第22話 ルークの地図
天冥界騒動からおよそ一ヶ月。
ルークたちは再び、いつもの日常へと戻っていた。
窓からは柔らかな日差しが差し込み、昼下がりのリビングには静かな時間が流れている。
ディンはソファに腰掛け、珈琲を片手に新聞へと目を落としていた。
ディン
「(……あ、この前の暴走列車の…)」
紙面には、例の事件の続報が載っている。
魔法使いたちは違法薬物に侵されており、背後には妖祓師の関与もあったという。
ディン
「(薬漬け。そりゃあ、あんなに饒舌だったわけだ)」
鼻で小さく息を抜く。
ディン
「(……“人魚の心臓”は、未だ行方不明。へぇ)」
その一文だけ、無意識に視線が留まった。
だが深く考えることもなく、珈琲を一口飲み、思考を切り替える。
ディン
「(まあ、今さらだね。ご愁傷様)」
新聞を畳もうとした、その時。
ルーク
「ディン……今、いい?」
声は控えめで、いつもより少しだけ間があった。
ディンはその違和感に気づき、新聞を完全に閉じてから顔を上げる。
ディン
「いいよ。なぁに?」
穏やかな昼下がり。
けれど、何かが始まる前の静けさのようでもあった。
ルーク
「今度さ……この辺、行ってみたいんだけど」
ルークはディンの隣に腰を下ろし、地図を広げた。
指先がとん、とある地点を示す。
地図のあちこちには、既にいくつもの印がつけられている。
歩いた道、立ち寄った場所、そして──まだ見ぬ場所。
ディン
「君も飽きないねぇ…んー、レブラ地方…?」
指先を追いながら、記憶を辿る。
ディン
「こっち側はあんまり行ったことないもんね」
ルーク
「うん。ここさ、この国……名前、なんて書いてあるの?」
ディン
「デューレブラッド。こっちのほうは確かかなり暖かい地域じゃなかったっけ」
虹の塔の東側に位置する大王都。
デューレブラッド──別名、陽の国。
記録では一年を通して空は晴れ渡り、日の出から日没までの時間が長い。鉱山が聳え立ち、鉱山資源が豊富で各国に輸出しているそう。
ディン
「……しばらく遠出できてなかったしさ。みんなに声、かけてみよっか」
ルーク
「うん!」
ぱっと表情を明るくして、ルークは立ち上がる。
ルーク
「みんな呼んでくるね!」
そう言い残し、軽い足取りでリビングを駆けていった。
ディンは嬉しそうに部屋を出ていくルークに微笑んだ…それからゆっくり視線を落として地図に残された印を眺めながら、まだ何も起きていない旅路を、静かに思い描いていた。
ロア
「君ってポーカーフェイス」
ダイニングテーブルで紅茶を嗜んでいたロアがディンに話しかけた。花蜜を匙で掬ってかき混ぜる。カランカラン…と2人の距離に響いた。
ディン
「なぁに?なんの話?」
ロア
「行きたくないなら断ればいいのに」
ディン
「……やだね君って」
ロア
「魔神族にしては嘘つくのが上手だよね」
ディン
「……うるさいなぁ…。外は好きじゃないけどルーくんと出かけるのは好きなの。ほっといて」
ロア
「出かけたがりとは相性悪そうなのに」
ディン
「いろんなところ見たいんだってさ。ボクは家が好きだけど、閉じ込めたら可哀想でしょ?」
ロア
「留守番してればいいじゃん?」
ディン
「胃が痛くなるからやだ」
ロア
「難儀だね〜」
ディンはコーヒーカップを揺らした。
ディン
「まぁ…手が届く場所にいてくれるだけ、ありがたいでしょ」
ロア
「……そうかもね」
ディン
「旅行ついでに祠探しってとこかな。行ったことないほうの土地に行きたがってたし」
✴︎
椅子に座ってみんなで地図を囲んだ。
アスベル
「遠出って久しぶりだね。最近バタバタしてたし」
ルーク
