彼女の仮面が剥がれたとき、俺は恋に落ちた。
どんがらら、びしゃぁぁぁ!
空がそんな音を出して鳴いたあと、バケツをひっくり返したような雨が降り出した。
「え、まじで……」
夏の夕立はえげつないほどに降るなぁ、などと考えつつ会社の玄関を出たところで傘を開こうとしていたら、後ろから絶望を纏った声が聞こえた。
振り返ると、五年後輩の横山さんがいた。
女子力の塊だとか、ふわふわしていて守りたい! だとか、笑顔がかわいいだとか、仕事が丁寧だとか、諸々とプラスな噂しか出ない彼女が、普段は絶対にしないような顔をして外を見つめていた。
眉間と鼻にシワを寄せ、目は据わり、口はへの字。
明るめの茶いゆるふわウェーブショートとナチュラルメイク。
対比が凄い。
「はぁぁぁ……」
たぶん、俺の存在に気付いてないんだろう。ドアの影になりそうなところに立っているから。
俺は彼女の事を、対応も笑顔もふわふわしていて、何を考えているのかよくわからない女性、あざといと言われるようなタイプの女性、だと思っていた。
どちらかというと、嫌いな部類。
こんな露骨に不機嫌な顔をする子だとは思っていなかった。
「横山さん、バス通勤だっけ?」
「へあっ⁉ 近藤さん⁉」
会社の玄関の中に戻って彼女に話しかけてみると、一瞬焦ったような返事をしたものの、笑顔を貼り付けられた。
「あ、はい、バス通勤です」
「……五分くらい待ってて」
「え? こんど──」
傘をさして駐車場まで走り、会社の玄関まで戻ると、横山さんに車に乗るように言い、家まで送った。
車の中で彼女と話していると、勝手に思っていたようなふわふわな子ではなく、ちゃんと芯を持った真面目な女性だった。
俺は外見や表面的なところしか見ていなかったんだな、と深く反省し彼女に伝えると、ふふふっ、と彼女に笑われた。
なんとも自然で柔らかい顔に俺は魅入られてしまった。
「なんとなく、ですけど……『嫌われてそうだなぁ』とは思ってました」
仕事内容が少し違うので、同じ部署内にはいるものの、あまり関わりがなかったこともあって変に壁が出来ていたのかもしれないですね? と言われて、確かにと頷いた。
「あ、ここのアパートです。近藤さん、今日はありがとうございました」
横山さんを送り届けたあと、自宅に向かう一人きりの車内に少し寂しさを感じたような気がした。
昨日の雨は夜中前には止み、今朝は蜃気楼が出そうなほどの快晴だ。
「あっつー」
じわりと滲み出る汗をハンカチで拭いつつオフィスに入ると、横山さんにが小走りで近付いて来た。
「おはようございます!」
「おはよう」
「これ、昨日のお礼です」
可愛らしい包みを渡された。中身を聞くと、クッキーだと言われて、ふと思う。
「やっぱり、あざといな」
「近藤さん? 口に出てますよ」
「あ、すまん!」
慌てて謝ると、彼女がニヤリと笑って「まぁ、あざとくアピールはしてますけど?」と言って自分の席へと戻って行った。
たぶん、俺の顔は真っ赤な気がする。
昨日の雨が俺の人生に転機をもたらした、と言っても過言ではないだろう。
恋に落ちてしまったのは、疑いようもない事実だから。
─ おわり ─
閲覧ありがとうございます。
久々の現代恋愛。
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あと、作者大喜びです(∩´∀`)∩ワーイ
また、他作も気になるなと思ったそこの貴方!
大丈夫、短編わりとありますよ( ̄ー ̄)ドヤァ