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12話 衝撃

「あんた、テスト何位だった?」

「総合?6位だよ」

「はぁ?うざっ」

「じゃあ聞くなよ」


 部活終わりの帰り道。俺は三国から理不尽な仕打ちを受けていた。テストの順位を言っただけなのに。


 本日は7月5日。文化祭まで残り1週間を切っている。それゆえ、学校はどことなく浮ついた雰囲気が漂っていた。


 そして今日、そこに冷や水を浴びせるがごとくテスト順位が発表された。インハイやら文化祭やらで忙しかったせいか、順位を落とした人多数。俺のクラスは阿鼻叫喚で包まれたし、たぶん他のクラスも割とそんな感じだろう。ちなみに三国は20位くらいだったらしい。


「あんた、前は9位とかじゃなかった?」

「そうだな。中間は9位だった」

「そうだよね。なんで伸びてんのよ」

「あー……。最近自習室行ってるから」


 俺の返答を聞いて、三国は驚きの表情を浮かべた。確かにグラウンド整備がある日は行ってなかったからな。俺が自習室に通っていることを知らなかったのだろう。それに、この時期に自習室へ行く人はあんまりいないし。


「よく行けんね」


 弥生さんと会えるのが楽しみで、とはさすがに言えなかった。内心を隠すために、あいまいな返事で誤魔化しておく。


「あっ、咲と美月だ」


 そんなことを考えていたら、三国が弥生さんと桑原さんを見つけたみたいだ。テッテケと彼女たちに向かって行く三国の後を歩いて追いかける。最近のバレー部は陸上部より終わるのが遅いから、正門前で会うのは5月以来だった。


「おつかれっ!」

「おつかれー」


 三国に続いて俺も労いの言葉をかける。俺たちの言葉に対して、弥生さんと桑原さんが軽く返答した。桑原さんは俺と1度しか会ってないけど、どうやら俺のことを覚えていてくれたらしい。ありがたいことだ。


 そして、合流した雰囲気のまま、俺たちは4人で一緒に帰ることとなった。


「両手に花だね。七篠にはもったいないけど」

「余りの一輪が何言ってんだ?」

「あ”?」

「すいませんでした」


 テキトーに三国をあしらいながら、俺たちは自転車を漕ぎ始めた。夜と言ってもいい時間帯だが、気温の高さが鳴りを潜める気配はない。

 

「今日早いね、終わるの」

「うん。先生が早く切り上げようって」


 俺の疑問に対して弥生さんが答えてくれた。バレー部が終わる時間帯としては珍しいが、特にトラブルとかがあったわけではないみたいだ。


「何であんたがバレー部の終わる時間を知ってんの?」

「自習室に行ってるって言っただろ。弥生さんも後から来るんだよ」


 俺の返答を聞いて、三国は考え込む様子を見せる。そして小ばかにしたように鼻を鳴らした。なんだこいつ。


「それで、美月の順位はどうだったの?」


 三国は会話の矛先を俺から弥生さんに変えた。三国って他人に対する興味がそんなになさそうだけど、テストの順位だけはけっこう聞いてくるんだよな。順位表は廊下に掲示されるんだから、気になるんだったらそれを見ればいいのに。まぁ、掲示板の前は混み合うから、見に行きたくない気持ちもわかるけど。


 弥生さんに対する三国の質問。しかし、答えたのは桑原さんだった。


「えっ、仁千花、知らないの?」

「知らないよ」

「じゃあ、教えてあげる!」


 桑原さんのテンションはかなり高かった。「何であんたが答えんのよ」という三国のツッコミをスルーし、まるで自分事かのごとく誇らしげに言い放つ。


「美月、1位だよ。1番。理系でトップだって」


 その通り。弥生さんは今回の期末テストにおいて理系で学年1位を取っていた。部長に就任したばかりで、なおかつ文化祭準備も忙しかったにも関わらず、である。


「美月、あんた文化祭準備忙しかったんじゃないの?」

「うん、そうなんだけどね。忙しかったおかげで、逆に集中できたのかも」


 忙しくて逆に集中できた、か。提出期限ぎりぎりになってから課題を解くスピードが上がる、みたいなものかもしれない。それにしても相当すごいけど。


「マジですごいよ、弥生さん」

「ふふっ、ありがとう」


 心なしか弥生さんの声も弾んでいた。文理が分かれたとはいえ、彼女がテストで一位を取ったのはこの学校に来てから初めてらしい。そりゃ嬉しいよな。


 ちなみに文系の1位は真藤だったみたいだ。今年度に入って4度目の1位。あいつも甲子園予選やら生徒会の文化祭に向けた活動やらで忙しかったはずなのに、どうして平然と1位を防衛できるのか。全然わからん。