「旅行しながら祠が見つけられたらなって思ってるんだ」
ラウル
「この前、俺とアスベルが探しに行った時以来か?」
しばらく探すの止まっちゃってたねとアスベルとラウルが顔を合わせた。
ソフィア
「どこまで行くの?」
ルーク
「デューレブラッドってとこ!」
ディン
「東側はあんまり行ってないから祠もひとつくらいは見つかるんじゃないかなぁって」
ルシファー
「アスくん、デューレブラッドって行ったことあったよね?」
アスベル
「あるね。暑かったけど、穏やかなところだった」
アスベルによると、陽の暖かさに恵まれた国のようだ。
ルシファー
「あの時、天気雨で虹が見れたんだよね〜!すごく綺麗だった!」
ヘスティア
「天気雨?」
ルシファー
「そう!晴れてるのに雨が降っててね。不思議な感じだった!よく覚えてるの」
ロア
「そんなことあるんだ」
ルーク
「明日から行ってこようかなって思ってるんだけど、みんな行く?」
ソフィア
「私も行ってみたい。大王都だし、図書館があるかも」
ルシファー
「いいね〜!わたしも行きたい!」
みんなルークの提案に乗り気なようだ。
1人を除いては。
デュオン
「行ってらっしゃい」
ロア
「え!?デュオンちゃん行かないの…?」
デュオン
「暑いところなんだよね?足手纏いになるから行かない」
デュオンの"行かない"の一言に、ロアの肩がピクッと跳ねた。
ロア
「え〜!デュオンちゃんも一緒に行こうよ〜!いつもより強めに冷やすし!ね?いいでしょ?」
デュオン
「気持ちは嬉しいけど、お荷物になりたくないから行かないよ…みんなで行ってきて」
デュオンは暑い場所が極端に苦手らしく、お留守番しているという。ロアの渾身のお願いもスルーされた。
ロア
「デュオンちゃん行かないなら僕もお留守番してようかな〜」
ディン
「ロアは行くんだよ。温度管理して温度管理」
ロア
「え?強制?自分でやってください」
ディン
「無理〜ずっと使ってると具合悪くなるし」
そんな話をしていると、申し訳なさそうにラウルが手を挙げた。
ラウル
「俺も暑いのが少し苦手なので…今回はお留守番を…」
アスベル
「え〜ラウル留守番なの?おれをおぶってくれる人いないってこと…?じゃあおれも留守番する」
ロア
「え?」
ソフィア
「ゼナはどうしたい?デュオンがいないと怖いかな?」
ゼナ
「不安かな…オレもお留守番してようかな」
ディン
「ゼナ、またお留守番でいいの?」
ゼナ
「うん」
アスベル
「さすが家の番人…」
ロア
「お留守番組いいなぁ…」
ロアがどんどんお留守番側へ行こうとしている。
ヘスティア
「…………。」
ディン
「…………。」
ヘスティアとディンが顔を合わせた。
ヘスティア
「わたくしも行きたいんですけど…気温差で体調が悪くなるかもしれませんね…すごく行きたいんですけど…しかたないですね…お留守番していようかな…」
ロア
「え!?あぁ…えっと…ヘスティア姉さん行きたいの…?僕も行ったほうがいい…?」
ヘスティア
「頼りになります」
ロア
「……行きます」
ヘスティアとディンがグータッチする。
チョロすぎるよロアくん…。
デュオン
「気をつけて行ってきてね」
デュオン、ゼナ、ラウル、アスベルがお留守番組。
ルーク、ディン、ソフィア、ヘスティア、ロア、ルシファーで行くことに。
ルーク
「じゃあ決まりね!」
ディン
「明日までに準備しといてねぇ」
一旦、解散!とディンが号令をかけた。
準備するといっても、予備の衣類を持っていくくらいなので大した準備はしないのだが…。
✳︎
翌朝。天気は快晴!お出かけ日和だ。
ディン
