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3話 謝罪はいらない

「ナイスゥ!」

「ナイスキー!」


 放たれたスパイクは相手の手の平にぶつかり、そのまま地面に落下した。ブロックアウト。こちら側の得点だ。


 本日は4月27日、時刻は12時40分。俺たちはご飯を食べ終えてからすぐに体育館へ向かい、現在絶賛バレーボールをプレイ中である。5月の中旬に開催される学年別のバレーボール大会に向けて練習が必要だったからだ。


「ほい、七篠」


 ボールを渡される。次にサーブを打つのは俺だ。スコアは24‐19。25点マッチだから、こちらのチームのマッチポイントである。

 軽く息を吸って、吐く。誰も俺のサーブに期待なんかしていない。とりあえずコート内に入ればいいだろう。


「七篠、決めろー!サービスエース!」

「かませ七篠!ジャンフロぶち込めっ!」

「ジャ、ジャンフロ⁉あの七篠がジャンフロっ⁉」

「七篠、ジャンフロ打つってよ」


 ……ほーん。


 ジャンフロ。ジャンプフローターサーブの略である。バレー未経験者にとってかなり難易度の高いサーブであり、俺にはできるはずもない。だが、期待されたならしょうがないな。


「任せとけ」

「「おおっ!」」


 俺が景気よく答えると、コート内や見学者から期待のこもった声が上がった。かっこいい姿が見れるぞっというよりは、面白いものが見れるぞっという感じの声だ。まあいい。


 前に漫画やネットで読んだジャンフロのコツを思い起こす。確か助走が大事だったよな。……演台がすぐ後ろにあって、助走するスペースがねぇや。


 一度、深呼吸。そして、後ろにスペースがないので真横に走り出す。勢いは全くつかない。0点の助走だった。

 次に、トスを上げる。ボールを手前に上げすぎた。0点のトスだった。

 お次は地面を蹴り上げて跳ぶ。姿勢がへにゃへにゃだ。0点の体捌きだった。

 最後に手の平で打つ。最悪相手コートに行けば問題ない。当てさえすれば……。あっ、やべっ、空ぶった。


「痛っ⁉」


 行き場を失ったボールは、自由落下した挙句に俺の頭部へ直撃した。想定外の攻撃。俺にはもう、受け身を取ることしかできなかった。


 ボールと俺が体育館の床に激突。直後、大勢の笑い声が体育館中に響き渡った。


「ははっ、七篠マジやべぇ、あはははっ!」

「頭に、七篠の頭にボールが、ひっ、ひひっ」


 せっかく女子も見に来ているのだから、黄色い歓声を浴びようと思ったのだが、全然そんな風にはならなかったな。残念だ。……だが、まぁいいか。せっかくだし俺もなんか言っておこう。


「サァッ!」

「それは点決めた時のやつだよ」


 結局俺たちのチームはそのまま勝利することができた。俺のサーブミスが原因で負けなくてよかったと、密かに胸をなでおろしたのは秘密だ。






「お前、ほんとに運動神経ねぇなー」

「うるせぇ」


 試合が終わった後、俺たちは現バレー部員やバレー経験者に指導をつけてもらっていた。もちろん試合には全員が出場するのだが、現バレー部員には試合中に重い制約が課される。例えば、スパイク禁止、キルブロック(相手のスパイクを撃ち落とすブロック)禁止、サーブはアンダーサーブのみ、などの制約である。だから、バレー部員はクラスのバレー初心者の指導に本腰を入れていた。


「体育で無双したいんだけどなー」

「それはそう」


 クラスで一番仲がいいであろう千歳丈瑠(ちとせたける)とだべりながら、レシーブ練をこなす。もう少し上手くなってる予定だったんだけどなぁ。


「弥生さん、こいつ、上手くなると思う?」


 千歳は俺への球出しをふと止めると、近くを通りかかった弥生さんに声をかけた。体育館はクラス単位の貸し出しだから、当然我らが2年1組の女子も体育館にいるのである。


「うーん……」


 千歳は気まぐれで弥生さんに質問したのだろうが、彼女はずいぶん深く考え始めたようだ。どうしよう。熟考の末に『センスなし。諦めろ!』とか言われたら。いや、たぶん弥生さんはそんなダイレクトに伝えることをしないだろうけど。


 しかし、そんな心配は必要なかったみたいだ。


「うん、全然上達すると思うよ。レシーブとかトスは、結構基礎がしっかりしていると思うし。スパイクとかサーブは、まぁ、要練習だね」


 なんと弥生さんからお墨付きをもらえた。北信越大会に出場した弥生さんから、である。正直上達しているか不安だったから、こうやって認めてもらえるとめちゃくちゃ嬉しいな。


「おいっ、聞いたか千歳。俺を称えろ」

「図々しいなぁ。でも、俺が思ってるより上手なのかもな、お前。普段の印象からそう思えないだけで」

「えっ、うれしいなぁ。バレー上手って言われたの初めてだ」

「いや、上手とは言ってないぞ。弥生さんは基礎ができてるって言っただけだ」


 球技の実力を褒められるなんて滅多にないことだから、舞い上がって千歳にダルがらみしてしまった。その様子を弥生さんは苦笑いしながら見ている。俺の浮かれ方が想像以上だったのかもしれない。


「でも、基礎ができてるって、センスがあるってこと?練習しないでも基本的な動作がキレイ、みたいな」


 俺への球出しを再開しつつ、千歳は再度弥生さんに質問をした。どうやら褒め方に気になるところがあったようだ。それに対し、弥生さんは自身の意見を述べる。


「うーんと、センスがあるって言うより、よく練習してるなって感じ。基本の教えに忠実っていうか」


 ……あれっ?もしかして、俺がコソ練してるのバレてます?


