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4話 頑張りすぎなようだから

「それと、今日は文化祭のクラス展示説明会が昼休みにあるからな。委員長は2人で3-9の教室へ行ってくれ。弥生と、えーっと、七篠か。よろしく」


 内職をしながらテキトーに朝のホームルームを過ごしていたが、先生のついでのような発言に仰天する。そうだった。委員長ってクラス展示のまとめ役をしなくちゃいけないんだった。


 我らが信高では7月の上旬に文化祭が開催される。基本的には文化部活躍の場であり、俺たち運動部は食品系の出店を出すだけである。


 ただ、文化部だとか運動部だとか関係なくやらなければならないこともある。それがクラス展示だ。その名の通り、クラスごとに出し物を展示し、来場者の投票でどこのクラスの出し物が一番人気か決めるのだ。もちろん景品はある。なんと優勝したクラスの生徒には一人一本ボールペンが配布されるぞ!


 そういうわけで、クラス展示はそこそこクオリティーを上げなければならない。ゆえに、まとめ役である委員長はけっこう仕事を頑張らなくてはならない。面倒だな、まったく。ただでさえ今日は憂鬱なのに、ますます気分が下がる。はぁ。


「おーい、もう持ってくぞー」


 陰鬱とした気分になっていたが、教室に響いた千歳の言葉で我に返る。やばい。そんなこと考えてる場合じゃなかった。さっさと終わらせないと。


「はいっ、終了。時間切れー。持っていきまーす」

「待ってください、千歳様。ご慈悲を!」

「無理ー。ばいばーい」


 俺の必死の懇願は彼には届かなかったようだ。


 本日は5月1日、ゴールデンウィークの狭間である。「ゴールデンウィーク課題なんて、ぎりぎりに取り組めばいいっしょ!」と高を括っていた我々一同、フェイントのように設けられた本日締め切りの課題を見落としていた。無念。実に無念だ。


 登校時に宿題があったことを教えてもらい、ホームルーム中に内職を行った。だが、結局終わらせることはできなかった。今はただ「鬼、悪魔っ!」と怨嗟の声を浴びながら、悠々自適に教室を出る千歳の姿を眺めることしかできない……。


 

◇◆◇◆◇



「弥生さんって、去年も展示リーダーやったんだっけ?」


 隣の席に座っている弥生さんに確認をする。展示リーダーだったか。すなわち、去年のこの時期に学級委員長をやっていたかという質問に対し、弥生さんは肯定した。さすがだ。心強いな。


 いつもは空き教室である3-9だが、この時間は2、3年の委員長で埋め尽くされている。腕時計を見ると、もうじき12時50分になろうとしているところだった。そろそろ説明会が始まるかな。


「……では、文化祭クラス展示の説明会を始めます」


 そう思った矢先、教室の前方に待機していた文化祭実行委員長が説明を始めた。とてもハキハキした声だ。実行委員長に選ばれたという自負を感じる。


 彼の説明は、たぶんわかりやすいものだった。配られた資料も見やすかったし、口頭説明もパワーポイントを用いて順序良く行われていた。だが、いかんせん内容が多い。クラス展示の内容申請や予算申請、ポスターなどの作成申請。それぞれの仮申請と本申請の締め切り日に、諸注意や禁止事項など。


 うちの文化祭は県内でもかなり規模が大きいと言われている。だからこそ手続きから本格的なのだろう。こういった経験を高校生のうちから積めるのは喜ばしいことであるはずだ。

 けれども、正直マジで面倒くさい。7月まではインターハイに関するいろいろが開催されて忙しいのに、その上こんなのまでやんなきゃいけないのかよ。しんどいな。


 我々で協力して、今年度の文化祭を素晴らしいものにしましょう。そんな実行委員長の言葉でこの説明会は締めくくられた。3年生は全員が盛大に拍手を送り、2年生はあまり気が進まなそうにしている人が多い。弥生さんは、内心はわからないけれど、少なくとも面倒だという態度は表に現れていなかった。


 拍手が鳴りやみ解散ムードが教室に漂う。各々が席から立ち上がり、教室から出て行ったり、知り合いへ話しかけに行ったりし出す。俺も帰ろうかな。特に用はないし。


「七篠くん、仕事の割り振りを決めておこうと思うんだけど」


 俺も立ち上がろうとしたところで、弥生さんから話しかけられた。すごいな。もう決めちゃうのか。

 だが、彼女の意見に反論する気はない。去年展示リーダーをやった経験上、今決めてしまった方がいいってことだろう。


 そのまま3-9の教室に残り、弥生さん主体で俺たちの仕事を割り振っていく。去年はどんな感じだったかを説明しながらやってくれたからすごい助かった。マジで頼りになるな、弥生さん。


「クラス展示の内容申請って一番面倒そうだけど、本当に任せちゃっていいの?」

「うん、いいよ」

「……でも、バレー部って5月忙しいんじゃないの?大丈夫、弥生さん?」

「それは七篠くんも一緒でしょ。任せて。去年やって慣れてるから」


 そんな感じでそれぞれの仕事の分担が決定された。若干弥生さんの負担が大きそうな気もするけれど……。まぁ、そこらへんは彼女の感覚を信じよう。


「ありがとう。助かったよ、弥生さん」

「いえいえ。大変だけど、一緒に頑張ろうね」


 俺が感謝を伝えると、彼女はニコッと笑ってそう返答した。よしっ、頑張るとしますか。



◇◆◇◆◇



「そういや、クラス展示の説明会でなんかあった?」


 その日の晩、俺は千歳と通話を繋ぎながらゲームをしていた。およそ1週間ぶりのゲームだ。最近忙しくてあまりできていなかったからな。

 

