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6話 帰り道にて

「あー、つかれたー」


 伸びをしながらトテトテとアスファルトの上を歩く。足は疲労しきっていたが、体を前に進めるという機能は依然機能している。さっきまで立ち上がれないと思っていたけど、よかったよかった。


「あんた、それ毎週言ってんね」


 俺の独り言に対して、三国が反応する。


 三国仁千花(みくににちか)。俺と同じく陸上部に所属している同級生である。砲丸投げの選手であり、かなりの実力者だ。性格は……。まぁ、よくわからん。ただ、シンプルに口が悪い。煽りカスだ。


 今日、というか毎週火曜は、俺たちがグラウンド整備の当番だ。当番じゃない同級生は爆速で帰るし、当番の1年生や3年生は基本的にそれぞれで固まって帰る。ゆえに、残った俺たちも毎週一緒に帰ることとなっていた。


「砲丸もやれよ、インターバル走」

「えーっ、やんないよ。あんま意味ないじゃん、たぶん」


 テキトーなことを話しながら自転車を押す。三国とはクラスも部活も同じなんだけど、いかんせん趣味が被ってないから、あんまり話すことはない。マジで話すのはこの帰り道でだけだと思う。


「あっ、美月と咲だ」


 突然三国が会話を打ち切る。知り合いを見つけたみたいだ。まぁ、部活終わりだし正門前だから、誰かしら知り合いがいることもあるだろう。……あれっ、美月って確か――。


 三国が手を振る方に視線を向けると、そこには長身の女子が2人手を振り返していた。1人は知らないけれど、もう1人は弥生さんだ。下の名前で呼ばれてるのを見るのは初めてだな。


 三国が2人の方へ駆けていくのを、俺はノロノロと追いかける。自転車を押しながらよくそんな動けるな。砲丸投げを専門としている女子にとって、自転車やかばんは重荷じゃないのかもしれない。


 俺も一応、弥生さんに向かって軽く手を振っておいた。それに気が付いた彼女は、微笑を浮かべながら手を振り返してくれる。


「あれ?そちらの方は彼氏さん?」

「はっ」


 咲と呼ばれた女子が三国にそう尋ねる。三国はそれを聞いて鼻で笑った。許さん。


 七篠です、と軽く自己紹介をすると、咲さんも自己紹介を返してくれた。桑原咲(くわばらさき)さん。2年でバレー部所属、弥生さんや三国と同じ中学校出身らしい。


「というか、三国って弥生さんと同中だったんだ」

「あれ?知らなかったんだ」


 三国が以外そうに俺を見つめる。ただ、三国は別に弥生さんや桑原さんとそこまで仲が深いわけでもないらしい。本人たちの前で言うのはどうなんだと思ったが、彼女たちも特に気にしてないみたいだから大丈夫っぽい。三国って割と集団から浮きそうな言動をしているんだけど、案外馴染んでいるんだよな。不思議だ。


「でも、彼が美月の言ってた七篠くんかぁ。ふーん……」


 桑原さんは、ニヤニヤと俺を眺めながらそう言った。それを聞き、弥生さんは慌てだす。まさか、『七篠くんが全然役立たなくって……』みたいな愚痴を漏らされてはないだろうな。まぁ、弥生さんはそんなことしないか。


「いやー、美月から聞いたよ。七篠くん、()()()()だって」

「しご……?あぁ、仕事ができるって言ってくれたの?マジ?ありがとう」


 陰口は言われないだろうと思っていたけど、まさか高評価を頂いていたとは。素直に嬉しいな。頑張ったかいがあったってもんだ。


「改めて、本当にありがとう、七篠くん。あなたが委員長でよかった」

「いえいえ。こちらこそ弥生さんにたくさんお世話になってるから」


 ただ、弥生さんは俺のことを過大評価している節がある。たぶん、俺がポスター申請を済ませておいたことが原因だろう。あの締め切りの次の日、弥生さんは俺に対して命を救われたのかってくらい感謝を伝えてきた。感謝されるのは嬉しいけれど、そこまでの偉業を成し遂げたわけでもないんだよな。


 2か月くらい弥生さんと同じクラスで関わってきて確信できたことだが、弥生さんは過度な心配性だった。ミスを犯すことを極度に恐れている。締め切りの件だってそうだ。正直1日提出が遅れたところで文化祭に影響は微塵もない。ちょっと小言を言われて謝ることになるだろうが、それだけで済む話だった。


 弥生さんは様々な分野の能力が秀でている。学年に轟くほどの八面六臂の活躍をしているのだから、当然成功体験も多いはずだ。それなのに、どうしてそんなに自信なさげなのか。俺はまだ、はっきり理解できていなかった。


