた。
ディン
「明日は3人ずつで分かれて行動でいいのかな?」
ヘスティア
「やっぱりこっちくるんですか」
ディン
「まぁね」
ルーク
「ヘスティアもいるし大丈夫だよ?ディン」
ディン
「そう言わずにさ。ボクもまぁ商業区域とやらに興味あるし」
ルーク
「そう…」
ソフィア
「夕方にここの宿に集まれば良いかな?」
ロア
「そうだね。何かあったらヘスティア姉さんかディンが魔法をたくさん使ってくれれば向かうし」
ルシファー
「図書館楽しみだねソフィ!」
ソフィア
「うん!」
夕飯を済ませながら、明日の予定を確認した。
3人ずつの別行動だ。
ルーク・ディン・ヘスティアは国の内側へ。
ソフィア・ルシファー・ロアは国の図書館へ。
そろそろ眠る準備をしていると…
ソフィア
「ヘス、薬飲んだ?」
ヘスティア
「……言われなくても飲みます…」
ソフィア
「そっか。じゃあ先に布団行くね。おやすみ」
ソフィアがヘスティアの頬を両手で一瞬包んで布団部屋にスッと行ってしまった。
ヘスティア
「………は???」
ヘスティアは頭で処理しきれず固まった。
ロア
「あ、ヘスティア姉さーん。そろそろ寝ようよ。薬飲んだ?……大丈夫?」
ヘスティア
「……薬くらい言われなくても飲むってば!!」
ロア
「え…えぇ…ごめん…?」
ヘスティア
「……寝る!!」
ロア
「お…おやすみなさい…」
ヘスティアは薬を飲まずに布団部屋に行った。
ロア
「いや…だから薬……まいっか…もう…なんかそれどころじゃなさそうだし…またソフィア姉さんかな…」
ロアもヘスティアの後を歩いて布団部屋に向かって就寝した。
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【ワード集】
ハーツミルク
動物性のミルクのことです。
ほんのり甘く、植物性のミルクよりコクがあるそうです。高価で出回る量が少ないので、高級品扱いされることも多いです。
よく出回り、一般的によく飲まれているミルクは植物性のミルクです。
植物性のミルクは『フォーツミルク』と呼ばれます。
『アルスダリアの祈り』第28話を最後まで読んでいただきましてありがとうございます。
パン屋さんっていいですよね。




