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13話 彼に対する私の気持ち

「えぇっ⁉七――」


 私が仁千花を止めようとするのと、仁千花が口に手を当てたのは同時だった。周りの人たちは仁千花の声に驚いてこっちを向いたけれど、何を言おうとしていたかは悟られていないみたい。


「にっ、仁千花。声大きいって」

「ごめん、ちょっと驚きすぎて」


 今日は文化祭の前日。授業なしで丸一日文化祭準備に当てられる日だった。学校中が活気づいていて、みんなのテンションが上がっているのが実感できる。


 そんな中、私と仁千花は中庭で話をしていた。今は昼休み。私が仁千花をここに誘った。相談したいことがあったから。


「でも、へー……。まさか七篠が好きだなんて」


 ひそひそ声で話す仁千花の声を聞いて、自分の顔が熱くなったのを感じた。改めて口に出されると、その……。はっ、恥ずかしいな……。


 そんな私の様子が面白かったのか、仁千花は意地悪そうに口角を上げた。これはからかってくる時の顔だ。


「どんなとこが好きなの?」


 どんなところか……。


 七篠くんのことを気になり始めたきっかけは、たぶん、提出物を代わりに出してくれた時だったと思う。彼は私が請け負った仕事を任せっきりにしないで、ミスしたときのフォローを準備してくれていた。もちろん任せっきりにするのが悪いとは思わない。仕事を分担した時点で、私の担当の仕事は自分で責任を持つべきだから。でも、失敗をカバーしてくれるとは思っていなかったから、すごく嬉しかった。


 その時から、私の七篠くんに対する印象は変わった。なんというか、頼っていい人って思うようになった。しばらくははっきりと自覚できてなかったけどね。


 バレー部の部長に就任したころ、私は少し心が疲れていた。負けたことを受け入れきれてない先輩たちの顔を見るのが辛かった。そんな先輩たちがどこか投げやりに私を部長に選んだことが辛かった。同じく部長を目指していた咲が、少しの間私と距離を置いたのも辛かった。


 自習室からの帰り道で、七篠くんは私に大変だねと言った。大変。それは、否定しなければならない言葉だった。だって、部長も委員長も自分がなりたいと言ったことだから。


 だけど、否定できなかった。喉の奥がつっかえて、言葉が急にでなくなった。


 もしかしたら、私は七篠くんに甘えたのかもしれない。彼なら弱音を聞いても引かないんじゃないかって、受け止めてくれるんじゃないかって、そんな気がしたから。だからあの時、平気な私を取り繕いきることができなかったのかもしれない。


 そして、七篠くんは私の弱音を聞いてくれた。仕事が大変だって認めてくれた。困ったときは頼ってほしいと言ってくれた。自分で自分の首を絞めてる私を受け止めてくれた。


 もうその時には好きになっていたのかもしれない。少なくとも、彼といると安心できるようになっていた。そして、もっと彼と一緒にいたいと思うようになっていた。


 だから――。


「――おーいっ、美月ー」


 仁千花の声を聞いて、意識が現実世界に引き戻された。またやってしまった。考えすぎ。


「あっ、ごめん。そのっ、七篠くんといると安心できるから、そういうところが好きだよ」

「へっ、へー……」


 仁千花に対して食い気味に答えてしまった。もっと好きなところは色々あるのに、全部伝えきれない。もどかしい。


 私の言葉の勢いに少し引きながら、仁千花はやれやれと言ったポーズをとって話を続ける。


「あんた、また考えすぎてるよ。七篠にも呆れられてるんじゃないの?」

「ううん。七篠くんはゆっくり話してくれていいよって言ってくれたの。内容をちゃんと考えてくれるのが嬉しいって」

「あっ、あんたらねぇ……」


 仁千花は引きつった笑みを浮かべてため息をついた。遅れて、気付く。私、もしかしてのろけてた⁉まだ全然付き合ってすらないのに……。


「で、相談があるんだっけ?何よ?」


 私をからかうのを諦めたのだろうか、仁千花は話題を元々あった場所に戻した。仁千花の言う通り、私は相談があると言ってここに呼んでいた。


「その……。告白しようと思ってて」


 仁千花の大きな瞳が、さらに大きく見開かれた。こんなに驚いている姿は初めて見るかもしれない。


「それで、七篠くんの理想の告白のされ方とか、知ってたりしない?」

「しっ、知るわけないでしょ、そんなの」


 そうだよね、そんなこと知らないよね。


「じゃっ、じゃあ、おすすめの告白方法とかは?」

「あんた、煽ってる?あたしは告白したことも付き合ったこともないよ」

「えっ、いやっ、そうじゃなくて。仁千花が一番口堅そうだから」


 仁千花は再びため息をついた。どうやら専門外のことを相談してしまったみたい。でもっ、仁千花以外だといろいろ聞かれそうだしなぁ。それに、七篠くんと接点の多い友達は仁千花以外いないし。うーん……。