「本当にすごいよね」


 桑原さんによる称賛の言葉は緩まるところを知らなかった。赤信号を待っている間、ずっと弥生さんの自慢をし続ける。友達が好成績を残したことがよっぽど嬉しいみたいだ。


「真藤と合わせて、文理で1位って。これぞ最強の幼馴染カップルって感じじゃない?」


 うん、幼馴染……。ん⁉


「えっ、付き合ってんの⁉」


 脳で考えるより先に言葉が出た。無様に裏返った声。明らかに動揺が表れていた。


「さっ、咲!何言ってんの⁉全然付き合ってないよ!」


 弥生さんも心底驚いたように桑原さんの言葉を否定する。ごめんごめんと、桑原さんは弥生さんをなだめた。しかし、カラカラと笑いながら話を続ける。


「でも、美月のお母さんは真藤と付き合うのを推してたでしょ。親公認なんだから、さっさと付き合っちゃえばいいのに。お似合いなんだから」


 あまりにも突然のこと過ぎて、情報が全然処理しきれていなかった。弥生さんのお母さんが真藤と付き合ってほしいっていってたのか?それってどういう状況なんだ?というか、何でそんな話を桑原さんが知ってるんだ?


 信号が青に変わり、みんなが自転車を漕ぎ始める。俺も後に続こうとするが、足が震えて上手くペダルに乗らなかった。だめだ。マジでパニクってる。


 何とか自転車の操作はできたが、会話はろくにできなかった。ただテキトーにうなずき、時間は消費されていった。






「なぁ、三国」


 弥生さん、桑原さんと別れ、俺は三国と2人で自転車を漕いでいた。俺たちは出身中学が違う。ただ、お互いの家が校区の端っこにあるから、家の場所はかなり近いのだ。


 俺の呼びかけに対し、三国は気の抜けた返事をした。こいつはいつも通りだな。


「弥生さんのお母さんが真藤と付き合ってほしいって言ってた話、本当?」


 疑問を投げかける。声は少し震えていた。


 こんな質問をするなんて、自分の気持ちを白状するようなものだった。しかし問題はない。どうせ三国は、さっきの俺の様子からだいたい悟っただろうから。


 たぶん桑原さんは俺の気持ちに気づいてないだろう。2回しか会ってないけど、彼女は鈍感なタイプだと思うから。俺が動揺してたのも、友達の知らない恋愛事情を聞いてびっくりしてるんだ、くらいに思っている気がする。


 そして弥生さんも気づいてない気がする。彼女は彼女で桑原さんの発言にかなり動転してたから。付き合ってるなんて嘘情報を流されたらたまったもんじゃないだろうしな。


 そういうわけで、俺の気持ちを悟ったやつは三国しかいない。そして、今俺たちは二人きりだ。事情を聞くにはちょうどいい。


「本当だよ」


 三国の返答ははっきりしていた。


 事の発端は保護者が集められる懇談会だったらしい。クラスの保護者同士で話すことがあったようだが、会話の流れが恋愛事情になったみたいだ。そこで弥生さんのお母さんは、弥生さんが付き合うのは真藤しか認めないと言ったらしい。そして、その話を保護者の誰かが自分の子どもにし、生徒の中でも有名な話となったようだ。


