9話 文化祭準備
目の前には、見るも無残な顔があった。美形だったであろうものが、上下左右に引き伸ばされて貼り付けられている。まるで不格好なマスクみたいだ。一切動かないそれは、それでも苦悶の表情を浮かべているように思える。
要するに、クラスで作った像の顔面の出来が終わっていた。紙に描いた顔を頭部に貼りつけただけだ。
「キモっ」
「不気味の谷現象ってやつだね」
「よく言えたなこの出来で」
俺は像のクオリティが高くてキモいと言ったわけではない。キモイからキモいと言ったんだ。
俺に文句を言われた三国は、どこ吹く風といった態度だった。まぁ、別にこれで完成にするつもりはないのだろう。ないよな?
文化祭を約3週間後に控えた俺たちは、ホームルームの時間にクラス展示の準備をしていた。俺たち2-1の出し物は『早押しクイズ大会』。バラエティー番組に出てくるようなそれと、仕組みは全く一緒である。
ではなぜ、現在像が作られているのか。ぱっと見クイズ大会には必要なさそうだが、これには訳がある。
早押しクイズが可決されたとき、準備するものはクイズ、回答席、早押しボタンと会場を彩るセッティングくらいだと考えていた。だが、クイズ大会における重大な欠点が判明。それは客の回転率が非常に悪いということだ。クイズは5グループで行い、1試合につき15問。これでは待ち時間が非常に長くなってしまう。
そこで解決案として出されたのが、いわゆる映えスポットの作成である。順番待ちしてるお客さんに写真を撮りながら待ってもらおうということになったのだ。そして、像の建設が決定された。
……いや、うん、やっぱりあれだな。別に像である必要性は微塵もない。
俺は像を作るという案が出されたとき、やんわり反対した。正直だいぶ面倒そうだったからだ。しかし、提案した女子と、その子と仲のいい人たちが猛プッシュ。そしてクラス全体が『それでいいんじゃない?』みたいな雰囲気になったため可決されたのだ。俺は無難に黒板アートとかでいいと思ったんだけどなぁ。像よりは楽にクオリティ上げられそうだし。
そんな愚痴を心の中で吐きながら、俺は段ボールを円柱形に整えている女子に話しかけた。
「どう、野村さん?」
「おー、七篠ー」
野村響香。バスケ部に所属している。いつも女子の誰かしらが近くにおり、いわゆるクラスカーストではトップにいると思う。まぁ、女子の勢力図は男子の俺からしたらわからないことが多い。だから、もしかしたら他に女子を統べるドンがいるかもしれないけどな。
「間に合いそう?」
「無理そう」
「そっかぁ」
間に合わなさそうらしい。やっぱりこうなるか。もっと反対しておけばよかった。
「手伝ってよ七篠」
「人数増やしてー」
野村さんの両隣にいる女子たちから次々に要望が入る。比較的いつも野村さんの側にいる、木村さんと高村さんだ。野村さん含めて全員バスケ部に入っており、村三人衆って呼ばれたり呼ばれなかったりしている。
そして彼女たちの要求についてだが、前者は却下だ。俺は工作が全くできないから足手まといになる。後者は……ありだな。まだ文化祭の3週間前だし、担当の人数を増やせば全然間に合うだろう。他の班の進捗は順調らしいし。
「美術部ってこのクラスにいたっけ?」
「さぁ?うちらは知らないよ」
野村さんたちは知らないようだ。頭を作っている三国たちに目配せをしたが、彼女たちも知らないらしい。
「誰か美術部に入ってる人いるー?」
念のためクラス全体に呼びかけてみたが、どうやらいないみたいだ。それじゃあ、どの担当から人を移動させようかな。野村さんたちが作っているのは、デフォルメされた男性アイドルの像らしい。目標の印象としてはミクダヨーに近い。けっこう難しそうだから、できれば手先の器用な人に頼みたいんだけど。
「あっ、いい人いるじゃん」
どうしようか悩んでいると、唐突に野村さんが立ち上がった。小走りで駆け寄った相手は――。
「美月ちゃん!」
弥生さんだ。そういえば弥生さんって芸術方面にも優れているんだっけ。かつていろいろな賞を受け取ったという話を聞いたことがある。
「ジィンくん作るの手伝ってよ」
ジィンくんとは確か、アイドルの名前だったな。今作っている像のモデルがジィンくんなんだろう。
「いいよ」
「やったー!美月ちゃんありがとう!」
弥生さんが了承するや否や、野村さんは弥生さんに抱き着いた。調子のいい人だな、まったく。
だが、器用な人が加わってくれたのは心強い。弥生さんの今の担当は装飾班だから、後の増員は他の班から選ぼう。そうだな。クイズの作問がもう少しで終わるから、2人ぐらいこっちに移ってもらおうか。
そういう感じで人事異動は無事に終了した。今のところトラブルは発生していない。上々の出来ではないだろうか。
一仕事終えたので、俺は再度自分の班に戻ろうと思った。しかし、廊下に向かう弥生さんを見かけたので一声かけることにした。少しだけ確認することがある。
「弥生さん」
俺の声を聞いて、弥生さんはこちらを向いた。ポニーテールがふわっと揺れる。
「無理は?」
「ふふっ、してないよ」
彼女は口元に手を当てながら微笑した。まぁ、さすがに杞憂か。
そもそも弥生さんは自己管理が甘いタイプではない。基本的に彼女が大丈夫と言うなら大丈夫なはずだ。だが、どうしてもあの日の記憶が残っているせいで、少し俺は心配しすぎになっているみたいだ。
「弥生さんが受け持っていた装飾は、そのまま自分で完成させる感じ?」
「うん、そのつもりだよ」
「オッケー。じゃあ、弥生さんが担当してるスライド作りはこっちに預けてくれていいよ」
「わかった。でも、私がやっちゃっても大丈夫だよ」
「あー、まぁでも、こっちは割と余裕あるから。像作る方がやばいらしいから、そっちに集中する方針で」
「オッケー、わかった」
仕事の分担を再度すり合わせる。問題を表示するスライド作りは思ったより大変だったので、担当でない俺と弥生さんも作ることにしていたのだ。ただ、俺のやっている問題作成が完成に近づいたため、弥生さんの仕事をもらっちゃうことにした。
「もしかして、気遣ってくれた?」
「……まぁ、ちょっとね」
ばれてた。弥生さんは意地悪そうに笑うと、ありがとうと言って段ボールを取りに向かった。よしっ、俺もがんばるとするか。
教室に戻って担当の作問班の辺りに混ざる。目標の450問に向け、現在386問が作成されていた。
「足りてない問題の文やある?」
「スポーツ分野ほしい」
「はいはい」
文化祭の準備は進む。
次回 10話 『君の好きなことを知りたい』