「へぇ……。七篠って仕事できるんだ。信じられないな」


 三国の声を聞いて、意識を思考の奥から現実に引き戻す。別に無理して彼女の性格を暴く必要もないからな。知らなくていいこともたくさんある。


「でも、委員長ってどんな仕事してんの?」

「んー、なんというか、企画書を作る感じ。こう、キーボードでパチパチっと」

「ふーん。七篠って人差し指以外でもタイピングできたんだ」

「あんまなめんなよ」


 タイピングのジェスチャーをしたとき、三国からなめ腐った発言が飛び出た。こいつは俺を過小評価しすぎだな。


 そんな風に話しながら、俺たちは一緒に帰ることとなった。三国たちの出身中学は俺の出身のお隣さんだから、みんな途中まで帰路が同じようだ。案外近くに住んでるのかもな。


 自転車をゆっくりめに漕ぎながら、俺たちは会話を続けた。といっても、俺とバレー部勢はお互いの趣味とかを全然知らないから、話題は部活についてだった。


「七篠くんって、なんで陸上部に入ったの?」


 信号待ちの時、桑原さんが俺に話を振ってくる。


「足速いのってかっこいいじゃん」


 俺は即座にいつも通りの返答を行った。三国が「小学生の感性かよ」とつっこみ、弥生さんと桑原さんはコロコロ笑う。やっぱりこの回答は受けがいいんだよな。

 別に、俺が陸上部に入った理由は特にない。しいて言えば、部活の費用があまりかからないと聞いて中学の時に入り、高校でもそのまま続けているだけだ。


「弥生さんはどうなの?バレー始めようと思ったきっかけってある?」


 俺のターンは終わったので、なんとなく弥生さんに会話をパスした。


「えっ、うーん……」


 しかし、弥生さんは俺の質問に対して深く考え込んでしまった。ごめんなさい。そんなに必死に考えさせるつもりはなかったんです。


「美月。あんた考えすぎだよ」


 三国が弥生さんをからかう。じっと悩んでいた弥生さんは、三国の言葉を聞いて顔を真っ赤にした。


「ごっ、ごめんなさい、七篠くん。そこまで気になってないよね、私の話なんか」

「いやいや、全然ゆっくり考えてもらって大丈夫だよ。興味あるし」


 信号が青に変わる。4人でまっすぐ並んで自転車を漕ぐと、一番前の人と後ろの人との距離がけっこう空くから、みんなでの会話はいったん中断だ。そして、1つ前にいる三国と話しているうちに、また信号待ちとなった。


「それで、結局弥生さんってなんでバレー始めたの?」


 俺が弥生さんに促すと、彼女はせっせかと語り出した。準備期間があったためか、彼女の語り口は淀みなかった。

 それで、弥生さんがバレーに触れたきっかけだけど、俺が思ってたより普通な感じだった。どうやら幼いころに、彼女の母親にバレーの習い事をさせられたのがきっかけだったみたいだ。『バレーボールに触れた瞬間才能が開花して、周りから勧誘されまくったのがきっかけです』くらいあると思っていたから意外だ。


「ごめんね、全然面白くなくて」


 弥生さんは一通り語ると、そう締めくくった。おそらくあんまり仲良くない俺がいるせいで、めっちゃ緊張しながらしゃべってるな。俺の方こそごめんなさいだ。


「美月って、昔っから話が面白くないことを気にしてるんだよねー。今でもたまに相談されるんだよ」


 しかし、申し訳なさを感じている俺に対して、桑原さんがフォロー(?)を入れる。別に俺がいない時でもこんな感じなのか。突然普段の姿を暴露された弥生さんが慌てる様子を眺めながら、彼女の悩みの意外さに驚いていた。人を笑わせたいタイプだったんだ、弥生さんって。


「美月は面白い面白くない以前に、反応が遅いんだよね。だから変な間ができて、気まずい感じになっちゃうんだよ」


 三国が弥生さんにダメ出しを入れる。確かに三国の言うことには心当たりがあった。クラスでも、軽く聞いたことに対して長い時間悩んでる弥生さんを見ることは偶にあったからだ。


「あっ、せっかくだしさ、七篠くんにもアドバイス貰ったら?」

「えっ、俺?」

 

 すると、桑原さんが突然そんな意見を提案した。普段の弥生さんをそこまで知らないから、あんまり自信ないんだけど。


「さ、咲っ⁉」

「いいじゃんいいじゃん、今まで男子側からの意見聞いたことなかったでしょ。ためになるかもよ」

「……たっ、確かに」


 上手いこと弥生さんが丸め込まれる。いやっ、でも、全然わからんぞ、そんなん。うーん……。


「……三国と似たような意見になっちゃうんだけど、考えすぎて間が出来ちゃってるかもね、弥生さん」


 弥生さんは返答を考えこむことが多い気がする。面白いことを言おうとしてのことなのか、相手の気を損なわないよう気を付けてのことなのか、それはわからない。ただ、会話のテンポがずれると変な空気になってしまうんだよな。特にそこまで仲良くない人同士だと。