「帽子帽子…あった!」
ロア
「帽子被るの?」
ディン
「暑いところ行くんだよ?日差しがキツいかなぁって思って。あとまぁ、頭目立つし」
ロア
「頭暑そう」
ディンが黒い角帽を被った。
そしてこちらは、少し離れたところのアスベルとルシファー。
アスベル
「ルシファー気をつけて行ってきてね。一人で森の奥に行っちゃダメ。海には絶対入らないこと。おーけい?」
ルシファー
「うん!おっけい!」
アスベル
「首飾りは?してる?おれのも付けてく??」
ルシファー
「ひとつで大丈夫だよアスくん」
アスベル
「そっか…。それ、その帽子、オルデリアで買ってたやつだよね?かわいいね。すごく似合ってる」
ルシファー
「ほんと?ありがとう!」
ルシファーが花のように笑う。
アスベル
「(殺人スマイル…)」
アスベルがぎゅっと心臓を抑える。幸せそうだ。
ディン
「三日経って戻って来なかったら何かあったと思って迎えにきて。デュオンのことよろしくね」
ゼナ
「了解。気をつけてね」
お留守番組が、いってらっしゃい!とお見送りをした。
姿が見えなくなるまで見送った後、家に入った。
✳︎
オルデリア地方、王都オルデリア。大鉄道にて。
ロア
「あ、見てディン!この前の暴走列車の主犯格捕まったんだって!」
ディン
「本当だ。よかったね。こっち新聞に載っけりゃいいのに…。報道までに時間かかりすぎでしょ…あぁ一昨日なんだ捕まったの。…協力していた魔法使いの証言により投獄……ほーん」
ディンがルークの服を掴みながら反応した。
オルデリア駅の掲示板に、巻き込まれたテロ事件についての記事が掲示されていた。巻き込まれた身としては、解決してよかったと思った。
ルーク
「ねぇディン!あの大きいやつ乗るんだよね!?」
ルークが列車を見てはしゃぎだす。乗り物に乗るのが好きなようで、早く早く!と急かしてくる。
ディン
「お待ちってルーくん。そうあの黒いやつ」
ルーク
「あっちの桃色のやつはこの前乗ったやつだよね?」
ディン
「そうそう。あれはオルデリア地方内を走る路線の列車。今日はこっち」
ディンが大きな黒い列車を指差す。
賑やかな構内を歩き、ホームに向かった。
ディン
「ほらルーくん奥行って」
ルーク
「うん」
ルシファー
「わたしも窓側座ってもいい?」
ヘスティア
「どうぞ」
今回は座席の向きが固定されている横三列席だ。
前にルークとディンとロアが座り、後ろにルシファーとヘスティア、ソフィアが座った。
座ってしばらくして列車が出発した。
ロア
「祠?ってどんなところにあるの?」
ディン
「見つけた二つは森の中にあったんだよねぇ。だから勝手に森の中にあるのかなって思ってるの」
ロア
「へぇ…祠に行ってみてなんか変わったこととかあったの?」
ルーク
「うーん…これといったことはないんだけど…。でも行くとなんとも言えない感覚にはなる…」
ロア
「ふぅん」
ルーク
「ゼナのおばあちゃん家の近くにある祠、遊びに行くたびに行ってるんだけど、初めて行った時の変な感覚にはならないんだよね」
ロア
「なんだろうね。最初の一回だけ不思議な感じするんだ?」
ディン
「いうてまだ二つしか見てないからなんとも言えんけどね」
ルーク
「だから何個か見てみたいんだ」
ロア
「七つくらいあるんだっけ?でもほら、喪失して無くなってる場所とかあるでしょ?喪失の外側にあるのかも」
ルーク
「うん。そうかもしれないけど、あったらいいなって気持ちで探してるんだ」
ロア
「そっか…見つかるといいね」
ルーク
「うん!」
後ろでは三人がパンフレットを広げて、楽しそうに盛り上がっていた。
