【連載版はじめました!】思ったよりも異世界が楽しすぎたので、このまま王都の片隅でポーションスタンドでも始めてのんびり暮らします。
ローブを纏った魔術師さん達が一斉に頭を下げた。
「「「ほんっ…とうーに、申し訳ありませんっ!」」」
背中を押されて前に出てきた魔術師さんが、気まずそうに愛想笑いを浮かべながら、「こ、これを……」と、私に革袋を押しつけてくる。
訳も分からないまま、小さい割にずっしりとした重みのある小袋を受け取ると、一番背が低くて、一人だけ白いローブ姿の魔術師さんがコホンと咳払いをした。
「幸い、神楽木様には『錬金術師』の適性がございます。大変汎用性の高いジョブですので食べていくのに困ることはないでしょう」
「いや、ちょっと待ってくださいっ! 急にそんなことを言われても……」
せめて仕事を紹介するなり、独り立ちできるまでは面倒を見るのが筋ではないか――と、必死に食い下がろうとするが、誰も私と目を合わそうとしない……。
「で、では、そういうことですので……今後の神楽木さまの生活が実り多きものになりますよう、我ら一同、心よりお祈り申し上げます――」
白ローブの魔術師さんが言い終えると同時に、お城の分厚い扉が閉まった。
「……は? 嘘でしょ?」
* * *
「はあ……何でこんなことに……」
見慣れぬ街を歩きながら、数時間前の出来事を思い返す。
――私は神楽木 凪。
山猫商事の営業部に勤める会社員、年は二十代とだけ言っておく。
いつものように、得意先を回り一段落したところで遅めのランチでも……と、お店を物色していたところ、なぜか足元から閃光が放たれ、気付くと不気味な石造りの部屋に立っていた。
先程の魔術師さん達が感嘆の声をあげ、「成功だ!」「聖女さまだ!」と口々に叫んでいたのを覚えている。
そして、あれよあれよと豪奢な椅子に座らされ、妙な水晶玉を持たされる私。
しかし、待てど暮らせど何かが起きる気配はなく、次第に魔術師さん達の顔が曇っていくのがわかった。
「これマズいよね……」「どうする?」
「上は?」「今更言えないだろう……」
ボソボソッと聞こえてくる不穏なワード。
彼等にとって、何か非常に好ましくない状況なのだろうと私は察していた。
しかし、このまま黙っていても仕方がない。
恐る恐る事情を尋ねてみると、どうやら聖女召喚というものを行ったらしい。
彼等の言い分は、大きく三つ。
『聖女の力を持った女性が現れるはずだった』
『聖女の力があれば水晶が輝くはずだった』
『聖女以外は召喚されないはずだった』
何とも無責任な言い訳にしか聞こえない。
しかも、元の世界に戻る方法はわからないと言う始末。
とりあえず、これからどうすればいいのかと問い詰めた結果が、先程の理不尽な対応なのだが……。
「はあ……」
漫画やアニメじゃあるまいし、異世界だなんてどうすりゃいいのよ⁉
あの様子だと、魔術師さん達は我関せずを貫くつもりだろう。
かと言って、この世界の勝手がわからないまま、下手に騒ぎを起こすのは危険だし……抗議するにしても、相手の状況をしっかり精査してからよね、うん。
それにしても……あぁもうっ! どこなのよここは⁉
まるで中東の街のような……。
街中に緑もあって、あれ? 意外と清潔っていうか……。
空も青く澄んでいる。
太陽はひとつ。真っ白な雲もある。
道も石畳で舗装され、大きな荷馬車や巨象に乗った人が行き交っている。
カラフルな染め物がずらっと干されて風になびく様は、私の中のオリエンタルなイメージそのままだった。
「何だか異世界っていうよりは……異国って感じ?」
街の大通りを歩いていると、次第に好奇心の方が勝ってきた。
道の両脇に並ぶ露店は、大勢のお客さんで賑わっている。
うー、見たいけど我慢我慢、この数の露店を回ってたら日が暮れてしまう。
日中は治安も良さそうだけど、たぶん夜は別の顔があるはずよね。
危険な地域の海外支社に来たとでも思って行動しなければ……。
「えっ⁉ 文字が読める……どうなってんの⁉」
なんと、驚くことに看板や店先の案内もなぜか読めてしまう。
言葉も通じるし、これ、いけるんじゃないかという思いが私の中に芽生えてくる。
