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アルスダリアの祈り  作者: 瑝覇
???編
16/21

第15話 天冥界

少しずつ熱が引き、各々が落ち着きを取り戻した頃。

窓から優しい風が入り込み、重かった空気をふわりと揺らした。

そんな空気の中、最初に動き出したのはロアだった。



ロア

「そういえば、野菜買えた?……あ、ブルーベリーじゃん。珍し」



ロアが放置されていた紙袋を漁り出した。

それを見たルークが慌ててすっ飛んでくる。

 


ルーク

「あのね!そう!あんまり下町に置かれないから…つい…」


ロア

「そうなんだ!良かったね!少しもらってもいい?ジャムにしたい」


ルーク

「いいよ!今日の夕飯何にするの?」


ロア

「グリルとかどう?オーブンで焼いてお好みでソースつけて食べるの。パンも焼いちゃう?」


ルーク

「焼く〜!」



美味しい話を始めた瞬間、部屋の空気が穏やかに和らいだ。

紙袋から野菜を取り出す音、控えめな笑い声。日常が少しずつ戻ってくる。



ゼナ

「ロア、手伝うよ」


ロア

「ほんと?野菜綺麗に洗って〜。ルークは裏から薪持ってきて」


ルーク

「はーい」



ロアが台所のオーブンを開けた。

前回の灰が残っているようだ。



ロア

「(忘れてた…)ゼナくん、灰どうする〜?」


ゼナ

「取っといて」


ロア

「は〜い」

 


ロアは灰をゆっくりかき出す。少しだけ灰を残し、残りは麻袋へ。



ゼナ

「言っといてくれたら掃除したのに」


ロア

「忘れてたの。どこ置いとく?」


ゼナ

「裏庭持ってく。すぐ戻るね」


ロア

「は〜い」



ゼナは裏庭でいろんな植物を育てているようで、灰を肥料にするようだ。



ルーク

「ロアー、こんくらいでいい?」


ロア

「充分充分。ありがと。オーブンの中入れてくれる?」


ルーク

「はーい」

 


ゼナとすれ違いでルークが薪を抱えて戻ってきた。

慎重にオーブンの中に薪を入れていった。

ロアが新聞紙を丸めて放り投げた。マッチで火をつけてオーブンを予熱していく。



ロア

「みんなにお茶でも淹れてあげて。あ、お湯沸かさないとか。お湯沸いたら呼ぶから、座ってて」


ルーク

「ありがとうロア」

 


食事の準備が始まった台所とは対照的に、リビングでは皆がデュオンの話を聞いていた。

穏やかだが、ラウルだけは落ち着かない。


 

ラウル

「少し自室にいる」


アスベル

「考えすぎないでな、ラウル」


ラウル

「うん」


ソフィア

「……………。」



ラウルはみんなに一声かけて自室に向かった。普段上品な彼が柄にもなく乱暴にベッドに腰をかけた。


 

ラウル

「(こんな…こんな偶然がありえるのか…??こんな……夢物語でもあるまいし…)」


 

静寂とともに現実へ引き戻される。

耳に入る音は静かなのに、頭の中だけがやけに騒がしい。


 

ラウル

「(俺が考えても仕方のないことだが…)」


 

自分とよく似た特徴。

だが決定的に欠けていた“神族の象徴”。

似た種族だと思い油断していた。

同じ神族——しかも皇族で、自分が仕えるはずの相手だったなど、どれほどの確率か。

 


ソフィア

「ラウル?」


ラウル

「!ソ…ソフィアか…。どうした?」


ソフィア

「ごめん。入る前に声かけたんだけど…勝手に入ってきちゃった」


ラウル

「(気づかなかった…)申し訳ない。でもいつもは何も言わずに入ってくるだろう?」


ソフィア

「まぁ、そうだね。今は、少し…落ち込んでるでしょ?だから一声かけたの」


ラウル

「………そうか」


ソフィア

「大丈夫…?じゃないよね」

 


鼓膜を優しくノックするソフィアの声。

控えめに笑うソフィアの顔がラウルは好きだった。



ソフィア

「…少し、大丈夫になった」


ラウル

「そう。よかった」


 

ふわっと笑い、椅子に腰をかけた。

 


ソフィア

「びっくりしたね。あまりにも急で。ディンも怒ってたよ。こんななんでもない日に〜!って」


ラウル

「……………。」


ソフィア

「……………。」



ソフィアがラウルの顔を包んで、目線を合わせた。


 

