第九話
「あー、やっとバイト終わった~」
タイムカードを入れ終えた千明がファミレスの裏口から出ていく。
ビルの場所に向かわずに回り道をして、いつもとは反対の道で駅の入り口に着く。
そのまま夜十時の電車に乗って、椅子に座り―――目を瞑る。
休んでいるその時に―――。
車両から移動する大学の集団の大声が響く。
「ああ、愛しの姫―――。私はこんなにも恋焦がれているというのに―――」
まるで役者のような声に千明が目を開けると―――。
同じ大学の演劇部サークルの部員達が電車内で役になりきる練習を車両移動しながら演じていた。
どうやら演劇部サークル恒例の役になり切る練習のようだ。
車両が変わるまで何かの役になり切って演じて進む。
そしてまた車両が変われば―――次の部員がまた別の役になり、演じ切る。
演劇部の遊びにも似た集団の実践を兼ねた練習だった。
(学生さんがバカやってるなって、大人たちが朗らかな目で見守るけど―――疲れている私にはこれは効くわね)
千明がイライラしながらも目を瞑る。
次の車両に演劇部が移動し終えると―――。
別の部員が他の役者になり切った演技を大声で演じていく。
遠くからも聞こえる役者がかった声に―――。
千明が肩の力を抜いて、耐える。
(まったく大学サークルってのは色濃い連中ね。高校には無かったエキサイトな日々でも送ってんのかしら?)
千明がそう思い、遠くなっていく演劇部の声を聴き、目を再び瞑る。
車内で駅のアナウンスが鳴る。
自分の住んでいるアパートのある駅に着いたときに―――。
「やっぱ三駅くらいの区間はなんだかんだで速いわね。十三分間ってのも微妙だけど―――」
呟いた千明が椅子から起き上がり、電車を出る。
千明の乗る車両に座る半分ほど席が空いている人たちも三割ほどの客が降りていく。
駅の周りは畑があり、大きな畑の端っこで民家が並ぶ。
そして遠くにありながら大きな建物が存在感を見せる。
それは山の上にある千明の在学してる大学だった。
「相変わらず三駅過ぎると一気に田舎って感じの場所になるわ。この感覚―――二年生の四月になっても馴染めないわね」
千明がそう言い終えると―――ポツポツッと雨が降ってくる。
「―――これって嘘でしょ?」
千明がハッとする。
その雨は血液の様に赤く振る雨だった。
それは山田と吉澤が話していた赤い雨―――。
血液のような色をした赤い雨が畑の砂利道やコンクリートで敷かれた車一車分の道に振っていく。
千明がカバンから折り畳み傘を出して、駅の階段を上っていく。
駅には人が二、三人しかおらず―――。
駅の先頭には千明の大学の鉄道研究会のサークルの学生がいる。
赤い雨の降る中でやってくる電車の撮影をスタンバイして待っている。
階段を上がり終えた千明が目と鼻の先にあるような距離の改札を抜ける。
赤い雨が降ると遅くとも朝までは止まない―――。