ふと、看板の中に『錬金工房カレンG』や『魔導具ショップ ベン・リリベル』など、それっぽいワードを見つけた。
うーん、錬金術師か……。たしか、適性がどうとか言ってたわよね。
元の世界に戻る方法がわからない以上、この世界で生きるしかないわけだし……。
よしっ、ちょっと覗いてみようかな。
私は近くの『錬金工房カレンG』に入ってみた。
扉を開けると昔の喫茶店みたいに、カランコロンとベルの音が鳴る。
「……いらっしゃーい」
カウンターには、赤髪を後ろでひとつに縛った気怠げなお姉さんが座っていた。
私が小さく会釈をすると、向こうも会釈を返してくれる。
お姉さんは魚が死んだような目をして、緑色の粉末の分量を量っている。
何かの作業中かな? だいぶ疲れてるみたいだけど……。
私はお姉さんのことを気にしないようにして、店の中を見て回った。
店内の壁には棚があり、色とりどりの小瓶が並んでいる。
へぇ、ポーションか……香水瓶みたいで綺麗だなぁ。
いろんな形の瓶がある。色のバリエーションも豊富だ。
棚は『回復』『麻痺』『解毒』などの用途に分けられており、置かれた値札も銀三枚とか銀二十枚など、種類によってかなり違っている。
「どう? なかなか揃ってるでしょ?」
お姉さんが声を掛けてきた。
ハスキーな声がとても格好良い。
「あ、はい! というか……すみません、実はあまり良くわかってなくて……」
「ん?」
うーん、王城のことは言わない方がいっか……面倒な相手だと思われても嫌だし。
私は王城から放り出されたことは伏せ、錬金術師の適性があることと、まったくの初心者だということを説明した。
「なるほどねぇ……アンタ、名前は?」
「はい、神楽木 凪といいます」
「珍しい名前ね、何て呼べばいい?」
そう言って、カレンさんはカウンターに両肘を付き、両手に顎を乗せて私を見ながらニコッと微笑んだ。
ぐっ……び、美人だ……。
ちょっと顔がお疲れ気味だけど、ノーメイクでこのビジュは羨ましすぎる……。
「あ、では、ナギでお願いします」
「ナギね、私はカレン、よろしく」
「よろしくお願いします!」
「そうねぇ、一口に錬金術師と言っても、薬を煎じたり、金属錬成したり、仕事なんていくらでもあるんだけど……ナギは何をしてみたいの?」
「えっと、できるだけ簡単な仕事が良いんですが……」
「その選び方じゃ続かないわよ? 少しでも興味のあるものにしたら?」
そうか……たしかにそうだよね。
ふと、棚の可愛らしい小瓶に目がとまる。
「あの、わたしもこういう可愛い瓶でポーションをつくってみたいです!」
「おっ! この良さがわかる? ナギは見所があるわね」
カレンさんがカウンターから出て、棚のポーションを手に取る。
「ポーション用の瓶ってさ、普通は同じ物を使うんだよね。買う方も売る方も何かと便利だから。でも、家に置いておく物だし、私は可愛い瓶の方が良いと思って」
「わかりますっ!!」
私は何度も大きく頷いた。
家には好きなデザインの物しか置きたくない。
実用性も大事だけど、お気に入りの物の中にデザイン性を度外視した物がぽつんとある時のストレスったら……。
「あ、ありがと……そんなに同意してくれる人なんてナギが初めてよ」
「いえ、きっとみんな言わないだけですよ。可愛い方が良いに決まってますもん!」
「ふふっ……、ナギって面白いのね」
「そうですか……?」
「いいわ、ナギ可愛いし、ポーションの作り方を教えてあげる」
「えっ! いいんですかっ⁉」
「ええ、でもその代わり条件があるわ」
カレンさんの言葉に思わず身構える。
そんな私を見てカレンさんはクスッと笑った。
「そんなに構えなくて大丈夫だから、ちょっとこっちに来てくれる?」
「あ、はい……」
カウンターのカーテンを開けたカレンさんに「どうぞ」と中に通される。
「失礼します……うわぁ……!」
そこには木箱に入った大量の空き瓶と、たくさんの草が入った籠が置かれていた。
カレンさんはそれを見て「はぁ……」と大きくため息をつく。
「ご覧の通り、いま大口の発注が入っててね。もう猫の手も借りたいって状況なのよ……。だから、ナギが作ったポーションはウチで買い取らせてくれない?」