ソフィア

「大丈夫。大丈夫だよラウル。みんないるからね」


ラウル

「……うん」


ソフィア

「今は頭の整理が出来なくていいんだよラウル。気持ちが消化されるまでは難しいからね。思っていること話してみる?話すとね、少し落ち着くの。私の経験だよ」


ラウル

「……そうだったな」

 


ふたりはクスッと笑った。

ラウルは素直に気持ちを口にし、ソフィアは"夢物語みたいだね"と優しく笑った。



ソフィア

「本当にすごい確率。出身世界の外で巡り合っただけでも奇跡なのに、本来ならまた別の関係性で出会ってたってことでしょう? 強い縁だね」


ラウル

「強い縁…」


ソフィア

「切っても切れない縁。大事にするといいよ」


 

ソフィアの言葉が静かに胸へ落ちる。

話すだけで、気持ちが少し楽になるのをラウルは実感した。



ソフィア

「あ、そうだラウル」


ラウル

「うん?」

 

ソフィア

「"死ぬなら心臓の方が確実"だよ」


ラウル

「っ!」


ソフィア

「懐かしいでしょ?」


ラウル

「………割と最近だ」


ソフィア

「十年も前だよ」


ラウル

「十年しか経ってない」



再びふたりは笑い合った。



ソフィア

「ラウルが首に剣突き立てた時に、それ思い出しちゃって笑っちゃったの」


ラウル

「笑い話になったようで何よりだ」


ソフィア

「ふふ…まさか十年越しにラウルに言い返せるなんて思わなかったな」


ラウル

「そうだな。まさか言い返されるとは」


ソフィア

「だね。……確かに、ヒヤッとするかも」


ラウル

「そうだろう」

 


二人しかわからないように、懐かしそうに話す。



ソフィア

「ラウルじゃなかったら私も腕引っ張られてたのかな」


ラウル

「あれかなり痛かったんだぞ。特にルシファーの引っ張る力が強くて腕が外れたかと思った」


ソフィア

「笑っちゃいけないんだけど堪えるの大変だった」


ラウル

「いい。たくさん笑え」



ラウルが少しずついつもの調子に戻っていくように見えた。

 

 

ソフィア

「そういえば、あの時の小刀って結局どうしたんだっけ」


ラウル

「そこの棚にしまってある」


ソフィア

「え、うそ。……これ?」


ラウル

「そう」

 


ソフィアが立ち上がり、ラウルの言う小棚のほうへ向かった。小棚の二段目に子綺麗な箱がしまってある。



ソフィア

「……手入れしたの?錆だらけだったのに」


ラウル

「なんだかそのままにしておけなくて」


ソフィア

「流石にもう捨てたと思ってた」


ラウル

「いつか返せって言ったのはソフィアだろ」


ソフィア

「……そうだっけね」


ラウル

「切れ味、前より良くなってるぞ」


ソフィア

「返す気ないくせに」


ラウル

「よくご存知で」


ソフィア

「あの時もそうだったもん」


ラウル

「あの時はちゃんと返しただろ」


ソフィア

「手離してくれなかった」


ラウル

「離したら刺してた」

 


ソフィアがいたずらするようにこっと微笑んだ。

ラウルもにこっと微笑んで返した。

昔話に花が咲いて笑い声も混ざった。



ルーク

「ねぇ本当に中はいるの?」



ラウルの部屋の扉を少しだけ開け、ルーク・ディン・ヘスティアの三人が様子を覗いていた。

ルークは紅茶のカップを載せたトレーを手に持っている。

 


ヘスティア

「紅茶の準備できてますけど。熱々の」


ディン

「え?なんて??」


ルーク

「熱々の紅茶の準備できてるのにって」

 


ルークがディンの耳元でヘスティアの発言を伝えた。

 


ディン

「あぁ…そりゃいかんよヘスティア姉さん。落ち着こ」


ヘスティア

「…………。」


ルーク

「後でまた淹れてあげればいいんじゃない?」


ディン

「ルーくんたぶん、意味合いが違うやつそれ」


ルーク

「え?」



扉の外で何やら"紅茶"で一悶着あったらしいが、ラウルとソフィアが気づくことはなかったそうな。



 ✳︎


 

舞台は変わり、天冥界。

人間界より上に位置している神族が生息している世界。

今は天界と冥界に分かれ、さらに五つの界域に区分される世界。

その一つ、天界第肆界域・大聖堂。


 

???

