08:限界のレン。
佐倉と木間の、お昼休みの事件は今日が終わっていないのに今日一日で一番ヤバかったと思っている。
もうあれだよな、あんなことをされるのは逆レイプと何ら変わりないと思っている童貞の俺氏。
それにそれを公衆の面前でするものだからかなりヤバいということを分かってほしい。
すでにR18だよ。男子諸君の中には前かがみになっている人たちもいたから、そういうことだよ。
幸い、今日は五限目が終われば帰ることができる。それにどういうわけか日向は教室に帰ってきていないから、誰も邪魔する奴はいない。
五限目を飛ばしてダンジョンに行こうと思ったが、少しだけ落ち着きたかったから五限目は受けて行くことにした。
それにしても、授業中であろうとも俺へと視線は突き刺さったままだ。
嫌悪、嫉妬、畏怖、疑惑、興味、称賛……称賛? 何だかおかしな視線が混じっているな。
ちなみに俺のこれはスキル『視線察知』の力であって自惚れというわけではない。
俺はレベルが高く、スキルポイントが腐るほど余っているから便利そうなスキルを手に入れているが、俺はユニークスキルもレアスキルも取得できず、誰でも取得できるスキルしか手に入れられない弱点があるから、あまり特殊なことはできない。
それはさておき、まだ今日一度も遭遇していない一番危なそうな彼女に会っていない。彼女が大人しくしているわけがない。
しかも彼女、大石だから授業中でも乗り込んでくると思ったのだが、学校は嵐の前の静寂のごとき静けさだ。
いや、これが普通なのだろうが……何か嫌な予感がしてならない。俺のあるか分からない第六感が今すぐに逃げろと言っているような……気がしなくもない。あるか分からないんだから分からない。
どう考えても仕方がないから、全く授業に集中していない生徒たちを前に涙目な女の先生の授業に、集中することにしよう。たぶん俺がいなくなれば解決するのに。
……あー、何だかこちらに向かってきている足音が聞こえてきたなぁ。スキル『聴覚強化』のおかげで良く聞こえる。
しかも何だか聞き覚えのある足音だなぁ。
「レン! いつまで待たせるつもりだ!」
授業中なのに扉を乱暴に開け放ったのは言うまでもなく大石モモ。
特に約束もしていないから、俺ではない誰かがレンという名前なのだろう。知らんぷりしておこう。
「おい、てめぇに言ってんだよ。レン。何シカトしてんだ? あ?」
扉の方を見ないようにしていたが、大石が俺の机に拳をめり込ませたことで大石の方を向くしかなかった。
「おい、何で俺の机に当たるんだよ。急に殴られるとか可哀想だろ」
「あ?」
「あっ、いえ、何でもないです」
軽い感じでそう言ったが、大石の眼光には敵わなかった。こいつの眼光は絶対に四十階層以下のモンスターばりだろ。
「……俺、大石と約束してたか?」
もうこの際だから他人のフリをしたりモブのフリをするのも白々しいと思うからやめにする。
「何言ってんだ? 今日あたし以外の四人と会ってんだろ?」
「まあ、会う……会っているかどうかは分からないが……」
「会ってんだろ?」
「はい」
「それならあたしと会うのは当たり前だろ。他のメスたちに遊ばれていかれてんのか?」
いやいかれているのどっち!? そんな理論知らんわ! でも大石がそう言って納得している俺がいるのが悔しい!
「それは悪かった」
「分かればいいんだよ。で? 他のメスに何されたんだ?」
「あー……」
「言っとくが、正直にてめぇの口から言わねぇと、どうなるか分かってんだろうな?」
「キスされたり、膝の上に座られてキスされたり、あーんされたり、咀嚼されたものを食べさせられてました!」
俺がいくら強かろうが、純粋な怖さや強さが大石にはあるよな。
まあそれは他のゲームヒロインたちにも言えることで、結局誰一人として断れていない時点でそういうことだよね。
最初は取引をして均衡を保っていたと思っていたのに、いつの間にか均衡は崩れていたよ……。
うん、本当にどうしたらいいんだろう……もうダンジョンにこもるか、こもろう! もう何も考えたくない! もうゲームヒロインで悩みたくない!