「それが……条件ですか?」
「ええ、何だか利用してるみたいで悪いんだけどさ……」
「そんなっ! 私からすればこんな良い条件ありませんっ!」
「そ、そうかしら?」
「はいっ! だって、作り方を教えてもらえて……しかも報酬もいただけるなんて、この世界に来て不安でしたけど、カレンさんのお陰でやっと希望が持てましたっ!」
「……この世界?」
「あ……」
やばい、つい口走ってしまった……。
「あ、いや! その……錬金術師の世界ってことですよ⁉ 職人っていうか、専門的な世界ですもんねぇ~、あはは……」
「まあ、そう言われるとそうかもねぇ」
危ない危ない……。
内心でホッと胸をなで下ろす。
「じゃあどうしよっか? 住むところもないのよね? 良かったら良い宿紹介するけど……」
「ほんとうですかっ⁉ ぜひっ!」
「OK、このカレン姉さんに任せなさい!」
お店を一旦閉めて、カレンさんは宿に案内してくれた。
なんていい人なんだろう……!
綺麗だし、頼りになるお姉様って感じ。
気を付けないと『好き』がどんどん加速してしまう……。
「なぁに? 顔に何か付いてる?」
「い、いえっ! カレンさんは王都に住んで長いんですか?」
「うーん、成人してすぐに田舎から出て来たから……もう十年くらいになるかな?」
「十年! お店もその時に?」
「ううん、最初は私もナギみたいに飛び込みで工房を回ったわ。でも、いくら錬金術師の適性があっても女はどこも門前払いでね……そんな中、私の師匠だけは何も知らない私を弟子にしてくれたのよ」
カレンさんは懐かしそうに笑って、
「だから、これは恩返しの意味もあるかな……」と呟く。
「そうだったんですか……」
「まあでも、一番の理由はナギが可愛いからだけど」と、カレンさんが悪戯っぽく笑って私の顔を覗き込む。
「ひゅんっ……⁉」
思わず耳まで真っ赤になってしまう。
違う扉が開きそうで怖いっ!
「ほら、着いたわよ」
案内されたのは大通りから一本奥へ入ったところにある宿屋。
その名も『リロンデル』、ツバメと言う意味らしい。
陽光に照らされた真っ白な化粧漆喰の壁と、蜂蜜色の窓枠の組み合わせ。
南国のリゾートっぽさと清涼感が半端ない。
「うわぁ……素敵ですね!」
「ふふっ、でしょ? 中も綺麗よ、行きましょう」
「はいっ!」
中に入ると、一階はバルとフロントが一緒になったような造りになっていた。
右手に宿泊客用の受付カウンター、左手には20席ほどのバルが広がっている。
ちらほらとお客さんもいて、美味しそうなパスタや肉料理とワインを楽しんでいた。
「一階は食事もできるから、夜に出歩かなくてもいいわ。この辺はまだ治安が良いけど、それでも夜は出歩かない方がいいからね」
「外に出ずに食事ができるのはありがたいです!」
奥から大柄な女将さん?が顔を見せた。
「おや、カレンじゃないか。あんたこんなとこで油売ってていいのかい? 精霊祭の準備は終わってるんだろうね?」
「あー、もぅテレサってば、それ言わないでよ。ちゃんと間に合わせるから……」
カレンさんが額を押さえながら小さく頭を振った。
「ならいいんだけどねぇ、おや、そっちの可愛らしいお嬢ちゃんは?」
「私、神楽木凪といいますっ! ナギって呼んでください」
何事も第一印象が肝心。
営業で培ったスマイルで丁寧に挨拶をする。
「ナギちゃんね、あたしはテレサ、このリロンデルの女王様だよ」
「じょ、女王様っ……⁉」
「はーっはっはっは! 冗談さ!」
腹を抱えて豪快に笑うテレサさん。
カレンさんがごめんねーって顔で私を見た後、
「ねぇテレサ、この子に部屋を用意してくれない?」と言った。
「お安い御用さ。二階は一泊銅5枚、三階は銀1枚だよ」
「どう違うんですか?」
「二階は素泊まり、三階は朝晩食事付。いまなら三階の角部屋が空いてるよ」
「じゃあ、その角部屋でお願いします」
「わかった、荷物は?」
「いえ、ありません」
そう答えると、テレサさんの目がギロリと光る。
「あんた……訳ありかい?」
「ひっ……!」
す、すごい迫力……!