「第二皇子が見つかったのか。よかったなグレイス。シオン殿もさぞ喜ばれただろう」


グレイス

「あぁ」


人間界では目立たぬよう簡素な外套姿だったグレイスは、今は皇族の正装に身を包み、金色の冠を戴いていた。

 

聖堂には静謐な空気が漂い、低めの声が響く。

グレイスの向かいに座るのはセティーナ。グレイスと同じく灰色の髪。灰色の瞳を持ち、その場にいるだけで威圧感と迫力を放ち、鋭い眼光でグレイスを射抜く。

 

その後ろには、頭紗とうしゃをつけた皇降族のロゼットが、物音ひとつ立てず控えていた。


 

セティーナ

「それで、人間界に置いてきたと?」


グレイスお

「そうだ」


セティーナ

「……界域主たちには何と説明を?私はお前の肩を持つつもりではいるが」


グレイス

「無事は確認したが、連れ戻す気はないと」


セティーナ

「ほう」

 


セティーナが片眉を上げた。



グレイス

「あの子の意思を尊重したい」


セティーナ

「……こちらに連れてくる気はないのだな?」


グレイス

「あぁ」


セティーナ

「それで納得すると?」


グレイス

「いや」


セティーナ

「"そこ"は、弁えているのだな」


グレイス

「…………。」


セティーナ

「ははっ!私の弟とは思えん無計画ぶりだな。親としては同情するが」


グレイス

「ガサツな兄を持つとこうなるんだ」


 

高笑いをしながらグレイスを揶揄うように話すセティーナ。負けじと言い返すグレイス。



セティーナ

「全界域総出で捜索したんだ。顔は見せるべきだとやかましい連中は少なからずいるぞ」


グレイス

「そうなんだが…」


セティーナ

「………親だと伝えていないのか」


グレイス

「………。」


セティーナ

「(なるほど……)それで私を呼び出したのか」


グレイス

「頭が爆発しそうなんだ」


セティーナ

「はっはっは!お前は相変わらず阿呆だな。素直に伝えていればよいものを」


グレイス

「揶揄うのは構わんが真剣に考えてくれ」


セティーナ

「そんなにも分からずやな子なのか?」


グレイス

「いや…相当物分かりが良さそうだった。かなり落ち着いていたしな」


セティーナ

「ならばいっそのこと伝えてしまえば良い。何を隠す必要がある」


グレイス

「…………。」


セティーナ

「いいか?他の界域の連中はお前たちを"親子“ではなく、"皇族"として見る。親子事情などお前たちの内輪の話にすぎない。考慮しない」


グレイス

「…………。」


セティーナ

「だからな、グレイス。お前が躊躇えば躊躇うほど、界域主たちは“動く”。

“親が判断しないのなら、天冥界として判断するべきだ”と。手荒に扱われたくなければ、お前が最低限動き、守るべきだ。お前は、"譲歩されている側"だ。お前が連れてくるか、他界域の連中が強制的に連れてくるかの二択を選ぶ権利を与えられている。理解しろ」


グレイス

「…………。」


セティーナ

「通達が行けば、すぐに動き出すぞ」


グレイス

「わかってる」


セティーナ

「………ある程度、検討はつく。下界(人間界)で達者に暮らしていたのだろう?それを見て言い出せなかった…といったところか?」


グレイス

「まぁ…」


セティーナ

「図星か。皇族としては連れ帰るべきだが、親としては良い判断だ」


 

少しだけ声色が優しくなった。

 


グレイス

「…………。」


セティーナ

「ともかくだ。親に連れてこられるのと、そうでないやつに強制的に連れてこられるのとではどちらが良いか判断しろ。……それと」


グレイス

「?」


セティーナ

「きちんと聞いてみろ。どんな形でも良い。あくまで今は"お前が子の意思を予測した考え"だろう?しっかりと、尊重することだ。子は案外、親が思うほど弱くない。お前は“守らねば潰れてしまう”と考えている。

だがな、グレイス。今まで下界で生きてきたのだ。

…生き抜いてきたのだ」


グレイス

「そう…だな…」


セティーナ

「それに、最初も言ったが。私はお前の肩を持つ気でいる。出来ることはしてやる。望まぬ結果になったのなら、共に抗ってやる。ひとりではないことを忘れるな」


グレイス

「心強いな」



セティーナがふっと優しく微笑んだ。

厳しくも重い現実を突きつけ続けた者とは思えないほど、柔らかな表情だった。



セティーナ

「お前に"喪失を恐れるな"とは、言いにくいがな…」


グレイス

「……ありがとうセティーナ。頭が冷えた」


セティーナ

「その阿呆な頭を冷やすために私に頼ったのだろう。効果があって何よりだ」


グレイス

「こちらまで足を運ばせて申し訳なかった」


セティーナ

「……ロゼ。戻るぞ」


ロゼット

「はいセティーナ様。失礼致しますグレイス様」


グレイス

「あぁ。またな」

 