「噂が広まるのは早かったよ。私たちの中でも、美月と真藤がお似合いだって思ってた人はたくさんいたし」


 正直その気持ちはわからないでもなかった。お互いに勉強も運動もできて、リーダーを務めることも多い。そして幼馴染。なるほど、お似合いだ。


「ちなみに、弥生さんのお母さんって今でもそう思ってそうなの?」

「さすがに知らないよ」

「そらそうか」

「うん。でも、小学校の時から思ってたらしいし、考えが変わってない可能性は十分あるんじゃない?」


 小学校の時からか。筋金入りだな。まぁ、人を見る目があったのは確かだ。実際に総合的な能力面においては、真藤を超える生徒は信高の2年にいないはずだ。


「真藤は……」

「……何よ」

「真藤は、どう思ってるんだろうな」


 無意味な質問だった。こんなことを三国に聞いても仕方がない。ただ、否定してほしかった。真藤も迷惑してると聞いて、安心したかった。


「ううん。真藤は美月のこと好きだよ」


 これは絶対他の人に言うなよと、三国は俺に強く念押しした。


 そっか。


 そうなのか。


 うん。


 そっか。


 …………。


「あーあっ!」


 何か吐き出したくなって、テキトーに言葉を発した。三国がガバっとこちらを振り返る。驚かせたみたいだ。ごめん。


「急に何?」

「いやっ、上手くいかないもんだなって」


 なんというか、予想外の場所から障壁が突き出てきたような気分だった。こんな事情、まったく予想してなかったな。


「諦めるの?」


 三国の声色は聞いたことのないものだった。前を走る彼女の表情は暗くてよく見えない。だが、三国がどんな感情でその言葉を発したとしても、俺の答えは決まっていた。


「そんなわけないだろ」


 はなから諦める気なんて毛頭ない。難易度が上がったことを嘆いていただけだ。


 三国は俺の言葉を聞いて、大きくため息をついた。呆れと安堵がこもったようなため息だ。


「やらぬ後悔よりやる後悔ってこと?」

「まぁ、そうかもな」


 やらぬ後悔よりやる後悔。今までの人生で一度もそんなことを考えたことはないけど、今はその心意気が大事かもしれない。


 それに、俺が向き合うべきは真藤でも弥生さんのお母さんでもない。弥生さん自身だ。そこだけは絶対に見失ってはならないし、その道から外れるつもりもない。


「……ってか、何で後悔する前提なんだよ」

「だって、あんたが真藤に勝ってるところってあるの?短距離以外で」

「…………」


 ぐうの音も出なかった。


「パー」

「……俺のぐうの音にじゃんけんで勝とうとするな」


 俺はぐうの音すら出せてないから、不戦勝と言ったところか。なんだ、この不平等なじゃんけんは。


「まぁ、やれることはやるよ」


 そう言葉にし、改めて決意を固める。三国も「がんばれー」と応援してくれた。棒読みなのは見逃そう。


「あっ、そうだ」


 すると、何かを思い出したかのように三国がつぶやいた。


「真藤の話で思い出したんだけど……」

「真藤?」


 真藤についての話で、俺に聞かせたいことか。内容が全然思い当たらないな。弱点とか教えられても困るぞ。攻撃するわけじゃないんだし。


「噂だから信じすぎないでほしいんだけど。うちのクラスの響香がさ、真藤に振られたらしいよ」

「……へー」


 響香ってのは、野村さんのことだろう。うちのクラスの女子において、カーストの頂点に君臨する女子だ。それでも真藤のお眼鏡にはかなわないんだな。……あっ、真藤は弥生さんのことが好きなんだから、振るのは当然か。


 そこまで考えて、ふと嫌な予感が頭をよぎった。最近あった出来事が思い出される。それに関係する話なんだろうな。


「それで真藤なんだけどさ。あのバカ、『俺には好きな人がいるから』って振ったみたいなんだよ」

「うわー……」


 真藤の振り方は誠実なものだと思う。告白してきた相手に対して一切誤魔化さず、なぜ振ったか理由を伝える。テキトーな理由をでっちあげるより、よほど真面目な向き合い方のような気がする。


 ただ、振られた側は間違いなくこう思うはずだ。その好きな相手って誰だよ、と。そして野村さんは実際に調べ、相手を突き止めたのだろう。三国だって真藤の思い人を知ってたんだし、他にも誰かしら知ってた人がいてもおかしくない。特に、真藤たちと同じ中学出身の人は。


「もしかして、像の腕を作り直したのって、弥生さんに対する嫌がらせ?」

「かもしれない」


 一昨日に野村さんは、木村さん、高村さんと、像の左腕を直したいとごねだした。その部位は弥生さんが作ったものだが、像全体の印象に左腕が馴染んでないと言い出したのだ。確かにそれぞれの部位を別々の人たちが作ったから、ちぐはぐ感は拭えなかった。しかし、作り直すほどのものではなかったはずだ。


 俺は彼女たちの急な要望に面食らったが、弥生さんが作り直すのを許可したので、3人だけで作り直すと約束させたうえで変更を許した。どういう意図でそんな提案をし出したか理解できなかったが、なるほど、単純な嫌がらせか。勘弁してくれ。


「これからも続くと思う?」

「さぁ?」


 どうしたもんだろうか。さらなる嫌がらせを未然に防ぐ方法を考えたが、妙案は思いつかない。正面から注意するのは言わずもがな愚策だ。像を作り直したことが、弥生さんに対する嫌がらせかどうかは客観的に判断できないからだ。先生に相談するのも同じ。嫌がらせかもという推測だけで注意はできないだろう。だが、それ以外に解決策があるのか……。


 俺と三国で頭を悩ませたが、解決策は出なかった。そもそも上手な対策が存在するならば、全国からいじめは撲滅されているはずだ。そうなってないってことは、特効薬的な妙案は存在しないってことだろう。


 結局俺たちは、弥生さんに注意するよう警告することと、野村さんたちと弥生さんだけの空間を作らないよう気を配ることを決めて解散した。ただ、少人数で嫌がらせの可能性を排除することはできない。だからって、推測の段階で大人数に依頼することもできない。根本的な解決策にはなってなかった。


 あっちもこっちも想定外が発生し始めた。本当に勘弁してほしいけど、まぁ、嘆いていても仕方がない。さっき決めただろう。


 やれることはやる。以上だ。

次回 13話 『彼に対する私の気持ち』

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