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5話 気配り上手な彼

 規則的な電子音が部屋に鳴り響く。いつの間に寝てしまったのだろうか。布団から体を出さずに、手探りでアラームを止めた。


 昨日は……。昨日の部活は大変だった。レギュラーの先輩が怪我をしてしまったから。

 バレーのインハイ予選は6月5日。今日は……。今日は、5月27日だから、あと2週間もない。先輩の復帰は絶望的。だから、昨日の部活の雰囲気はすごくピリピリしていた。


 私はひりついた雰囲気が苦手だ。いつも以上に周りの気を遣って、怯えて、疲れてしまう。昨日はなんとか乗り切ったけれど、これがずっと続くと苦しい。


 憂鬱な気分を引きずりながら、のそのそと布団の中から這い出る。ぼーっと部屋を見渡しながら、今日何かすることあったっけと考える。いつもは前日に確認するけど、昨日はその前に寝てしまったみたいだから。


 ――ふと、机の上に置いてあるパソコンが目に入った。学校から支給されたパソコンだ。最近はパソコンを使って、pdfで課題の提出を求められることも結構ある。最近だと文化祭の……。


「……あっ!」


 そうだ、文化祭のクラス展示!昨日が仮申請の締め切り日だったから、念のため抜け漏れがないか確認しようって思ってた。でも、疲れたからお風呂の後にしようって思って、そのまま寝てしまった。


 急いでパソコンを開いて、全部が提出済みになっているか確認しようとする。提出できてなかったところで手遅れなんだけど、確認しないと気が済まなかった。大丈夫だって安心したかった。


 けれども、嫌な記憶が急に頭の中に蘇ってくる。ポスター申請。だめだ、ポスター申請をやってない……。


 だいたいは去年と同じ仕様だったけど、ポスター申請だけ仕様の変更があった。だから、内容自体は完成したけど、他の人に聞いてから提出しようと後回しにしていた。


 心臓が嫌な感じにバクバクする。冷汗がにじみ出て、頭が真っ白になる。どうして私は肝心なことを必要な時に思い出せないんだろう。それなのに、どうして手遅れになってからは簡単に思い出せるんだろう。


 マウスを握る手が震えて、正確にクリックができない。自分への苛立ちと七篠くんへの申し訳なさで頭がぐちゃぐちゃになる。


 七篠くんは何回か、手が空いたから私の仕事を少し引き受けようかと提案してくれた。そして、私はその打診を全部断った。大丈夫だから、私に任せて、と。それにも関わらず、私は自分の仕事を満足にできなかった。


 怒られるだろうか。いや、七篠くんは怒るタイプじゃない。たぶん笑って、そんなこともあるよと言ってくれる気がする。でも、内心失望されるかもしれない。それに先生やクラスのみんなにもがっかりされるだろう。弥生さんって案外仕事できないんだねって思われるかもしれない。


 書類提出の確認画面へ移動する。怖い。現実を突きつけられたくない。それでも指は勝手に動く。もしかしたら、気付かないうちに提出しておいたかもしれない。そんな一縷の希望に縋りながら、2年1組のポスター申請がされているかを確認する。


「……あれっ⁉」


 画面には、1件提出済みと表示されていた。なんで?なんでだろう。でも、よかった。よかった。でも、なんで提出済みになっているの?


 頭の中に安堵と疑問が渦巻いで、軽いパニックに陥る。提出した覚えはない。さっきは気づかないうちに出しておいてほしいと願ったけど、たぶん出したならその記憶があるはずだ。けれども、そんな記憶はない。


 じゃあどうして提出されているのかと悩む。しばらく経ち、やっとその理由に思い当たった。そういえば、七篠くんとネット上でファイルを共有しておいたんだった。もしかしたら、私が作った資料を提出だけしておいてくれたのかもしれない。


 急いでスマホを確認すると、案の定七篠くんからメッセージが届いていた。


『ポスター申請、どこか手伝えそうなところある?』

『今日が締め切りだから一応提出しておくね。完成してなかったらごめん』


 23時と23時30分に一件ずつ送られた連絡。私はもうすっかり寝ていて、全然気づかなかった。


「……はぁ」


 深く息をついて、そのままベッドに倒れこんだ。ピンと張りつめた緊張がほぐれて、安堵がじわじわと体に満ちていくのを感じる。ありがとう。本当にありがとう、七篠くん。


 やっぱりあなたは、気を配るのがとても上手なんだね。


 彼の第一印象は、『みんなから愛される人』だった。気安く話しかけられる雰囲気を持っていて、なんとなく安心できるような空気を纏っている。みんなから慕われる、そういう星の下に生まれてきた人だと思った。


 でも、七篠くんとクラスで関わっていくうちに、私の考えは変わっていった。彼の愛される気質は天性のものじゃないのかもしれない。そして、その考えは段々と確信に変わっていった。七篠くんが慕われているのは、気配りが上手だからだ。


 バレーボールの練習中に、彼が隠していたことを言ってしまったことがあった。しかし、私の謝罪に対して彼は不快感をおくびにも出さなかった。「バレーを教えてくれてありがとう」なんて感謝の言葉まで添えてくれた。たぶん、私の罪悪感を少しでも減らそうとしてくれたんだと思う。


 今回のことだってそうだ。私が勝手にやることの多い仕事を選んでいたことを、彼は気づいていたのだろう。そして、私がミスをしたときにフォローできるよう、それとなく準備していた。


『ファイルを共有しておいてほしいんだ。俺の作った資料がミスってた時に、いつでも弥生さんが修正できるようにさ。ごめんね、頼りなくって』


 七篠くんはこんな風にファイルの共有を頼んできた。私はそのとき字面通りに受け止めたけど、今思えば、これも私をアシストするための用意だったのかもしれない。


「……すごいな」

 

 尊敬の言葉が口から溢れ出る。私も気配りをしようと心がけているけれど、あまり上手くいかない。だからこそ、彼のすごさは心の底から実感できた。すごいや、本当に。


「遅い!いつまでだらだらしてるの!」


 下からの声に反応して飛び上がる。今、何時だっけ。……えっ、もう20分も経ってる⁉


『連絡に気づかなくてごてんなさい。本当に助かりました。ありがとう』


 慌てて七篠くんに返信をして、急いでリビングへ向かう。


 誤字をしていたことに気が付いたのは、学校に行ってからのことだった。

次回 6話 『帰り道にて』

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