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10話 君の好きなことを知りたい

「勉強頑張ってるね」


 ひそひそっと横から声をかけられる。シャーペンを持ったまま横を見ると、微笑んでいる弥生さんの姿が見えた。何も持っていない方の手を軽く振ると、彼女も小さく手を振り、そして何個か前の席に座った。


 時刻は8時10分。今日も俺は自習室にいる。弥生さんに「まさか私に会うために自習室通ってるんじゃ……」って思われるんじゃないかと不安になっていたのは秘密だ。どうやら杞憂みたいでよかった。


 その後は普通に勉強し、9時を回る。今日は俺と弥生さん以外にも人がいたが、彼女の「電気消しまーす」という声を聞いて変える準備を始めた。随分手慣れてるな、弥生さん。






「自習室に行くときは、毎回電気を消すようにしてるんだよ」


 自習室のルールとして、最後に出た人は電気を消すというものがある。ただ、忘れることがけっこう多いみたいで、1年の前半はたびたび注意が入っていた。そこで弥生さんは自分が自習室を使うときに電気を消すことにしているみたいだ。感心だな。


「すごいね。勉強も部活もめっちゃ頑張ってるじゃん」

「ありがと。でも、七篠くんも同じじゃない?」

「いやー、俺はけっこうゲームとかしてるから」


 そこでふと、俺の頭に疑問が浮かんだ。弥生さんって趣味とかあるのかな?勉強だとか部活だとかで空き時間のあるイメージが湧かないんだけど。


「ちなみに、弥生さんって趣味とかある?」


 俺の質問を聞くと、弥生さんは手を顎に当てて沈黙をした。たぶんいろいろ考えているんだろう。俺は気長に待つことにした。


「えーっと……。あっ、ごめんなさい。考えすぎだね」

「いやいや。俺は全然気になんないから、ゆっくり考えてて」

「そっ、そう?」

「うん。俺に対しては気にしないでいいよ」


 考えすぎは良くないという俺のアドバイスをしっかり覚えてくれていたみたいだ。でも、俺はそういう間を気にしないタイプだから、全然オッケーだよ。


 弥生さんはそれを聞いて少し目を見開いた。そして、照れたようにはにかみ、感謝を言葉にした。


 少しの沈黙。遠くで走る車の音が小気味よく聞こえる。


「……私は、推理小説を読むのが好きかな。いろんな小説を読むんだけど、特に推理小説が好きだよ」

「へぇっ!」


 推理小説!そういう趣味の人は初めて見たな。というか、小説を読んでる人自体を見ることがあんまりない。漫画を読んでる人はけっこう見るんだけどね。俺も読むし。


「意外だった?」

「うん、意外だった。小説を読んでる人ってあんまり見かけないし」

「……確かに。私もあんまり同じ趣味の人と会わないかも」


 弥生さんが趣味に没頭している姿も想像できなかったけど、だからって読書しているなんて全然思わなかった。でも、いいな。本を読んでる弥生さんって絵になりそうだ。


「俺、小説を読んだことが全然ないんだよ。どんなところが面白いの?」


 たぶん答えるのに時間がかかるだろうなと思いながら質問する。案の定、弥生さんは「うーん……」と言って悩み始めた。個人的にだけど、弥生さんの返答を待っている時間はけっこう楽しい。


 しばらく前進し続けて、赤信号にひっかかる。夜空は快晴。この辺りは比較的都会だけど、見上げると星々がはっきりと見えた。


「その、改めて何でって言われると言葉にするのが難しいんだけど、たぶん、ピースがはまっていく感覚が好きなんだと思う」

「手がかりが集まっていく感じ、みたいな?」

「んーと、推理が得意な人にとってそうかもしれないけど、私は得意じゃないから。どちらかと言うと、解説編を読んでいくところかな。違和感を感じていたところも、気にしないで読み流していたところも、探偵役の人が道筋を組み立てていくんだよ。それがすごい好き」


 弥生さんの口調は珍しく熱がこもっていた。この姿も初めて見る一面だな。


「それでね、推理が完成した後も何が起こるか分からないんだよ。そのままきれいに終わることもあるし、今までの全部がひっくり返るみたいな展開が起こることもあるの。最後まで楽しめるのが、すごい面白い」


 少し早口で、熱心に魅力を教えてくれる。


「それに、推理小説って言ってもいろんな種類があるんだよ。誰も死なない話もあるし、逆にどんどん人が死ぬ話もあるの。私はどっちも好きなんだけど、気分で好きなジャンルの話を集中的に読めたりして。それでいて根っこはちゃんと推理小説なんだから、作家さんってすごいよね」


 目が爛々(らんらん)としているようにさえ感じた。本当に好きなんだな。


 熱意を込めて語り続けていたが、弥生さんはふと硬直した。目が泳ぎ始め、顔が真っ赤に染まっていく。


「あっ、そっ、そのっ」

「好きなんだね」

「うっ、うん!」


 語りすぎちゃったと思ったのだろう。随分と慌てふためいていた。今夜だけでも弥生さんの知らない面がたくさん見えたな。


「なっ、七篠くんはどうなのっ?」


 恥ずかしさをごまかすように俺に問いかけてくる。声は少し上ずっていた。


「俺の趣味は――」


 漫画、と答えかけて思いとどまる。漫画にゲーム。趣味を聞かれたときのために用意した、俺の回答(カンペ)。でも、それらは本当に趣味なのか?弥生さんみたいに語れるものなのか?


