17話 大好き
「……今日、めっちゃ疲れた」
「ふふっ、そうだね」
消灯された廊下を2人で並んで歩く。人影はさっぱり見当たらなかった。それもそのはず、俺たち2-1は作業可能時間を超えてまで明日の準備を行っていたのだ。
俺が像をバラバラにした犯人を暴いた後、このクラスの雰囲気は最悪なものとなった。当たり前のことだろう。頑張って準備した像が壊され、女子のリーダー的存在の野村さんがやらかしたことが判明。委員長の弥生さんは冤罪を着せられて撤退してたし、もう一人の委員長である俺は野村さんたちをボコボコにした張本人。先生は大して役立たないし、クラス崩壊待ったなしである。
しかし、そうはならなかった。居残りする羽目になったが、俺たち2-1は像を再建し、クラス展示をなんとか形にすることができた。
では、なぜここまで立て直すことができたか。それは弥生さんが相当頑張ったからだと言えるだろう。
彼女はクラスに戻ってきた後、像を作り直そうとクラスメートに提案した。気まずい雰囲気を取っ払いたかったのだろう。その場にいたみんなも弥生さんに賛同し、クラス一丸となって像の再建が始まった。ここでクラス全体の共同作業が行えたから、何とかクラスメートの心がバラバラにならずに済んだのだと思う。
その後も弥生さんはクラス展示のためにいろいろ奔走してくれた。他のクラスから材料を譲ってもらったり、先生に対して作業時間の延長を直談判したり。この辺に関して俺は一切役立たなかったから、本当に弥生さん様様だ。
「それにしても、七篠くんすごかったね」
弥生さんは上機嫌そうに俺を褒めた。
弥生さんをクラスに戻すのはまずいと思ったので、像の右足を探した後は近くのトイレで待ってもらっていた。そして、俺のポケットに入れたスマホで電話を行うことで、一部始終を聞いてもらっていたのだ。だから、弥生さんは俺があの場で何を言ったかも全て知っていた。
「探偵みたいでかっこよかったよ。七篠くん、すごい頭いいんだね」
「いやいや。あれは運がよかっただけだよ」
運がよかった。謙遜でもなんでもなく、これが正真正銘の本音だ。
俺は今回、2つの前提を元に推理を行った。1つ目は「犯人は野村さんたちである」という前提。2つ目は「像をバラバラにしたのは不都合な部位を隠すため」という前提。この2つを元に考えた時、偶然全ての違和感が繋がっていたというだけなのだ。
もしどちらかの前提が不透明だったり間違ったりしていたら、俺はみんなが納得できる説明を行えなかっただろう。だから、ただひたすらに運がよかったとしか言えない。
俺の言葉を聞いて、弥生さんはふふっと微笑した。普通に謙遜だと思われたかもしれない。
「でも、ごめんね。あの時全然役立てなくて」
その口調はすごく悲しそうなものだった。本当に……。本当に、どうしてそんなに自分に自信がないのだろうか。
「実はそんなことないんだよ」
えっ、と弥生さんが声を上げた。全然心当たりがないみたいだ。よろしい。説明しよう。
「俺の説明でさ。すぐにみんなが納得したのは何でだと思う?」
「それは、七篠くんの説明が上手だったからだよ。わかりやすくて筋も通っていたから」
「うん、確かにそれもある」
さすがに俺の説明が破綻してたら、完全に無罪を証明できなかっただろう。それは否定しない。
「でも、それ以外にもあるよ。理由」
弥生さんの表情は暗くてよく見えない。たぶん、きょとんとしているのかな。そんなことを考えながら、俺は持論を伝えた。
「みんながすんなり受け入れてくれた理由はね……。クラスメートの大半が、弥生さんはあんなことする人じゃないと思ってたからだよ」
あれだけ派手に像が壊されたこともあって、最初はクラスのみんなも混乱していたのだろう。弥生さんが犯人なのかと疑う人もいたはずだ。そして、それは仕方ないことだと思う。
しかし、心の底から弥生さんを疑っている人はほぼいなかった。実際俺が右足の切り取られた理由を説明したとき、懐疑のまなざしは野村さんたちに集中したのだ。彼女の反論の通り、弥生さんも水をこぼす可能性はあった。でも、失敗を隠すために像をズタズタにするような人でないと信じられていたからこそ、空気が一気に変わったんだと思う。
「弥生さん。君の文化祭に対する誠実な姿勢は、みんなにちゃんと伝わっているよ」
文化祭だけじゃない。普段から真面目に取り組んでいることはみんな知っていた。だからみんな弥生さんに頼るんだと思う。少々頼りすぎなところもあるけれど、それはみんなから信頼されている証だ。
「ありがとう」
弥生さんは一言、震える声でそう言った。
その後、静寂が続く。俺たちのペタペタという足音以外は何も聞こえない。弥生さんはどんな気持ちなのだろうか。ほんの少しでもいいから、自分に自信が持てるようになってくれたらいいな。
「着いたね」
目的地の2-9に到着だ。余りの材料をここに置いたら、今日やるべき仕事は全て完了。後は帰宅するのみである。
「じゃ、帰ろっか」
