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2話 誰からも頼られる君

「弥生、これはどこに運べばいい?」

「んーっと、あそこのパイプテーブルの上にお願い」

「はいはい」

 

「美月ちゃんっ!マイクつかないんだけどっ!」

「あー……。後で私がやっとくから、倉庫からの運び出し手伝ってあげて」

「オッケーっ!」


 体育館に弥生さんの声が響き渡る。わかんないところは弥生さんに聞こう、という風潮の下、質問が彼女に殺到していた。そして、彼女はそれらに全て対応していた。すげぇなぁ。


 本日は4月18日。各クラスの委員長全員で、この後の学年集会の準備をしていた。


 俺たちが通っている信濃高校(略して信高(しんこう))では、毎年5月の中旬にバレーボール大会が行われる。学年ごとで行われ、クラス順位が決定されるのだ。もちろん全員参加である。


 それで、今準備している学年集会では、バレーボール大会のルール説明とグループ分けが行われることになっていた。普段の学年集会と比べて大掛かりなものである。だから、委員長が全員駆り出されて準備してるってわけだな。


「この辺でいっか」

「いいっしょ」


 いい感じの位置に演台を置き、曲がった骨を戻すかのように腰をそらせた。運動部の男子だってことで重いのを運んだけど、普通にしんどかったな。


「それにしても、お前が委員長ねぇ……」

「文句あんのかよ」

「うん」

「あんのかよ」

「冗談だよ」


 一緒に運んでいたやつに、俺が委員長になったことをいじられる。そんなに似合わないかなぁ。……うん、似合ってねぇわ。自分でもそう思う。


「で、お前は2年連続委員長か、会津?」

「まぁな」

 

 会津両一(あいづりょういち)。去年同じクラスで、委員長を務めていた友達だ。俺は委員長の仕事をよくわかってないから、とりあえず会津の指示に従っていた。


「でも、お前んとこの委員長、弥生さんだろ。いいなぁ」

「やっぱ羨ましい?」

「そりゃもちろん」


 久しぶりに顔を合わせられたのはよかったけど、こいつはさっきからずっと弥生さんの話をしていた。そういや学校の美少女ランキングみたいなのに興味があるタイプだったな。


「俺さ、弥生さんのことあんま知らないんだよ。なんか知っておくべきことあったら教えてくれない?」

「おっ!いいよ」


 次の机を運びながら、俺は会津に話を振った。正直すごく知りたいわけじゃないけど、知ってて損はないだろう。苦手なこととかを頭に入れておけば、不用意に相手を傷つけなくて済むしな。


「まず、身長だな。173.8㎝だ」

「えっ、キッショ。お前、何で知ってんだよ」


 一発目から想像の数倍気持ち悪い発言が飛び出した。小数第一位まで知ってるところがしっかり気持ち悪い。こいつ、思ったよりやばい人間かもしれない。


 ただ、身長について異論はない。体感俺より少し低いくらいだから、たぶん会津の情報は間違ってないのだろう。ちなみに俺は175.1㎝。


「次に、バレンタインデーだ。弥生さんは男にチョコを送ったことがないらしい」

「……へー」


 さすがに体重は言い出さなかった。よかった、そんな変態じゃなくて。


 それでバレンタインデーだが、去年密かに期待していたやつらも全員撃沈したらしい。それも、かなりの数の屍が発生したみたいだ。まぁ、別にチョコを渡すかどうかは個人の自由だからな。そんなとこまで気にしてやるなよ。


「そして、恋愛歴だな。どうやら彼氏がいたことはないらしい。引く手あまたなのに、だ。マジで高嶺の花って感じだよなー」


 これは少し驚いた。会津が言った通り、弥生さんと付き合えたら付き合いたいと思っている人は大勢いると聞く。だから一度や二度は付き合っていてもおかしくないと思っていた。まぁ、恋愛に興味ない人だっているか。


「以上だ」

「……えっ、以上?」

「うん」

「好きな食べ物とかは?」

「知らねぇよ」

「嫌いな食べ物とかは?」

「知らねぇよ」

「身長知ってるのに?」

「うん」


 おおむね恋愛事情についての話だったが、大して役には立たなさそうだな。というか、こいつはどういう基準で情報を集めているんだ。


 そうこうしている間に会場の準備もほとんど終了した。体育館に来た人たちがクラスごとに列を作り、仕事を終えた委員長たちもそこに入り込む。俺も運ぶものがこれ以上ないみたいなので、会津と別れて戻ることにした。


 ……いやっ、一応残っている仕事がないか弥生さんに聞いておくか。


 弥生さんはマイク台の近くで体育の先生と話していた。階段をトトトッと降りながら彼女たちの会話に聞き耳を立てる。


「それで、うっかり司会を決め忘れてたんだよなぁ。弥生、頼めるか?」

「大丈夫です。何か言っておくべきことはありますか?」

「あー、これに必要なことは書いてあるから、あとはテキトーによろしく」

「わかりました」

「はははぁ、助かるよ。お兄さんに似て出来がいいねぇ。さすが弥生家だなぁ」

「ありがとうございます。まだまだ未熟者ですけれど」

「いやいやぁ、謙遜しちゃって。期待してるよぉ」


 がははっと豪快に笑いながら、先生は体育館の後ろの方へ向かった。弥生さんは生徒だけでなく先生からも信頼が厚いみたいだ。だからって急に司会を任せるなよとは思うけど。


「弥生さん」


 俺が声をかけると、彼女は顔をこちらに向けた。彼女の綺麗なポニーテールがゆらっと揺れる。やっぱり美人だな、なんて考えが自然に頭に思い浮かんだ。会津の恋愛話を聞いたせいだろう。


「なんか他にやっといた方がいい仕事とか残ってる?」

「うーん……。たぶん大丈夫かな。お疲れ様、七篠くん」

「いやいや、弥生さんこそお疲れ様だよ。これから司会もやるんでしょ?」


 興味本位で弥生さんが先生から手渡された紙を覗いてみる。そこにはバレーボール大会のルール説明が箇条書きされていた。


 ……ルール説明しか書かれていなかった。


「あれ?今日ってグループ分けのくじ引きもするよね?」

「うん、するよ」

「それの台本みたいなのはもらってないの?」

「あー……。そうだね、これには書いてないね」


 薄っぺらい紙をペラペラさせながら、彼女は何でもないことのようにそう言った。そうなると、一大イベントであるグループ分けは彼女のアドリブとなるのだろう。司会を生徒に任せるんなら、もうちょい準備しておけよ。


 そんな気持ちが顔に表れていたのだろうか、弥生さんは腰に両手を当てながら言葉を発した。


「大丈夫。こういうの、慣れてるから」


 噂によると、弥生さんは小さいころからリーダーを務めることが多かったらしい。それゆえ、こういった経験も多いのだろう。確かに心配は不要かもしれない。


「なんか困ったことがあったら言ってね」


 あんまり邪魔をしても悪いので、俺もクラスの中へ戻ることにした。弥生さんは俺に対して軽く手を振り、すぐさま持っている紙に視線を向けた。司会の筋書きを考えているのだろう。大変だなぁ。


 結局弥生さんはこの集会を上手いこと進行してみせた。おそらく先生からの評価はうなぎ上りだろう。もしかしたら、またこんな感じで司会を任されることがあるかもしれない。


 弥生さんはいろんな分野における能力が秀でている。正直それが羨ましく思うときもあった。だが、能力が高くて何でもできるってのも考え物なのかもしれない。

次回 3話 『謝罪はいらない』

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