「チッ、腹立つな」
他のゲームヒロインと違って、大石は不快感を苛立ちで表現してくれるからまだマシだ。
どっちにしても怖いのは間違いないが。
「じゃあこの場でそれ以上のことをすれば帳消しだな」
「それ以上……それ以上はないな」
「は? あるだろ? セックスが」
「えっ……あ、あはは、またまた冗談を言わないでくださいよぉ、大石さぁん」
「冗談に聞こえたか?」
全く冗談に聞こえなかったから冗談にしようとしたんですよ。
「キスとは訳が違うだろ!? そんなことを人がいっぱいいるところでできるわけないだろ!? そもそもするか!」
「それなら他にキス以上のことが何かあんのか? ないならセックスだ」
「いや、いやいやいやいやいやいや! 有象無象にそれを見せるのはダメだろ!?」
「……ふぅん、あたしの裸を他の奴らに見られたくないんだ」
「……それはそうだろよ」
俺は俺じゃない誰かにゲームヒロインを引き取ってもらいたいと思っているが、それはゲームヒロインたちを蔑ろにしているわけではない。
出来る限り幸せになってほしいと思っているからこそ、そういうことはしてほしくはないわけだ。別に独占欲とかそういうことじゃないからね! 普通の人ならそう思うだろ。
「それなら心配すんな。あたしの裸を見た奴らは全員皆殺しにしてやるから」
「いや物騒すぎだろ。……ていうか大石は露出魔なのか?」
「んなわけないだろ。ただ……レンがあたしのものだって周りに分からせるためにするんだよ」
「そんなことで分からせるな。それにこちとら童貞なんだからこんなところで卒業したくないわ!」
「何言ってんだ? もう卒業してるぞ?」
大石の当然だろうと言わんばかりの言葉に、俺は固まる。
「……ま、またまたぁ、そんなわけないじゃないですかぁ。さっきの流れを汲んでくれたんですかぁ?」
「冗談だと、思うか?」
冗談に聞こえないな! ど、どういうこと!? ファーストキスも失われていて、童貞も卒業しているとか、いつ? どこで? 俺は催眠術にでもかけられているのか!?
もしかしたらゲームヒロインたちはすでに寝取られているとか、そういうことか!? それならそれでモブらしく寝取られた側で退場しよう! でもNTRは正直好きじゃないからやめてほしいところだが!
「あー、言うつもりなかったのになぁ」
えっ、普通に怖いんだけど。というか俺の童貞を返してくれぇ!
いや待て。ファーストキスも、童貞も、俺が忘れれば復活してくれる。処女膜とはたぶん違う。処女膜がどういうものかあまり分かっていないが。
よし、今日あったことは全部忘れよう。そうすれば誰もが幸せだ。
「帰る」
もう頭がダメになってきたからダンジョンに行こう。そうすれば調子は戻ってくる。
「ダメに決まってんだろ」
「手を放してくれ。もう頭がいっぱいで何も考えれる気がしない」
「それなら好都合だな。とりあえず、これでも飲んでろ」
何か飲ませてくれるのかと思って振り返ると、すぐそこに大石の顔があって、今日俺は五人目と唇を重ねることになった。
もうこれが人生の絶頂期だね。これからもう女性と縁がないですねぇ。それはとても残念だぁ。
と思っていると唇を無理やり舌でこじ開けられた俺の口の中に、大石の唾液が流れ込んでくる。
とても甘い気がするんだが、何か甘いものでも食べていたのだろうか。それよりも今は離れないといけないと思いながらも、間接キスでは絶対に味わえない快楽物質を体が求めていることに気が付いた。
「……離れろ」
「はっ、レンもその気になってるじゃねぇか」
「疲れてるから何も考えたくないんだよ」
あー……ダメだ―、もう頭がいかれてやがるぅ……こんなことをされてもあまり抵抗できていないぞぉ。
「行くぞ、お前が今知りたいことを教えてやるよ」
「……断る! もう大石たちに振り回されることはしない!」
今残っている気力を使い、頑なに断った。
これ以上ゲームヒロインたちに振り回されるわけにはいかない。もうモブとかそういうのを考えていたら何もできやしない。
「は? もう手遅れだろ」
「まだ分からない」
「そうか。それならそれもこれから向かうところに行けば分かると思うぞ?」
「……分かった」
一旦心を落ち着かせて大石の提案に乗ることにした。
それに俺がどうしてSランク冒険者になったのか、それにゲームヒロインたちがどうしてこんなことをし始めたのか、気になるところだったからな。
とりあえずまたツッコめる気力を回復させておこう。
「あの……授業中なんですけど……」
それは本当にごめんなさい、先生。