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14話 想定外

「あっ、七篠が脱走しようとしてる」

「捕まえろっ!」

「逃げねーよ!10分くらいに戻ってくるから」


 時刻は14時55分。15時から3-9の教室で行われるクラス展示についての最終説明に、私と七篠くんも出席することとなっている。そしてそろそろ出発しようというときに、七篠くんは友達から絡まれていた。よく見る光景。微笑ましい。


「ごめん、お待たせ。行こっか」

「うん」


 七篠くんが友達を振り切った頃合いを見て、一緒に3-9へ向かう。2-2の教室前の廊下には小物がたくさん散らばっていたから、すぐそばの階段を上って3階を通って向かうことにした。


「どうにかなりそうだね、クラス展示」

「うん。間に合いそうでよかった」


 私たちの声が静かな廊下に響く。正門前の展示の進捗が芳しくないから、手の空いている生徒は学年問わずその展示の手伝いに駆り出されていた。だから、文化祭前日にも関わらず、校舎の中の人影は少なかった。


 3階には3年生の教室しかない。聞き耳を立てている人はいないはず。勇気を出すなら、今。


「七篠くん」

「ん?」


 七篠くんは優しい声で私の言葉を促した。そんな彼に拒絶された時のことを考えると身がすくむ。でも、ここで踏み出さないと始まらない。


「文化祭の2日目に、シフト入ってない時間あるでしょ?」

「うん。2時から5時は空いてるよ」


 息を吸い込んで、言葉を出す。


「私も空いてるから、一緒に文化祭回らない?」


 七篠くんは感情が表に出やすい人だ。今も私の誘いを聞いて、アーモンド型の目を大きく見開いた。いつもはコロコロ変わるところを見るのが楽しかったりするけど、今は緊張でそれどころではない。


 返事は――。


「――うん、回ろう!そのっ、俺でよかったら、お願いします」


 その返答を聞いて、私は嬉しさのあまり飛び上がりそうになった。返事はオッケー。つまり、一緒に回ってくれるってことだ。


 第一関門を突破しただけと、頭の中ではわかっていた。文化祭を一緒に回ったうえで告白する。それが最終目標だから。


 でも、気持ち的には既に目標を達成した気分だった。だって、文化祭を2人で一緒に回るのがオッケーってことは、そのっ、そういうことなんじゃないかな。というか、お願いだからそうあってほしい。


 徐々に喧騒が大きくなっていく。他の教室に反して、集まりのある3-9は生徒がごった返しているみたいだ。どこかフワフワしたまま七篠くんの隣を歩き、教室の中に入る。


 部屋の中は、机や椅子が全て取り払われていた。各々が好きな場所に立って待機している。七篠くんは先輩たちに声をかけられていた。彼は同級生だけじゃなくて、上級生からも好かれているみたいだ。すごいなぁ。


 その後15時を迎えて説明会が始まった。と言っても最終確認だから、特に目新しい注意事項が述べられることはなかった。大丈夫。全部頭に入っている。


 ただ、説明の最中に顔がにやけそうになるのを抑えるのがすごく大変だった。一緒に回る約束ができたことが嬉しくて、それを思い出して口角が上がってしまう。隣にいる七篠くんにばれないよう、少しうつむきながら説明を聞く羽目になった。


「俺たちの手で、最高の文化祭にしましょう!」


 実行委員長の掛け声に対し歓声が湧きあがる。私も七篠くんと一緒に「おーっ!」と拳を突き上げながら言い、お互いに顔を見合って笑った。そんなことも、すごく幸せに感じた。






 たぶん、私はすっかり浮かれていたんだと思う。


「先行ってるね」


 説明会が終わった後、七篠くんは先輩たちに絡まれていた。どうやら1か月ぶりに会った部活の先輩たちらしい。積もる話もあるだろうし、お邪魔するのも悪いと思ったから、私は1人で教室へ戻ることにした。


 3階のお手洗いを借りた後、ここに来る時と同じ道を使って教室に戻る。相変わらず静かで、教室から出ている人は誰もいない。


 2-1の教室に戻った時、扉は閉められていた。中からは人の声が聞こえない。作業中は開けっ放しにしていたから違和感があったけど、みんな出払った時に閉めたのかなと、そこまで疑問には思わなかった。


 だから、いつも教室に入るときみたいに、ガラガラっと扉を開けた。



 