「てか、何で告白しようとしてんの?勝算があったりするの?」


 頬杖をつき、横目で私のことを見ながら尋ねてくる。勝算。それはわからない。少なくとも、自分のことを好きになってくれているという自信は全く抱けてなかった。


「勝算はないけど……。この前一緒に帰った時、咲が変なこと言ったでしょ。それで誤解されてたら嫌だなって……」


 咲は私が真藤くんと付き合ってると冗談を言った。あと、私のお母さんが真藤くんと付き合えと言っていることも話してしまった。悪気はなかったと思う。咲は昔っからそういうところがあるだけ。少し嫌だと思うことがあるけど、いいところもいっぱいあるから、それだけで嫌いになったりはしない。


 でも、七篠くんの前で言うのは本当にやめてほしかった。咲の言葉を聞いた時、七篠くんはだいぶビックリしてたと思う。そんな噂が立つ人なんだって引かれたかもしれない。付き合ってはないと言っても、それに近しい状況だと勘違いされたかもしれない。


 これで疎遠になるのは嫌だ。だから伝えたい。私が好きなのは他でもない七篠くんだって伝えたい。もしそれで振られたとしても、このまま気まずくなるよりは良い、はず……。


 私の発言を聞いて、仁千花は少し考えこんだ。そして、ためらいがちに口を開いた。


「……七篠は、誤解してなかったよ。それは聞いた」


 ……そっか。それはよかった。あの時必死に否定した甲斐があったのかな。


「それでも告るの?」


 仁千花の言葉を聞いて決心が揺らぐ。誤解を解く必要はなくなった。だから、もっと自信がついてからでもいいのかもしれない。


「うん」


 でも、告白する。ここで逃げたら、今度はいつ勇気が出せるようになるか分からなかったから。3日間かけて育てたこの勇気は、無駄にはしない。それに――。


「告白しなかったせいで他の人と付き合い始めたら嫌だから。七篠くんってどうせモテるでしょ?」

「え?」

「え?」


 仁千花は心底驚いたような声を出した。なっ、何でそんなに驚くの?


「モテないの?」

「うん、まぁ、たぶん。告白されたなんて聞いたことないけど」

「えっ、だって、優しくて、頭が良くて、足も速いじゃん。それに顔もかっこいいと思うけど……」

「いやっ、そうだけど。なんつーか、小物感あるじゃん。恋愛的にはけっこうマイナスポイントでしょ」


 小物感って……。確かにいじられ役みたいな扱いを受けてるけど……。


「それに、ぱっと見だと向上心なさそうだし」

「……ん?」


 向上心?なさそうなのかなぁ……。


 私が上手く答えられなかったせいで、沈黙が生まれる。仁千花は「いやっ、実際は頭いいんだけど」ともごもご口にしてた。仁千花の会話中にこんな雰囲気になってしまうことはそこそこある。たぶん私が何か失敗してるんだろうけど、原因はいまいち掴めていない。


「とっ、とにかく」


 変な空気を仕切りなおすかのように、仁千花は力強く言葉を発した。


「別にライバルはいないんだから、焦る必要はないと思うよ。それでも告るの?」


 焦ってる。確かにそうだ。男の子を好きになったことなんてなかったから、勇み足になっているのかもしれない。


 でも、決意はもう揺らがなかった。


「ううん。決めたんだ。文化祭の日にするって」


 私の言葉を聞いて、仁千花はふっと笑った。それがどんな気持ちを表しているか、私にはわからなかった。


「たぶん七篠は、ストレートに告白されたら喜ぶんじゃないかな。普通に気持ちを伝えるのがいいと思う」

「うん、だよね。ちゃんと気持ちを伝えるよ」


 仁千花のアドバイスは端的だった。うん。やっぱり正面から気持ちを伝えよう。


「ありがとう、相談に乗ってくれて」

「いやいや。全然大したアドバイスできなかったけど」

「ううん。話を聞いてくれるだけでも助かるよ」


 昼休みがそろそろ終わりそうだから、2人で教室へ戻ることにした。告白も大事だけど、仕事も大事。ちゃんとやって、後ろめたい気持ちなく告白しよう。


次回 14話 『想定外』

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