幽霊の彼女が消えるまで
幽霊が成仏するとき。
どうぞよろしくお願いいたします。
俺の友達が、高2にしてガンで死んでしまった。
つい先日、葬式をやった。
仲は良かった。中学1年の頃からどことなく馬が合い、よくお互いの家にも行くような仲だった。
そんな手塚磨理子がある日突然電話をかけてきて、「私、癌になった。末期がんで、余命3ヶ月なの」と俺に言った。その時彼女から出ていた、もう私は終わりだっていう負のオーラに、俺は大丈夫も頑張れもお大事にも何もいえなかった。
一度その後彼女に電話をかけたことがあったが、どこかがずっと痛いのだろう。弱々しくうん、うん、としか答えない彼女は、刻一刻と死んでいく感じがして、俺は自分の心が下へと落ちていくのを感じた。
結局それから彼女からは特に連絡はなかったし、俺はその闘病をあまり見届けずじまいだった。彼女は闘病2ヶ月半で死んでしまった。彼女の見舞いをほとんどしなかったことを思い出すと、なんだかしてはダメなことをしてしまったみたいに、今も胸がチリチリと痛む。
今日は8月1日の日曜日。小学生の妹と真っ昼間の公園に来ていた。バドミントンで一人遊ぶ妹を横目に、ベンチで恋愛小説を読んでいると、突如彼女の体に重大な病が見つかるという、お涙頂戴展開になる。
俺はその部分を読んで、手塚のことをふと考えた。なんだかヒロインに彼女の姿を重ねている自分に気づく。ヒロインと手塚に共通項は病気くらいしかなかったが、俺って単純なもんだ。
俺はその小説を開いたまま上を向いた顔の上にのせ、極力頭を空っぽにする。10分ほどそうしていただろうか。夏の風にただゆられ、頭がボーっとしてきた。
「あーあ、手塚、死んじまったのか」
「うん。幽霊になって、生きてるけどねっ」
「は??」
「こんちゃ、探したよ〜」
俺は慌てて顔の上に置いていた小説をどけ、声の主を探す。
すると、ベンチの空いているところに、背もたれに肘を置き、俺の方をしっかりと向いた、手塚磨理子、の姿があった。
「お前、手塚。。。!?」
「そ。お元気にしてた〜?」
「お前、だって、葬式もやったんだぞ。俺も見た。てか、さっき、幽霊、って?」
手塚そっくりの人物を見る。上から下まで見てもその姿は、完全に生きているときの手塚磨理子だ。血色もよく、完全に生きている人間にしか見えなかった。
「そう、私、手塚磨理子は幽霊になりました」
「幽霊だけど、他の人にも見える、触れる。でもその姿が手塚磨理子に見えるのは、友貴屋進二くんだけなのです」
「そう、神様に言われたの」
「なんだよ、それ、てか、神様?」
「学校の屋上で目が覚める直前、ぼんやり話しかけられたの。嘘じゃないからね、私もびっくりしたけど!」
「神様」
「実は私、小さい頃に、君は二十歳まで生きられないって、お告げを聞いたの」
「神様が、それは間違ってたって、罪滅ぼしに来たんだって」
「」
「なーんちゃって!」
「30日経つと、痛みもなく消えちゃうんだって」
「どちら様?ご友人の方?」
聞き逃がせないセリフに、急いで妹に振り返る。
「知らない?手塚じゃんか、よく家にも遊びに来てただろ?」
「知らない」
振り返ると、生きてる喜びを感じられたときって、楽しいことはしっかり楽しいって思って、嫌なことにはきっちり嫌だって思えたときだと思う。
きっと人は、この世に自分というものがちゃんといるんだって、そう思いたいんだよ。
これからもずっとちょくちょく会ってさ、一緒に仲良しの、おじいちゃんとおばあちゃんになろうよ
仲良しの、おじいちゃんとおばあちゃんに。。。なーんて。こんなんじゃだめだって、思ったの。生きないといけないって。それでねおまけにね。死ぬ時には、残された人に優しく死んであげないといけないの。
汚いものときれいなものでもみくちゃにされてさ、自分の中の好きとか嫌いとか、大切なものを見つめるのを、忘れてたんだよ。
それに、いつか好きなものができるって思ってた。時間をかけて出来た好きなものが、本当に大切なものなんだろうって。だから、寿命のことも知らずに、ただ待っていた。
そうだなあ。。。俺等、今の自分の大切さを知って、生きなきゃな。。。うん。。。
魂って、好きなことを諦められないし嫌いなことを認められないってことだろ?環境に流されない何かで、確かに生きてるってことだ。そんな人はさ、可愛いよ。
金魚すくいで可哀想って思って。私ってこんなことに感動する人なんだって、また分かった。
切ないものって、大事なものって気がするから、好きだな。
あなたがしたいことは誰かに一生捨てられないことじゃないでしょう?
好きになった理由を思い出した。君の中で、生きていたいと思ったんだよ。
花火大会。
付き合ってください。
魚釣り、クレーンゲーム、プリクラ、格闘ゲーム、お泊り会、カラオケ、遊園地、水族館、植物園
公園で星空を見ながら、アイスクリームを食べた。今日で、これで消えてしまうのだ。
好きです。君が大好きです!
その気持ちのほんの少しでも、今なら君に伝わるんじゃないかってことが、本当に嬉しい。
俺も、好きだ。俺も、大好きだ!
でもさ!
これで消えて、いいか!?
2度目の人生をともに過ごすのは、俺でよかっただろうか?
いっぱい好きなことに好きって言って、嫌いなことを知っていった。すごく満たされた。私の決めた生き方はね、間違いなんかではなかったよ。
私は生きる歓びを知った。
だからもう、大丈夫。
彼女の幽霊が、消えてしまう。
じゃあね、陽斗くん。私と生きてくれて、ありがとう。
彼女が消えていくのはどこか浮世離れする光景だ。生身の人間の死と違って、失われる体温や目の光に、心をかき乱されることもない。ただ、彼女は生きたんだって。
跡形もなく、あっけなく消えた。だから、少しだけ、彼女のことをどうでもいいと思おうとしたら少しだけ思えそうに思って。でも確かに、俺たちはたくさん大事な話をした。一緒に笑った。やっぱりどうしたって、彼女との思い出は、忘れられない記憶だ。
人生の生き方を精一杯知全うしたあいつがいたことを、俺は生涯忘れることはないだろう。
俺は結局泣かなかった。もちろん悲しかったが、人が生きたということは、嬉しがってもいいもののはずだ。
好きと嫌いとをたくさん知った。
彼女は生きた。
それが、何より、嬉しく思う。
幽霊が成仏するときのお話です。
生きる歓び。