第百話
佳代子がスニッカーズを五分の一ほど食べて頷く。
「暗示をかけたものはその暗示をかけたものにしか解かれない。つまり今は千明が数日で消える暗示を時雨がかけているから、時雨にまた暗示でかけさせないといけない」
「それ急がないとあたしが記憶無くすことにならない? 時雨は今日来るの? さっき第二厚生棟の売店で雑誌読んでたの見かけたけどさ」
千明が焦り始めて、佳代子に不安そうに話す。
「安心するがよい。まだ二日分残っている上に今日の夜にまたここに来れば時雨が暗示を解かせてくれる」
「なんだ、そっかぁ―――暗示をかけた時雨が無気力病になった後で暗示出来ないとかになったら、こっちも詰みよね」
千明が安心したようにパイプ椅子にもたれかかる。
佳代子が生協から買ったスニッカーズを食べ―――。
「赤い眼の時は赤い雨を弾くことは知っているな?」
スニッカーズを五分の二まで食べた佳代子が千明に問う。
「ええ、儀式って奴と関係があるとは私も思ってた。それがなんでそうなるかはアンタらでも解ってないんでしょ?」
「うむ。残念ながら、な。―――次に治癒について説明する」
「治癒ね。あれもドレッド君に衣服ごと修復されたからあたしとしては気になってたわ」
「治癒は魂喰らいに襲われた者の衣服や体を場合によっては直せる。だが例外もあり、魂喰らいによって、タマシイの一部が奪われない場合の相手のみ発動出来る」
「えっ? それじゃあ手遅れになった無気力病の時は?」
「……残念ながら出来ない」
佳代子の返答に千明が沈み込む。
「治癒は万能って能力じゃないわけね」
「だが、レガシーウエポンを持つ者同士なら手遅れになる前に治癒が出来る」
佳代子がそう言って、スニッカーズを半分ほど食べ終える。
「じゃあ、他に聞くけど―――赤い眼から記録する媒体から顔を消せるっていう―――証拠が残らない力も備わるのはなんで?」
千明がカスタードシュークリームを食べながら、佳代子に質問する。
「うむ。それは魂喰らいに狙われた人間のみしか見えず―――おそらく儀式というワードに起因している。魂喰らいやレガシーウエポンが人間に見えないのは秘密裏の儀式になるためであろう」
「ん~、その儀式ってのが謎ね」
「一応警察にも顔以外はレガシーウエポンが見えていることも稀にある。適性がある者が見えると時雨が話していた」
「えっ? それマズくない? 警察にでも捕まったらレガシーウエポンを出せとか言われるでしょ?」
千明がシュークリームを口からこぼしそうになり、動揺する。
「ドレッドと時雨の探知の力は警察などの人の気配も読めるから見つかる前に逃げることができる」
「万事休すじゃない。危なっかしいわね」
千明がスカートに落ちたシュークリームのカスタードをハンカチで拭く。
「それと赤い眼の時は身体能力が飛躍的に向上する」
「それも知りたい情報ね。儀式の時に出た謎の言葉の―――冥界王とか第一の儀式とかクロキユメとかも関連してそうだけどさ」
千明が佳代子の説明にハンカチを畳んで問う。
「おそらくはそれらの契約したレガシーウエポンの能力もあるのだろう」
「どういうこと? レガシーウエポンが使えるからその力で身体能力が向上するとか? 赤い眼単体では関係ないとか?」
「鋭いな。うむ、その通りだ。時雨とドレッドの話ではレガシーウェポンは普段は体内に宿している。そして適性のある選ばれた者にしか使えない―――体や精神力を鍛えるたびに強くなる」
佳代子がそう言って、半分になったスニッカーズを食べ始める。
「ドレッド君や時雨が過去の先輩から聞いたってことね」
「うむ。そういうことになる。その為に走り込みや部室の瞑想に屋上での木の棒を持って素振りなどをしている。今はこれだけしか説明できない。許すが良い」
そう言って、佳代子がスニッカーズを食べ終える。
「色々ありがとう。けど魂喰らいのことはわからないままね」
千明がそう言って、菓子パンを食べ終える。
「でもあたしには探知や治癒や暗示が出来ないから集団行動になるわね」
「そうなるな―――金辺とも千明の入部後の行動について話していた。襲われているものが現れた時は連絡で呼ぶようにと時雨や金辺との話でまとまった」
佳代子がそう伝えて、スニッカーズの袋を部室の端にあるゴミ箱に捨てる。
「個人的に聞きたいんだけど―――」
千明が佳代子を真っ直ぐと見る。
「なんで佳代子はこんな危ない橋を渡ってまで天文部の活動に入部したの? 普通は断って、時雨に暗示をかけて元の生活に戻りたいでしょ?」
千明が不思議そうに尋ねる。
佳代子が座ったまま憂い顔で話す。
「―――赤い雨の降り始めた時に警官だった兄が行方不明になった」
「……っ!」
千明がその言葉で過去を思い出す。
自分もその時に殺人犯に刺された映像が浮かぶ。