 弥生さんの洞察力の高さに内心舌を巻く。バレーの様子を見るだけでそこまでわかるんだ。

 そして、千歳も弥生さんの言い方から、俺がこっそり練習していたことに気づいたらしい。ニヤニヤしながら俺に質問をし出した。


「あれっ、七篠ってバレーしてたことあったっけ?」

「……いやー、ないなー」

「あれー、じゃあ、いつ練習したのー」

「……記憶に、ございません」

「政治家かよ」

「秘書がやっておりました」

「どういうことだよ」


 俺の近くで練習していた奴らも、俺の方に集まってくる。やれ水臭いだの、やれ俺も誘えだの。みんなを誘ったらコソ練の意味ないだろ。

 ……でも、せっかくだから休みの日にでも集めてみるか。たぶん市営体育館は予約すれば借りられるだろうし。いや、でも、みんなインハイ予選が近いから日程合わなそうだな。うーん……。


「ご、ごめんなさい、七篠くん。あんまりばらされたくなかったことを……」


 クラスの男子での集まりを考えていたが、弥生さんの言葉で思考が現実に引き戻される。謝罪の言葉を述べた彼女の表情は、ひどく申し訳なさそうだった。そんなに深刻に思わなくていいのに。


「いいよいいよ、そこまで隠そうと思ってたわけじゃないし」


 正直俺がバレーの練習をしたのは、去年の大会で無様をさらしすぎて恥ずかしかったからってのが大きい。どうせならかっこよくバレーしたいしな。まぁ、こっそり上達して驚かれたいって気持ちもないではなかったけど。


 その後、俺のバレーに対する殊勝な心がけ(?)を知ったバレー部員たちが、昼休みの終わりまで付きっきりで指導をしてくれた。1人でやっていたコソ練よりも、今日の練習でのほうが学べたことが遥かに多くて笑っちゃったよ。特に、弥生さんの教え方はめちゃくちゃ上手かった。


 コソ練はバレたけど、上達できたので結果オーライだ。






「七篠くん」


 昼休みも終わりに近づき、体育館から出ようとしたとこで、弥生さんから呼び止められた。


「その、改めて謝っておこうと思って。さっきはごめんなさい。配慮が足りてなかった」


 取り返しのつかないミスを犯したかのような態度で、再度謝罪を述べてくる。申し訳なさそうに垂れた眉は、彼女の強気そうな印象を打ち消していた。


 2週間ほどこのクラスで生活したことにより、弥生さんについて少しわかったことがある。彼女は、他人からどう思われるかを酷く気にしているみたいだ。原因はわからない。容姿も能力もハイレベルなんだから、堂々としていればいいのに。まぁ、彼女には彼女なりの悩みがあるのだろう。


 そして弥生さんは今、彼女の言葉で俺が機嫌を損ねたかを気にしているみたいだ。嫌われるのが怖いのか、陰口を言われるのが怖いのか、そこまでは察せない。ただ、俺が嫌な思いをしたかを心底心配しているってことは明らかだった。


「いや、全然大丈夫だよ。コソ練って、あれ、冗談で言っただけだから」


 俺はできるだけ明るい口調で返答した。


「去年あまり上手くいかなくって悔しかったから、今年は頑張ろうと思って練習してたんだよ。本当はバレー部の誰かに教わろうと思ってたんだけど、みんな忙しそうだから遠慮しただけで。それに、練習はいつも俺の家の近くの公園でやってたんだけど、わざわざそこに来てもらうのも申し訳ないからね」


 俺はまだ、弥生さんがどんな人か詳しく知らない。ゆえに、どんな返答をすれば彼女の不安が取り除かれるのかもわからない。だから、とりあえず詳しく説明することにした。気にしていない理由を論理的に説明すれば、気にしていないことを納得してもらいやすくなるだろう。


「だからさ、今日は色々教えてくれて助かったよ。1人だと上達してるかいまいちわかんなくてさ。基礎ができてるって言ってもらえたのもうれしかったよ」


 かなりの長台詞。相手に会話のターンを渡さずに、自分からこれだけ話したのは久しぶりだった。


「ありがとう。バレーで聞きたいことがあったら、いつでも言ってね」


 過剰ともいえる俺の懇切丁寧な説明を聞き、弥生さんはようやく顔をほころばせた。うんうん。やっぱり笑顔が一番だ。


 弥生さんがどうしてそんなに自信なさげな顔をするのか、どうして人の目を気にしているのかはわからない。でも、俺に対して気に病むようなことはあってほしくないな。


 ぱたぱたと教室へ小走りで向かう弥生さんを眺めながら、俺はそんな、少し傲慢なことを考えた。


次回 4話 『頑張りすぎなようだから』

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