朗読する少女は、嘘の音を持っていた
「あの……ここ、放送してる場所、ですよね?」
声の主は、制服姿の少女だった。
肩までの髪、ややぼさついた前髪、制服のリボンが少し曲がってるのが妙に印象的だった。
そのくせ、声だけはまるでアナウンサーみたいに綺麗だった。
「音野あやです。放送、聞こえたんです。……誰かが“話してる”って、それだけで、どうしても来たくなって」
彼女の言葉は不思議な抑揚をしていた。
音が跳ねて、滑って、誰かの心に刺さるような。まるで劇場の朗読みたいな話し方だ。
「えーと、加波レンジ。あと、こいつが伊賀ノイズ」
「ども。しゃべるより機材のほうが得意っす」
「……じゃあ、マイクの前、座ってみませんか?」
俺は気づいたら、そう言っていた。
あやの声が、もっと聞きたかった。
この終わった世界の中で、それは“救い”に近い音だったから。
マイク前に座るあやは、すっと目を閉じて──語り始めた。
「ページをめくる音。風のない夏の図書室。陽の光が斜めに差し込んで、埃が舞う。そこで少年と少女は──」
内容はなんてことのない短編童話だった。
でも、不思議と“世界”が動いた気がした。
ノイズがポツリと呟く。「これ、電波乗せたらリスナー泣くぞ」
放送を終えると、あやは少し頬を赤くして、俺の顔を見た。
「……なんか、嬉しかった。誰かに“聞いてもらえる”って、こんなにあったかいんですね」
「……ああ。俺も、同じこと思った」
そのとき、あやはふっと目を伏せて、小さく呟いた。
「でもね……」
「ん?」
「私の声、時々“盗まれる”の」
「……盗まれる?」
「うん。自分で出してないのに、どこかから“私の声”が流れてきたりするの。前にも一度、そっくりそのまま。朗読の“声”だけ」
俺とノイズは顔を見合わせる。
「つまり、“模倣”されてるってことか……?」
「そう。わかんないけど、気持ち悪くて」
「……それってさ」
ノイズが椅子をきしませて立ち上がる。
「放送、傍受されてる可能性あるで。お前らの“声”、別ルートで流されとるかもしれへん」
「え?」
急に、背筋がひやりとした。
「声が盗まれてるってことは──誰かが、“電波で観察”してる」