「あー、テレサ、私が身元を保証する。大丈夫、ナギは良い子だよ」
カレンさんがそっと私の肩に手を置いてくれた。
「カレンさん……」
「はっはっは! 安心しな、ちょっと聞いただけさ。しかし、アンタがそこまで言うなんて珍しいじゃないか」
「でっしょ~? VIP待遇でお願いね?」
「ああ、任せな。ナギ、ほら部屋の鍵だよ」
「わぁ、ありがとうございます」
テレサさんが部屋の鍵を渡してくれる。
首紐が付いているので、なくさないように首に掛けておこう。
「で、何日くらい泊まるつもりだい?」
うーん、カレンさんからポーションの作り方を習って、自分でやっていけるようになるまではお世話になった方がいいかな。それに、住む場所も探さないと……。
「ポーションなら一ヶ月もあれば問題なく作れるようになるわ。まあ贅沢さえしなきゃ、一日一本、月に三十本も作れば十分食べていけるわよ?」
「なるほど……」
意外と最低限の生活を維持するハードルは低そうだ。
錬金術師の適性のお陰かな? 稼ぎやすい適性なのかもしれない。
暦的なものも、元の世界と同じだし……うん、ますますいけそうな気がしてきた!
「なんだい、カレンの弟子かい。なら、いま決めなくても、前金で払ってくれればいいさ。ゆっくり考えな」
「ちょ、テレサ、ナギは弟子ってわけじゃ……」
カレンさんが私を気遣うような目で見る。
だが、これはチャンス……私はカレンさんの弟子になりたい。
ここは強引にでも周りから固めていく!
「そうなんですよ、カレンさんの弟子なんです! じゃあ、とりあえず一ヶ月分を先にお支払いしておきますね」
私は有無を言わさず断言し、銀三十枚を数えてテレサさんに渡す。
「28、29……ああ、確かに受け取ったよ。食事は朝8時~10時、夜は18時~飲みの客が引くまで、そこのカウンターで注文しておくれ」
「はい、わかりました!」
カレンさんは複雑そうな表情で、
「ちょっとナギ、弟子っていいの?」と小声で聞いてくる。
「ダメでしょうか……?」
「い、いや、そういうわけじゃないんだけど……」
「では、《《弟子》》で!」
「あ、う、うん……でもねぇ……」
「カレンさん、弟子に気遣いは無用です」
「はあ、わかったわ……。でも、お願いだから『師匠』だなんて呼ばないでよ?」
「はいっ、わかってます、カレンさん!」
「もう……ナギったら調子良いんだから」
「ひひひ……」
「フンッ、青臭くて見てるこっちが恥ずかしくなるよ。アンタ達、飯はどうする? 何か食ってくかい?」
「いいの? テレサの手料理、久しぶりに食べたいわ!」
「わ、私も食べたいです……!」
「じゃあ、二人とも空いてる席に座りな」
「「はーい」」
テレサさんに言われて、私とカレンさんはバルの空いた席に座った。
カレンさんは嬉しそうに鼻歌を歌いながら料理を待っている。
「やったわね、ここの料理は美味しいって評判なのよ」
「そうなんですかっ⁉」
「ええ、今日のおすすめは……子牛の煮込みステーキ、これも絶品ね。もう身がトロけるくらい柔らかくてね、口に入れると濃厚なソースと肉汁が混ざって……」
「カレンさん、そこまでにしてください。も、もう……限界です」
お腹がぎゅるるると鳴る。
「あははっ! ナギってば、可愛い!」
カレンさんに聞かれてしまった……。
うぅ、恥ずかしい……。
そこに、テレサさんがステーキを持ってきてくれた。
「はい、お待たせ~。今日のおすすめだよ」
「これこれっ! ありがとうテレサ~!」
「きゃぁーっ! 美味しそう~!」
甘いソースの薫りの中に、香ばしい肉の焼けた匂いが合わさって、どうしようもなく食欲を掻き立てる。
「飲み物はワインでいいかい?」
「「はいっ!」」
「はっはっは! さあ、冷めないうちにお食べ」
テレサさんがワインをテーブルに置き、奥へ戻っていく。
私はカレンさんと目を合わせた。
「じゃあ、遠慮無く食べちゃおっか?」
「はいっ! いただきます!」
ゴクリと喉を鳴らしながら、分厚いステーキにナイフを入れる。
て、抵抗がない……なんて柔らかいんだろう⁉
元の世界でもこんなの食べたことないわ!