 携帯越しに聞こえてきた質問に対し、大したことなかったよと答える。説明会は極めて滞りなく行われたし不祥事は発生しなかった。このまま何事もなく終わってほしいものだ。


「あっ、でも、説明が終わった後に弥生さんが仕事を割り振ってくれたんだよ。なんか気を付けることあったら言って」

「あぁ、いいよ。何やることになったの?」


 しかし、せっかくクラス展示の話題になったので、千歳に注意すべきところを教えてもらうことにした。千歳は1年のときから文化祭実行委員に所属している。クラス展示係ではないはずだけど、俺よりは詳しいはずだ。


 自分の担当となった仕事を挙げると、千歳はゲーム内でインクをぶちまけながら気を付けるべき点を説明してくれた。とはいえ、だいたいマニュアル通りにやれば大丈夫らしい。こういうの初めてだから上手くいくか不安だったけど、案外どうにかなりそうだ。


「いやー、そこまで面倒でもなさそうだな。よかったぁ」

「……うーん。たぶん、そうじゃなくって……」


 俺はすっかり安心しきっていたのだが、千歳はどこか納得いっていないようだ。そしてその内容を俺に伝えるかどうか迷っている。普段の俺だったら、言うべきでないと判断されたことは聞かないようにしていた。下手に嫌な思いする必要はないからな。


「なんか気になったことがあるの?」

 

 ただ、今回は千歳に内容を言ってほしいと促した。委員長としてトラブルのもとを潰しておく必要があると考えたからである。それに、無知なせいで弥生さんに迷惑をかけるのも避けたい。


 千歳はかなり口に出すのを渋っていたが、俺の言葉を聞いて伝える気になったようだ。


「……俺はクラス展示にあんまり詳しくないから、あくまで推測だと思えよ」

「オッケー」

「……たぶん、お前の仕事、全部楽なやつだわ。面倒なのは全部弥生さん担当になってる」

「……えっ、マジ?」


 千歳の言葉は予想外のものだった。なんで楽な仕事が押し付けられてんだよ。普通面倒なやつを押し付けるだろ。


「ポスター申請って面倒なの?」

「うん、そう聞いた」

「予算申請は?」

「思ったより簡単らしい」


 なんてこった。できるだけ仕事量を均等にしようと思ってたのに、全然偏っていたらしい。そりゃあ千歳からのアドバイスも少なく済むはずだ。


 たぶん弥生さんは、純粋な善意で面倒な仕事を引き受けてくれたのだろう。彼女は人が嫌がるような仕事を積極的に引き受けるタイプだ。すごく優しい人なんだと思う。


 ただ、これに甘んじるのはさすがに申し訳ないな。


 そう思って担当する仕事の交換を申し出ようとスマホに手を伸ばしたが、はたと手を止めた。これ、どういう文章を送ればいいんだろう。「僕の仕事量が少ないことが発覚したから、いくつか担当を交換しませんか?」みたいな感じか?弥生さんなら、別にそんなことないよって突っぱねそうだな。でも、他に上手な言い方があるのだろうか。


 ゲームの1試合が終わる。リザルト画面をぼんやり眺めながら考えを巡らすが、弥生さんを説得する妙案は思い浮かばない。偏見だけど、人が嫌がる仕事を引き受ける人って、他人に頼るのがあまり上手じゃなさそうなんだよな。


「おいっ、七篠。お前のリザルト終わってるぞ。1キル5デスって」

「すまんな、俺の慈悲深さが溢れ出た」

「やかましい」


 ゲームを中断して千歳にも考えてもらったが、やはり得策は見つからない。しゃーないな。方針を変えよう。


「俺の担当じゃない方の仕事もさ、気を付けるところあったら教えてくれ」

「……あー、なるほどね。オーケーオーケー」


 たぶん弥生さんは彼女が選んだ仕事を手放さないだろう。だから、俺はフォローに回る。自分の仕事をこなしたうえで、万が一弥生さんの仕事に抜け漏れがあった場合、それをカバーできるようになろう。


 俺の考えを察した千歳は、彼が知る限りのことを教えてくれた。追加で、去年展示リーダーを担当して人にも聞いておけと言われる。確かにそうだな。実際やった人に所感を尋ねるべきだ。会津は確定だな。それに、部活の先輩にやってた人がいたような気がする。部活の同級生は……。だめだ、あいつらみんなリーダーやるタイプじゃねぇや。


 思い当たった数人にSNSでメッセージを送り、一息つく。これで一応、今やれることはできただろう。

 こういう時は素直に好意に甘んじるべきなのかもしれない。ただ、俺は他人に苦労をかけたくないと思うタイプだった。自分の機嫌を取るためにも、取れる行動はとっておこう。


 その後軽くゲームの続きをやって、日付をまたぐ頃にお開きとなった。メッセージアプリを確認すると数件の通知がある。よし、これを一通り見終えてから寝るとするか。

次回 5話 『気配り上手な彼』

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