音が、死んだ日
その瞬間、世界が「しん……」って音を立てて、止まった。
いや、音がしたわけじゃない。逆だ。
音が“しなくなった”瞬間、俺の耳が勝手に幻聴を生んだのだ。
通学路で鳴いていた蝉が、スイッチを切ったみたいに黙った。
スマホの通知音は来ない。コンビニの冷蔵庫も、交通信号も、全部沈黙。
「……あれ?」
ポケットのスマホを取り出したが、当然、画面は黒いままだった。再起動もしない。
まさか、電池切れ? いや、違う。
もっと“根っこ”から壊れてる感覚。
空気が静かすぎて、鼓膜に自分の心音がぶつかってくる。
そのとき俺は、世界の音が「まるごと死んだ」ことを直感した。
──そして、なぜか、旧校舎の地下へ向かって走っていた。
* * *
「……動いてる」
埃だらけの旧第二放送室。
昔、放送部だった爺ちゃんが使っていた真空管式の送信機が、
──生きていた。
ガリッ、ジッというノイズ音。ランプが赤く光る。
「マジかよ……。今どき、こいつしか動いてないのか……?」
俺の声が、誰かに届くかもしれないって思った。
この異常事態の中で、俺はなぜか“しゃべる準備”をしていた。
他の誰でもなく。
教師でも、政治家でも、自衛隊でもなく。
ただの、しがない放送マニア高校生の俺が──。
「……テスト、テスト。こちら旧・第二放送室。聞こえていたら、返事をくれ」
ありったけの勇気を込めて、俺は“世界”に向かって言った。
もちろん、返事なんか返ってくるわけ──
──ブツッ。
「……え?」
スピーカーが、何かを拾った。
ジジ……ピ、ピ……
それはノイズじゃなかった。
──“誰かの声”だった。