口に入れると旨味でほっぺたがぎゅぅっとつねられたみたいになる。
「ん~~~~っ!!!」
思わず足をバタバタさせてしまう。
「お、美味しいっ! なんですかこのお肉! ホロホロでジュワッと旨味が広がりますね……!」
「ふふっ、でしょ? 最高よね~」
私、異世界にいるんだよね?
ああ、こんなに幸せでいいんだろうか……。
「カレンさん……本当にありがとうございます」
「いっとくけど、大変なのはこれからなんだからね?」
「はいっ! よろしくお願いします、師匠!」
「だから師匠はやめろって言ってんのにっ!」
「「…………」」
二人で顔を見合わせて、どちらからともなく吹き出す。
「「あははは!」」
こうして、私の異世界生活は驚くほどスムーズに始まったのである。
§
異世界で迎える初めての朝――。
ピピョ、ピピョピョ、ピョピョ……。
「ん……んん……」
ヤバいっ、寝坊したかもっ⁉
慌てて上半身を起こす。
うぅ……眩しい……。
あれ? ここはどこ……?
肌に感じる空気感がいつもと違うような……。
目を開けた瞬間、飛び込んで来た光景に理解が追いつかなかった。
窓枠にとまったカラフルな小鳥たち。
その向こうに広がるオリエンタルな街並み。
――そうだった。
私、異世界に来たんだ……。
ベッドから降りて窓を開けると、一斉に小鳥たちが飛び立つ。
部屋の中にカラッとした心地よい風が吹き抜けた。
「ん~~~良い風っ! はぁ……天国だわ……」
なんて気持ちの良い朝だろう。
眠気も吹っ飛び、早く色々と見て回りたくてウズウズする!
こんなにワクワクするなんて何年ぶりかな……。
私は急いで着替えを済ませた後、部屋に鍵を掛け一階へ降りた。
今日は午前中にカレンさんと洋服を見に行く約束をしている。
召喚された時は、オフィスカジュアルな白シャツだった。
昨日、街を見た限り、白シャツならそんなに違和感はないと思う。
でも、せっかくの異世界なんだから、こっちのお洒落も楽しみたいと思うのが普通。
それに、今後のためにも、仕事用の服は揃えなきゃと思ってる。
それが終わったら、午後からはカレンさんのお店でポーション作りを始める予定だ。
さてさて、お楽しみの朝食は……。
バルに行くと、テレサさんが「おや、眠れたかい?」と声を掛けてくれた。
「はいっ! とっても寝心地が良くて久しぶりに熟睡できました~!」
「そりゃよかった。今日の朝食はパンとシチューだよ、もう食べるかい?」
「はい、お願いしますっ!」
やったぁ! シチューだ! どんな味がするんだろう。
それにしても、昨日のステーキ美味しかったなぁ……。
「パンはそこの籠から好きなのを取っとくれ」
そう言って、テレサさんが私の前に香り立つシチューを置いてくれた。
おぉ……ビーフシチューだ。
ごろっとした艶やかなお肉だけじゃなく、色とりどりの野菜がたっぷり入っている!