「もっと気楽になっていいんじゃない?雑談に生産性は必要ないからね」


 たぶん弥生さんは、できる限りきれいな返答をしようと思っているのだろう。それゆえ思考や推敲に時間がかかっている。別に弥生さんは勉強ができるんだから、頭の回転が極端に遅いってわけではないはずだ。だから、心の持ちようを変えるだけで全然違ってくると思う。


「確かに、七篠って頭使わずに話してそうだもんね」

「お前、よく言えたな」

「は?」

「は?」


 三国の発言は無視だ。


「面白いこと言わなくても、その人のこと嫌いになる人なんて全然いないだろうからさ、そんなに心配しすぎないでいいんじゃない?」


 そう言って俺は意見を締めくくる。


「気にしない、か。うん、わかった、気にしないでみる。ありがとう、七篠くん!」

 

 弥生さんは俺の意見を素直に受け入れたみたいだ。だが、正直、「気にするな」と言われて気にしなくなれたら苦労しない。たぶん俺のアドバイスはさほど役立たないだろう。ごめんね。


「そうそう、美月って真面目すぎるんだよぉ」


 桑原さんは弥生さんの頭をウリウリしながらそう言った。彼女は俺と同意見みたいだな。……でも、そうか。真面目すぎる、か。


 信号が青になり、俺たちは再度自転車を漕ぎ始める。ぼーっと前進しながら、俺は桑原さんの発言を反芻していた。真面目すぎる。それは、俺の中の弥生さんを形作るパズルの中に、ぴったりとはまった感じがした。

 

 弥生さんはどうしてそれほど失敗を恐れるのか。どうしてそれほど他人の目を気にするのか。それらは、彼女の真面目さが原因と言えるのではないだろうか。


 弥生さんは様々な分野で活躍しているから、当然昔から周囲に期待されてきたはずだ。そして、それらを全て誠実に受け止めているせいで、失敗が許されないという強迫観念を抱いているのではないだろうか。


 才色兼備な彼女は、当然周囲から様々な感情を向けられてきただろう。その中には、妬みや嫉みのような陰湿なものも多かったはずだ。そういった悪意や敵意も上手く流せずに受け止めてしまうから、他人の目があんなに気になってしまうのではないか。


 俺はカウンセラーなんかじゃないから、この推測が正解かどうかはわからない。わからないけど……。


「弥生さん」


 なんとなく話しかけたくなって、前にいる弥生さんへ声をかけた。どうしたの、と不思議そうな声で返答がくる。だが、何を聞こうかは全く考えられていなかった。どうしよう。何かを言いたいけれど、言葉が上手くまとまらない。


 話しかけたにも関わらず質問に窮し、しばらく沈黙が続く。したり顔で会話のアドバイスをしたくせに、自分が全然実践できてないじゃないか。説得力がなくなるのも嫌だったから、どうにか言葉を絞り出そうとして――。


「――ごめん、何でもないわ」


 やめた。言葉にできないならできないでいっか。


 弥生さんはこの展開を全く予想していなかったのだろう。えっ、と声を上げながら、思わずといった様子で俺の方を振り向いた。そりゃそうだ。意味わかんないもんな。


 ごめんごめんと笑ってごまかす。いまいち納得いってないようだが、弥生さんは前を向きなおした。


 あのタイミングでテキトーな質問をでっちあげるのは容易い。他にも習い事やってた、とか、バレーの強い私立にはいかなかったんだ、とかでよかった。そして、きっと弥生さんはそんな質問にも真剣に答えるだろう。


 だが、そうしたくはなかった。沈黙をごまかすための雑な質問を投げつけたくなかった。理由は自分でもわからない。なんとなく嫌だっただけだ。


 強めの風が吹き、青々とした草を揺らす。それを微塵も気にしないまま、俺たちは自転車を漕ぎ続ける。夜空は晴れ渡っていたが、月は見当たらない。


「……あっ!」


 急に素っ頓狂な声が前から聞こえてきた。声の主は、まさかの弥生さんだ。


「七篠くん、もしかして、さっきのはテストだった?」

「へっ?」


 テ、テスト?どういうこと?


「なんというか、静かになっちゃった時に反応できるか、みたいな?私、全然黙っちゃったんだけど。これ、落第だったりする……?」


 弥生さんは極めて真面目に言っているのだろう。だけど、恐る恐る尋ねる彼女の様子がおかしく思えて、俺は思わず吹き出した。


「はっ、はははははっ」

「えっ、えっ?どういうこと?」


 ツボに入った俺を見て、弥生さんはひどく混乱しているみたいだ。でも、理由を彼女には説明できそうにない。だって笑いが収まらないから。

 そうか。弥生さんは真剣に()()()()()を考え続けていたのか。全く、どこまで真面目なんだか。


 目の前の信号が赤に変わる。何が起こったかを三国と桑原さんが弥生さんに尋ね、弥生さんが目を白黒させながら経緯だけ答えている。それを見ながら、俺はしばらく笑い続けた。やっぱり、考えすぎもよくないね。

次回 7話 『2人きりの夜、涙を見せた君』

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