デューレブラッドのパンフレットを見ているようだ。
ロア
「いいな〜…姉さんたち楽しそうで…」
ディン
「ボクたちもキャッキャする?」
ロア
「需要なさすぎる」
ディン
「ボクたちこんなに可愛いのに?」
ロア
「顔だけね」
ディン
「ボクとルーくんの話ね?」
ロア
「うわ、うざ」
ルーク
「あ!見て!2人とも!虹の塔が綺麗に見えるよ!」
ディン
「本当だねぇ」
現在、オルデリア国とグランドライン国間を走行中。
虹の塔にかなり近くなる時間があり、いつもよりもはっきりと見える。
周りは内海になっているらしく、水辺が広がっている。
ロア
「あの塔、綺麗だけど、ちょっと不気味だよね〜。すごく近くに行ってもそれ以上近くに行けないし、いつからあるかわからないんでしょ」
ディン
「そういえばデュオンとラウルが天界でも似たような塔があったって言ってたよねぇ。何かしらやばさはありそう」
ルーク
「なんの建物なんだろうね。綺麗だから、これ見て元気出してね〜みたいな?」
ロア
「心が綺麗すぎる」
ディン
「ボクもああなりたい」
ロア
「無理だろ」
ディン
「わかってるよ」
そんなこんなで、オルデリアの次の駅であるグランドラインに到着した。数分停車した後、再び発車した。
ディン
「やばいな、二時間も座ってると尻が…おちりが…」
ロア
「んふふ…大丈夫?」
ディン
「なに笑ってんの」
ロア
「絶対笑かす言い方したじゃん今」
ディン
「ツボ浅すぎるでしょ」
ルーク
「予備の服、お尻に敷くとか」
ディン
「ルーくん天才か?」
ルークの提案を採用。ロアがずっと笑っていたけど、ディンは気にせず鞄から予備の服を取り出した。綺麗に折り畳んでお尻に敷いた。
ディン
「いや、うっす…効果なさすぎて笑っちゃう」
暖かい国に行くつもりで、薄手の服ばかり持ってきていた。
ルーク
「ぼくのも使っていいよディン」
ロア
「ほら僕のも」
ディン
「ごめんよ…ボクが不甲斐ないばっかりに…」
三人分の衣服を丸めてお尻に敷いて痛いのをしのいだ。
ディン
「おぉ〜快適。ありがとう2人とも」
ルーク
「良かったね」
ロア
「まだあともう二時間くらいかかるみたいだからね」
ディン
「遠いなぁ…」
そんなこんな話していると車内放送がかかった。
『窓側のお客様へご連絡申し上げます。この列車は、まもなくグランド地方からレブラ地方に入ります。乾燥地帯なため、砂嵐が発生する可能性がございます。列車内に砂が入らないよう、強制的に窓を閉めさせていただきます。窓から身体を離してお待ちくださいませ』
✳︎
ルーク
「ルシファー見て!あんなにお天気だったのに」
ルシファー
「こんな暗くなるんだね。すっごい砂」
窓側に座っていた2人が座席の隙間越しに話をする。
ルシファー
「前見えてるのかな」
ルーク
「流石に列車も目見えないんじゃない?」
ソフィア
「(目…??)」
ヘスティア
「(列車に目なんてありませんけどね…)」
ロア
「なんでディンに育ててもらったのにあんなに純粋なの?」
ディン
「ルーくんとデュオンの前では綺麗なのボクは」
ロア
「謎に説得力あるんだけど」
笑い混じりの会話とは裏腹に、車窓の外はみるみるうちに色を失っていった。
晴れ渡っていた空は灰色に塗り替えられ、遠くの景色は砂に滲んでいく。
列車は速度を落とすことなく、その中へと踏み込んでいった。
ガラス越しに、砂が叩きつけられる乾いた音が、かすかに響いた。
『アルスダリアの祈り』第22話を最後まで読んでいただきましてありがとうございます。
今度は陽の国デューレブラッドへ!
列車の中でごゆっくり。。。