弥生さんがうなずいたのを確認して教室から出る。下駄箱は北棟にあるので、俺たちが今いる南棟からは連絡通路を通る必要があった。だから、来た道を戻らないで、すぐそばにある通路を左折する。
連絡通路は先ほどの廊下と比べ物にならないほど明るかった。まどから月光が差し込み、通路全体を照らしている。
「七篠くん」
だから、弥生さんの顔は久しぶりにはっきり見えた。
想像よりもずっと紅潮していた。
「好きだよ、七篠くん」
……えっ?それは、えっと……。
頭が回らない。
理解が追い付かない。
何か言葉を発したい。
何も言葉にならない。
好き。
好き。
好き……。
「ご――」
「俺もっ!俺も好きだよ、弥生さんっ!」
逃げ出そうとした弥生さんの手を両手でつかんで、慌てて俺も自分の気持ちを伝える。想定外過ぎて反応が遅れてしまった。だって、今告白されるとか、絶対思いつかないって。
でも、でも、でも、嬉しい!嬉しい、嬉しい、嬉しい‼弥生さんが俺のことを好きでいてくれたことが、本当に、幸せで……。あぁ、どうしよう。幸せすぎる。
弥生さんは俺の返事を聞いて、初めは心底驚いた表情を浮かべた。てっきり好きなことがばれてると思ってたけど、全然そんなことなかったみたいだ。まったく、本当に自己評価が低いんだな。それでも、勇気を出して告白してくれたんだな。本当に、ありがとう。
弥生さんも徐々に現実味が湧いてきたのだろう。目を潤ませて口角を上げた。そして、何かをしようとして、片腕がふさがっていることに気づいたみたいだ。ごめん。俺が掴んでた。
「あっ……」
「ごめん。手、掴んじゃってた」
慌てて手を放し――。
「えぇっ⁉」
いつの間にか、俺は弥生さんに抱きしめられていた。固く抱き寄せられていて、お互いの鼓動の音がはっきり伝わる。俺も弥生さんもものすごいスピードで高鳴っていた。
俺も恐る恐る弥生さんの背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。すごく、一緒にいるって感じがした。離したくないし、離れたくない。
「ありがとう、七篠くん。大好きだよ」
弥生さんは俺と背丈があまり変わらない。だから、彼女の声は俺の耳のすぐそばから聞こえた。味わったことのないぞわぞわを感じながら、俺は彼女の言葉にうなずく。
「七篠くん。私ね、期待に応えられなかったとき、誰も私のことを必要としなくなると思ってた」
弥生さんは震える声で言葉を紡ぐ。自信がないとは思っていたけど、そこまでだったとは。
「そんなことないよ。絶対、そんなことない」
「うん。私も今はそう思えるようになった」
俺の否定の言葉に、弥生さんは嬉しそうに同調した。はっ、と息を吸って、彼女は言葉を続ける。
「そう思えるようになったのは、七篠くんのおかげだよ」
吐息の混じった甘い声。いつもの凛としたカリスマ性はない。でも、いつまでも聞いていられる声だった。
「七篠くん。あなたの側にいると、すごく安心するの」
弥生さんの俺を掴む力が強くなる。安心していいよ、と伝えるために、俺は彼女の背中をトントンと優しく叩いた。
「これからも、ずっと、七篠くんの側にいてもいい?」
「うん。ずっと側にいてほしいし、俺もずっと弥生さんの側にいたい」
「ごめんね、重くって」
「ううん。俺も同じくらい重いから」
傍から見たら重すぎる言葉だったかもしれない。それでも、俺たちにとっては必要なものだったと思う。
弥生さんにとって俺の存在が思っているより大きいことを知れた。だから弥生さんにも、俺にとって自分が大きな存在であることを知ってほしかった。
トクトクと、胸の辺りで起こる振動を感じ取る。皮膚を軽く叩かれているような感覚が、すごく安心感を与えてくれた。背中では弥生さんが指をサワサワ動かしている。それがとても愛おしくて、抱きしめる力を少しだけ強くした。
「弥生さん」
「なぁに」と、甘い声が耳元でささやかれる。息を吸って、改めて自分の気持ちを告げた。
「大好きだよ」
それからしばらくの間、俺たちは無言で抱きしめ合った。この時間は、今まで生きてきた中で一番幸せなものだった。
文化祭前日の夜。月光は、俺たちの関係の進展を祝福していた。
以下後書きです。
まず始めに、私の拙作をここまで読んでいただき誠にありがとうございました。至らなかった点も多いと思いますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
次に、幕間及び二章以降の投稿予定日ですが、申し訳ございません。現時点では未定です。もし「更新を気長に待つよ」と思っていただける方がおりましたら、画面上部及び下部にある「ブックマークに追加」を押したうえで、更新通知をオンにしていただけると幸いです。このように設定していただけると、この作品の最新話が投稿された際に通知が届くと思います。
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最後に、ここまでお付き合いいただき誠にありがとうございました。またいつか手に取っていただけることを願いつつ、この後書きを締めくくらせていただきます。