 目の前には、ズタボロにされた像があった。


 男性アイドルを模して作られた像。段ボールを組み立て、絵の具で色を塗り、何日もかけてみんなで協力しながら作った像。それが、見るも無残な姿へと変貌していた。


 身体を形作っていた段ボールは切り開かれ、平らな板となっている。一枚にくっつけられていたものもバラバラに切り裂かれており、表面には無数の切り傷が刻まれていた。この残骸を見て、もともとが像の姿を成していたと信じる人はいないかもしれない。


 私は、何が起こっているのか理解できなかった。驚きの声も上げられない。ただ茫然とその場に立ち尽くすだけ。


「美月ちゃん、何やってんのっ⁉」


 背後で大声が響き渡った。声をかけられると思っていなくて、思わず肩をすくめてしまう。


 恐る恐る後ろを振り向くと、そこには驚いた表情を浮かべた野村さんがいた。横には木村さんと高村さんも一緒にいる。2人はにやけたような、不安そうな、そんな顔をしていた。


 廊下からはざわめき声が聞こえだし、どんどん大きくなっていく。野村さんの大声を聞いて、ただ事でない何かが起こったのだと思ったのだろう。人がどんどんこちらへ近づいてくる。


 そこで私はようやく気付いた。野村さんは、像をバラバラにしたのが私だと思っている。いや、バラバラにした犯人を私だと知らしめようとしている。


 迂闊だった。仁千花や七篠くんから野村さんに気を付けるよう言われてたのに、彼女たちが作業していた教室に1人で入ってしまった。同じく教室で作業していた男子たちはどこへ行ってしまったのか。……いやっ、そんなこと考えてる場合じゃない。


「どうしてこんなことをしたの‼」


 野村さんはずかずかと教室に入り込み、私の肩を掴んで怒鳴った。声を出したいのに、怯えて言葉が出てこない。


 騒ぎを聞きつけた人たちが教室の前に集まり出す。女子同士の喧嘩に興味があるのか、扉の前にぞろぞろと並んで見物をしていた。知らない人たちの視線が私に突き刺さる。


「どうしたどうしたっ!」


 騒ぎを聞きつけたのだろうか、担任の先生が扉の前の生徒たちを押しのけて教室の中に入ってくる。そして、バラバラになった像を見てギョッとした表情を浮かべた。


「こっ、これは……」

「弥生さんがやったんです」

「私じゃないっ……」


 野村さんの言葉に対して何とか反論する。でも、その声は震えて頼りないものだった。


 野村さんは私をぎろりとにらみ付けて、発言を続けた。


「でも、私たちがトイレから戻ってきた時にはバラバラになってたんです。トイレに行く前はそんなことなかったのに。それで、弥生さんが教室の前で突っ立ってて」


 野村さんは「ねぇ」と側の2人に同意を求め、木村さんと高村さんはうなずいた。


「だから、弥生さんしか考えられないですよ。通り魔みたいに像をバラバラにした人がいない限り」


 野村さんは唾を飛ばしながら早口でまくし立てた。先生はその勢いに気圧されて黙り込んでしまう。


 私たちの間に流れた沈黙は、廊下の生徒にも伝染した。人が大勢みてるのに、誰一人声を発しない。異様な空間が形成されていた。


「あっ!」


 野村さんが唐突に声を上げる。教卓の横から何かを拾い上げ、まるで見せびらかすように掲げた。


 それは左腕だった。1回私が作って、野村さんたちが作り直した左腕。そしてそれは、像の他の部位と比にならないほど傷つけられていた。


「これっ、私たちが作り直したやつなんですよ。一度弥生さんが作ってたんですけど」


 堰を切ったように野村さんの主張が再開された。


「たぶん、私たちに却下されたのが気に入らなかったんですよ、弥生さん。だからめちゃくちゃにしたんじゃないかなぁ。こんなにズタボロにして。でも、ひどいよ!いくら気に入らなかったからって、こんなことっ‼」


 ざわめきが再び湧きあがり出した。ちょっと前とは比べ物にならない大きさの喧騒。私たちの教室の前に集まった人の量はますます増えているみたいだ。


「弥生……」


 先生が憐れむような目で私を見つめる。外から興奮したような囁き声が聞こえてくる。みんな……。みんな、私がやったって思っているんだ。


 足元が崩れ落ちてくような気がした。全部がだめになっていく。無駄になっていく。


 好奇の目にさらされるのが耐えられなくなって、ざわめきが耳に入るのが耐えられなくなって……。


 私は廊下に飛び出した。

次回 15話 『反撃の準備』

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