マイクに殺されかけた日
「喋るの、怖いって思ったこと、ある?」
ユキがその言葉を口にしたのは、ちょうど夕暮れ時だった。
レンジたちは、廃工場跡で次の中継局へ送る中継装置の点検をしていた。
だが、一人でケーブル整理をしていたユキが、ふいに手を止めて呟いたのだ。
「マイクって、さ。人を殺せると思うんだ」
「え?」
マルが手を止め、顔を上げる。
ユキは笑っている。でもその笑いは、どこか薄くて、色がない。
──3年前、ユキは“声”を理由にいじめを受けていた。
原因は些細なことだった。
放送委員だった彼女が、生徒会長選挙で自分の意見を込めたナレーションをした。
その言葉が一部の上級生を怒らせ、
ユキの「声」は「出すべきじゃないもの」として扱われるようになった。
「当時、マイク見ると、吐きそうになった。
もう声を出したくないって、思った」
誰も言葉を継げなかった。
「でもね、レンジの放送、聴いたんだ。EMP後の、最初の夜。
真っ暗な部屋で。ラジオの明かりもなしに」
ユキは目を閉じた。
「“生きてるか?”って、言ってた。ラジオから。
……それ、私に言ってる気がしたんだ」
だから彼女はマイクの前に戻った。
怖くて、吐きそうで、それでも──もう一度、自分の声を使うために。
「つまりお前、俺の声に惚れたってこと?」
レンジが冗談めかして言う。
「ちげーし! 声はイイけど中身がゴミだし!」
ユキが即座にツッコむ。
「おっ、中身まで見てんのかよ、惚れてるな?」
「うるさい、死ね! ……ちょっとだけありがとう」
その言葉に、レンジはふっと笑う。
ノイズもマルも、照れ隠しのように工具を鳴らした。
「ユキ、お前の声、ちゃんと届いてたんだな」
「……うん。でも、今度は“私の声”で誰かを助けたいの」
「上等だ。やろうぜ、“声の逆襲”を」
夕暮れの倉庫に、マイクがひとつ置かれていた。
それは、かつてユキを傷つけた器具。
だが今では、彼女が自分を取り戻す武器。
「喋るって、こわい。
でも、誰かに“届く”って、すごいんだよ」
ユキはマイクに向かい、ひとこと。
「こちら、ユキ。聞こえたら、返事をください──」
しばらくの沈黙のあと、微かなノイズが返ってきた。
まるで“分かった”と言っているような、そんな音。