放送とノイズと1人目のリスナー
伊賀ノイズは、見た目が全体的に汚い。
そのツナギ、どこで拾ってきたんだよ。
しかも、工具バッグからなんか煙出てるんだけど。大丈夫か、それ。
「あー、ごめん。これ中にハンダごて入ってんねん。耐熱素材ちゃうから焦げんねんけど、まあ気にすんな」
いや、普通に気になるが?
「で? お前が“音出し”したんやな? さっきのピピッてやつ」
「……ああ。たぶん、俺だと思う」
ノイズは感心したように頷いて、それから放送機材を見て、さらにニヤッと笑った。
「真空管で生き残るとか、マジで天才かよ。しかもこの構成、ちゃんと中波で組んでるやん。送信範囲はせいぜい市内ってとこやけど、ノイズ処理もええ感じ」
「あー……褒めてる? それ」
「尊敬や。お前、いい趣味してるわ」
まるで壊れた機械に再会した技術者みたいに、ノイズは古いチューナーやアンテナケーブルを撫で回している。
……変態の域だ。だが、頼りになる変態だ。
「発電は? バッテリー残ってるん?」
「いや、ない。自転車でぐるぐるやってる」
「よし。そっち任せた。俺、手回し発電機持ってるから並列で組もうぜ。いけるいける」
俺は思った。
この状況を“楽しい”と感じてる奴がいたのか、と。
ふたりで黙々とコードを繋ぎ、アンプを調整し、放送マイクの出力ゲインを上げる。
もう俺たちは、パニックとか絶望とか通り越して、「放送してぇ……」という欲望に支配されていた。
「よし、レベルチェックいけるで。レンジ、マイク入れてみ」
「あー……こちら旧・第二放送室。聞こえている方、もしよければ応答──」
「待った! それ固すぎ! もっとこう、フレンドリーに!」
「フレンドリー?」
「せや。今んとこ、世界で動いてる“唯一の声”やで? 重いって。軽めにいこや」
「……わかった。……えーっと、どもー。聞こえてますかー? 旧校舎から放送してまーす」
「いいねえ! ゆるい! 最高!」
なにこの会話。
でも俺、たぶんちょっと笑ってた。
放送が届くかはわからない。
でも、声を出すことが、こんなにも“世界と繋がる感じ”をくれるとは思ってなかった。
そのときだった。
「あっ……!」
スピーカーから、さっきとは違う音がした。
ザザ……ジ……ジジ……
そこに──少女の声が、混じっていた。
「……こんにちは。聞こえてる、よ」
ノイズの向こうから、誰かが“応答”していた。