「――えっと、漫画はよく借りて読むけど、別にめちゃくちゃ読むってわけじゃなくて。ジャンルも一貫性ないし。えーと、あと、ゲームは、けっこうするけど……。でも、全然うまい方とかじゃなくて、そうだな……」


 まさに、しどろもどろ。ぺらぺらと話してるくせに、内容がてんでなかった。


「ふっ、ふふっ、あははははっ」


 俺の様子が相当おかしかったのだろう。弥生さんは珍しく思いっきり笑っていた。


「いやっ、ごめん、ぐっだぐだで」

「ううん、いいんだよ。いいんだけど……」


 笑みを浮かべながら、弥生さんは言葉を続けた。


「……七篠くんって、私のこと、面接官だと思ってる?」


 ……面接官か。確かに俺は、弥生さんに対しての返答にかなり気を遣っている。できるだけ誠実に返そうと、慣れない頭の働かせ方をしていた。


 面接官。実に言いえて妙だ。


「七篠くん」


 彼女の言いまわしに感心しているのを知ってか知らずか、弥生さんは顔を俺の方へずいっと近づけた。そして――。


「もっと気楽に話していいんだよ」


 顔には、してやったり、という感情が目に見えて表れていた。強気そうなつり目は細く狭められ、上目遣いで俺の顔を捉えている。ほっぺにはえくぼが浮かんでいた。


 俺の内側からも笑いがこみ上げてくる。俺が前に言ったことじゃん、とか、弥生さんがそれを言うの、とか、いろんな感情が混ざった末の思いだった。


 俺が最初にクックックッと笑いだし、続いて弥生さんも笑いだす。なんだか2人で声を押し殺しながら笑うことが多いな。だいたいは夜に話すからか。


 この信号は渡っちゃおうか、と俺が言いだし、停めていた自転車を漕ぎだした。


「俺の趣味だけどさ――」


 前を向いたまま、後ろで自転車を漕いでいる弥生さんに向かって話しかける。


「――漫画とゲームだよ。漫画は色々読むけど、一番好きなのはバトルもの、かな。すごいワクワクするんだよ、読んでてね。だから好き」

「ジャンプとか?」

「そう、ジャンプは好きな作品が多いかな。さすがジャンプって感じ。あと、ゲームはアクションゲームかな。特にオンラインで対戦できるやつ。勝負に勝つのは嬉しいし、自分の思い通りに動かせた時もすごい楽しい」


 俺が言いきると、「そうだったんだ」と後ろから返事が来た。優しい口調だった。


 前方の信号が点滅し、赤色に変わる。自転車のスピードを徐々に緩め、ゆっくりと停止させた。


「弥生さん」


 俺の右隣に止まった弥生さんは目で話の続きを促してくる。


「おすすめの推理小説、教えてよ」


 予想外の言葉だったのだろうか、俺の言葉を聞いて、弥生さんは目を見開いた。


「弥生さんの話を聞いて、読んでみたくなっちゃってさ」

「ほっ、本当っ⁉」


 弥生さんは、「ちょっ、ちょっと待ってね」と言い、顔を少しうつむけて考え始める。彼女の口角は上がっていた。


 推理小説に興味が出た。その言葉は嘘ではない。でも、弥生さんにおすすめの本を聞いた理由はそれだけじゃなかった。というか、8割方は別の理由だった。


 俺は弥生さんと同じ趣味を持ちたかった。同じ趣味を持って、それがきっかけで話す機会が増えたらいいなって、浅はかな計略を立てていた。ああ、そうだよ。純粋な興味なんかじゃない。下心だ。


 俺は弥生さんと話す時間が好きだ。どれだけ話がまとまってなくても、面白くなくても、きっと誠実に聞いてくれるんだろうなという安心感があるからだ。今まで話してきた人の中で一番気楽に話すことができたし、話しているときは心地よかった。


 それに、弥生さんの話を聞くのも楽しい。弥生さんが頭の中で話す内容を考えているとき、聞き手のために文章を練ってくれていると思うと嬉しかった。そういう丁寧さが嬉しかった。


 今俺たちは同じクラスの委員長をしている。でも、委員長は10月で終わりだし、来年クラスが一緒になるとも限らない。関係が薄くなってなお、弥生さんと話せる仲でいられるかはわからなかった。


 それは、嫌だ。いつかの別れをできるだけ先延ばしにしたかった。だから、同じ趣味を持つことで、少しでも関係を維持したいと思った。


「七篠くんはあんまり小説読んだことないんだよね。だから、読みやすいやつからでいいと思うんだ。難しい名作から読んで挫折したらもったいないし。それに、読みやすい作品にも名作はたくさんあるんだよ」


 弥生さんはニコニコしながらおすすめの本を紹介してくれた。愛好家の先輩として、純粋な初心者を導こうとしてくれているのだろうか。だとしたら申し訳ないな。純粋じゃなくてごめんなさい。


 なんと弥生さんは、後日自分が持っている本を俺に貸し出してくれるみたいだ。受け渡しの時にまた少し話せるな、なんてよこしまな考えを浮かべながら、ありがたく彼女の厚意を受け取ることにした。

次回 11話 『図書館デート』

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