「ありがとうございます、わぁ……どうしよう、迷うなぁ……」
私は悩みに悩んだ後、籠からこんがりと焼き上がった短めのバゲットを選んだ。
「はぁ~っ、良い匂いっ! なんたる香ばしさ……!」
あぁっ、バゲットを通して呼吸し続けたい!
ん? 元の世界よりも、小麦の甘い香りが強い気がする。やっぱり小麦の種類も色々と違うんだろうか。落ち着いたら、自分でも焼いて食べ比べとかしてみよーっと。
ではでは……。
バゲットを一口大にちぎって、とろりとしたシチューに軽く浸して食べてみる。
「うっ……うまぁっ……!」
うまいっ! 濃厚でコクのあるシチュー、表面カリッとしたバゲットと食感、ほどよい塩味が絶妙にマッチしちゃってる!
しかも、このバゲット、噛めば噛むほどに小麦の甘みを感じる……!
うーん、たまらん。初日の朝食でこれってヤバくない⁉
明日以降が楽しみすぎるんだけど……メニュー表とかあるのかな?
私はバルの中を眺めながら、幸せを噛みしめる。
そういや、元の世界じゃこんな余裕なんてなかったな……。
いつもバタバタしてたし、食事もコンビニで済ますことがほとんど。
朝はいっつもイライラしてて、何かに追われるような感覚があった。
それがどうよ? 電車の時間も気にすることなく、こんなにも味わいながら食べられるなんて……最高では?
何か申し訳ない気持ちになるけど、今のところ異世界にメリットしか感じてない。
え? これ……元の世界に戻る必要あるかな?
どう考えても、こっちの方が幸せなんだけど……。
「どうだい? 気に入ったかい?」
テレサさんが様子を見に来てくれた。
「ごちそうさまです! それはもう……最高で――あぁっ⁉」
ど、どうしよう……いつの間にかシャツにシチューがっ!
うわぁ……これはシミになっちゃうかぁ……。
まあ、この後、洋服買いに行くし……はあ、仕方ないよね。
「なにしてんだい、ナギは生活魔法を使えないのかい?」
「へ? 生活魔法……?」
「ったく、弟子だってのに、カレンの奴は何を教えてんだか。ほら、見せてごらん」
テレサさんがシミに手を翳して『洗浄』と唱えると、光の渦のようなものが現れ、シミを綺麗に消し去ってしまった。
「ええぇええーーーっ⁉」
「アンタ、魔法も知らないって……見かけによらず苦労してきたんだねぇ」と、テレサさんが心配そうな目をする。
「あ、いえ、まあ、はい……」
うーん、特に苦労はしてないんだけど、まあ、ここは流れに任せよう。
「あはは……ありがとうございます。そうだ、私も魔法を使えたりしますかね?」
「ああ、魔法協会で取得すれば使えるさ。カレンの弟子っていうくらいなんだから、ナギは錬金術師の適性があるんだろ? なら問題ないと思うけどねぇ」
「なるほど……魔法協会ですか」
「使える魔法には個人差があるけどね。ま、心配しなくても、生活魔法なら誰でも使えるよ」
これは真っ先にカレンさんに相談しなければ!
生活魔法は是非とも取得しておきたい……洗浄って体にも使えるのかな?
だとすると、めちゃくちゃ便利だわ。
「ありがとうございます、カレンさんに相談してみます!」
「まあ、魔法も良いけど、この街には美味しい店がたくさんあるからね。いろいろと食べ歩いてみな」
「それは気になりますね……あ、でも、当分はここでいただくつもりです」
「フフッ、好きにしな」
テレサさんも良い人だなぁ……。
それに、マイホーム感っていうのかな。
何かお母さんって感じで、そばにいるだけで安心感がすごい。
それからしばらくの間、私は少し他のお客さんやテレサさんの仕事ぶりを眺めた後、食器をカウンターに置いて、テレサさんに「いってきまーす」と声を掛けた。
「あぁ、頑張んなー、気を付けるんだよ」
「はーい!」
こんな何気ないやり取りが嬉しい。
すごくあたたかい気持ちで心が満たされていく。
うーん、やっぱ異世界最高かも!
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