 ✳︎

 


ロゼット

「よかったのですか?セティーナ様」


セティーナ

「なんのことだ?」


ロゼット

「あのように仰って。界域全体を巻き込む重大事です。特定の界域へ肩入れは御法度では?」


セティーナ

「……よく喋るな」


ロゼット

「いつもお喋りなセティーナ様が静かなので、気を利かせているのです」


セティーナ

「恩着せがましい。……私は界域主以前に、親戚だぞ?そんな規律知ったことか」


ロゼット

「暴論がすぎますね。ああ仰っていましたのに」


セティーナ

「愚弟は頭を冷やすためが目的で私をよこした。だからあのような言い方をしたが、私も愚弟と対して考えは変わらん」


ロゼット

「連れ戻す気はないと?」


セティーナ

「連れ戻したとてどうする。下界(人間界)の生き方が染み付いているんだ。今更、天界こちらの生き方を強制するのもな」


ロゼット

「七十年ほど経っておりますものね」


セティーナ

「それに、こんな堅苦しい古臭い環境にわざわざ戻る必要はない。下界(人間界)が合うならそちらで羽を伸ばして暮らした方がよっぽど良いだろう」


ロゼット

「しかし、界域主様たちは“皇族を外に置く”という事実をよく思わないでしょう」


セティーナ

「それはそうだがな。今回に限っては皇族が絡んでいるんだ。特に第壱界域の連中は。あいつら何か言わないと死ぬのか?全く毎回毎回」


ロゼット

「そのような発言はお控えください。セティーナ様。誰が聞いているかわかりませんよ」


セティーナ

「否定しないところはお前の良いところだ」


ロゼット

「褒め言葉として受け取ります」

 


コツコツ…と音の響く大聖堂内をゆっくりと歩く。



ロゼット

「しかしグレイス様もシオン様もご立派なことで。長年探していた御子息が見つかったとなれば、連れて帰りたかったでしょうに」


セティーナ

「下界に置いてきたということは良い環境で達者に暮らしていたのだろう。愚弟は阿呆だが頭は悪くない」


ロゼット

「………そうでございますね。相変わらず、弟様に甘いですね。セティーナ様」


セティーナ

「兄というのは弟を無条件に助ける生き物なんだ。多少は共に悪目立ちしてやるさ」


ロゼット

「ほどほどに。お願いいたします」


セティーナ

「…まぁ、愚弟も心折らずによくやってる。不幸が続いても立ち上がる根性は尊敬できる」



少しだけ切なそうに話すセティーナ。



ロゼット

「グレイス様が、動けなかった場合はどうするので?」


セティーナ

「振り切れたようだったから動くと思いたいがな…そうだなぁ…」


ロゼット

「最悪セティーナ様が無理やりを装ってお連れするしかないのでは?他界域の方が連れてくるより、いささか良いかと。わたくし的にはやめていただきたいですが」


セティーナ

「良い案だ。検討しよう」


ロゼット

「話聞いてます?」


セティーナ

「わざわざ口に出したのはそういうことだろう?」


ロゼット

「……さぁ、どうでしょう」


セティーナ

「お前のそういうところを気に入っている」


ロゼット

「光栄です」


セティーナ

「…一度くらいは、ゆっくりと顔を見たいものだがな」



セティーナがロゼットの肩に腕を回した。



ロゼット

「セティーナ様。外ですよ」


セティーナ

「お前は真面目だなぁ…誰も見ていない」


ロゼット

「ステラ様に怒られますよ」


セティーナ

「……それはまずいな」


ロゼット

「そうでしょう?」

 


石でできた床に落ちた二人の影が、ゆっくりと外光へ溶けていく。


最後に響いた足音が消えたあと、大聖堂には静けさだけが残った。


そうして二人は、大聖堂から静かに出ていった。



 ✴︎✴︎✴︎


【小話】


神族は性別がありません。

年上の兄弟を兄。年下を弟と統一されています。

アルスダリアの祈り 第15話 最後まで読んでいただきましてありがとうございます。


ソフィアちゃんとラウルさんは過去に何があったんや…


グレイス様のお兄さん、セティーナ様。お付きの皇降族のロゼット様。2人の雰囲気が好きです。

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