10:ヒロインの気持ち。
ゲームヒロインたちからの濃い説明を終え、Sランク冒険者の説明を筒路さんから一通り受けた。
やはりSランク冒険者になれば、魔石やドロップアイテムの換金率のアップ、クエスト報酬の上乗せ、武具の購入の支援金など破格な条件が揃っている。
ただ破格な条件がある代わりに、国から簡単に出れないことや自由に行動ができずらくなるというデメリットもある。
だから俺はSランク冒険者になりたくなかった。
Sランク冒険者になれば、他のダンジョンがある国に向かうことが難しくなるということだ。俺の目的は九つのダンジョンすべてを制覇することで、国間の移動が難しくなるということはその目的自体の達成が難しくなるということだ。
最悪レベルを上げてごり押しすればいいが、そのごり押しを対処できる人がいる可能性がゼロではない。
だからノーマルスキルしか習得できない俺には、ダンジョンで特殊なアイテムを獲得する以外に予防策はないということだ。
まあその辺は結構集まってきているから、記憶操作系の魔道具が手に入らなくてもそちらの道があると最悪な状況ではない。
そちらはね。
「やっぱり六人だとここは狭いわね。レンくんのためにも、誰か出て行った方がいいわよ?」
「それじゃあてめぇが出て行けよ」
「あっ、レン先輩の部屋に行ってきますね~」
「ダメに決まっているよ? 由美ちゃん」
「醜い……」
俺が住んでいるマンションの一室に、毎日この五人の中の誰かがいたわけだが、今日は全員が揃っているという珍しい光景が目の前に広がっていた。スーツケースや旅行バックを引き下げて。
しかも五人が仲良くしているわけじゃなくて、最悪の雰囲気なのが俺のお腹を痛めてくる。
こうなったらとことん俺の精神を追い込んできそうで怖いんだけど。ていうかこのままだと最悪の雰囲気のままだから俺が何とかするか。もう家にあげこんでいるし。
「少し言わせてくれ。……何で住むこと前提なんだよ!?」
えっ、今更何を言っているの? みたいな顔を五人からされましたね。
もうこの際どこまでもついて来られそうだから一緒に住むことは仕方がない。あちらが愛想を尽かせて他の男のところに行くのを待とう。
「一緒に住むのは分かった。だがここで六人は狭くて無理だから今日のところは家に帰って――」
「大丈夫よ。もう六人で住む家は用意しているから」
「……なら何で家に上がっているんですか?」
椿先輩の言葉に、もう俺は何も驚かないが一応突っ込んでおく。
「それはもちろん、レンくんを逃がさないためよ?」
「いやいや、逃げるわけがないですよ~」
逃げる気は満々だが、バカ正直に言うわけがない。
だがここに帰ってくるまでの間、ゲームヒロインたちが俺を逃がさないようにべったりと俺にくっついていたから、あまり隙はなさそうだ。
「あはっ、レンくんったら逃げる気満々だよね? 可愛いなぁ」
「そんなわけがない」
マジで内心を見透かしているような佐倉に心臓がバクバクする。
「あはっ、レンくん焦ってるね?」
「どこに焦る要素があるんだ?」
「そんな隠さなくていいんだよ? 私はレンくんの心情が手に取るように分かるスキル『白木レン:心情把握』を持っているから!」
えっ、何その特定の人物にしか有効じゃないスキルは?
「私は、『白木レン:位置把握』を持ってる」
「何の冗談だ? 日向。そもそもそんなスキルがあるわけがないだろ」
日向からもそんなことを言われたのだが、冗談だよな……?
「冗談なわけがないだろ。あたしは『白木レン:状況把握』を持ってる」
「私は『白木レン:五感把握』ですよ~」
「私は『白木レン:ステータス把握』よ。つまりは、レンくんは全員にある情報を握られているのよ」
えっ、何その怖い状況?
何を考えているのか知られて、どこにいるのか知られて、どういう情報を得ているのかを知られて、ステータスを知られているわけ? 状況把握がイマイチ分からないが。
というか白木レンのスキルツリーがあるってことか? そんなバカな話があるか。『剣士』とか『初級魔法』みたいな括りに『白木レン』があるってことだろ? 何かのギャグかよ。
「バカにしているようだけど、本当に『白木レン』のスキルツリーはあるよ?」
心情把握を持っている佐倉がそう言ってくるんだから本当なのだろうな。
……本当、なんだなぁ。だが俺は諦めない!
「冬花さん、レンくんがまだ信じていないようなのでとどめを刺してあげてください」
「えぇ、分かったわ」
あぁ、佐倉がヤバいぃ。そして椿先輩はステータス把握だったよな。今まで隠していたステータスがバレてしまう……! いや、Sランク冒険者になった時点で隠す必要は……隠さないとヤバいレベルじゃなければ、の話だな。
「レンくんのレベルは322で、スキルツリーは『剣士』と『中級魔法:雷魔法』を主にポイントを割り振っていて――」
「もう結構です! もう分かりましたぁ!」
あぁ、やっぱり本当だったのか。もうこの五人の前では隠し事をすることはできなさそう。
えっ、つまり逃げることもできなくなるってこと? えっ、それは本当にやばくないですか?
「……よし、分かった。話を聞こうじゃないか」
もうここまで来ればお互いに妥協点を見つけるしかない。
「話って何だよ。今ここで話すことなんかないだろ」
「いいや、俺たちはまだお互いに話をしていない。だからここで話すことで……お互いに納得できるかもしれない」
「いやいやレン先輩。先輩がいつまで経ってもモブでいたいとか言っているからこんなことになっているんですよ? レン先輩と私たちではお互いに納得できることはありませんよ~」
「うるせぇよ、モブでいたいって、ささやかな願いだろ……! ……まあもうモブにはなれないけど、今後どうなりたいか聞きたい」
俺はこいつらと関わりたくないし、ダンジョン攻略を進めたいと思っている。
だがそれに反することをしているのがこのゲームヒロインたちだから、ゲームヒロインたちにそこのところを聞くことにした。
「学園を卒業したら冒険者ギルドの月光騎士団に一緒に入ってもらいたいわね。もちろんレンくんが入りたくないと言うのなら、専業主夫になってもらっても構わないわ。他の女の子とお遊びしてもいいけど、私が一番じゃないと許さないわ。一番じゃなくなったら……体に教えてあげる」
「誘われているギルドはいくつかあるけど、レンくんがダンジョン攻略をしたいならダンジョン攻略専門の冒険者になってもいいかも! それからできる限りじゃなくて、ずっと一緒にいたいなぁ。朝起きてから、夜寝るまで、トレイでもお風呂でも、ずっと……。他の女の子と仲良くするなら、私の前でしてね?」
「あたしはダンジョン攻略以外に特にやりたいことはないからな。ダンジョン攻略をしていくことになるだろうな。あたしとなら世界中の九つのダンジョンを攻略できるように手配してやる。だが、他の女に目を移した瞬間にてめぇはお家であたしの帰りを待つことだけになるだろうな」
「子供は三人、ペットは二人までなら大丈夫。でも、ペットに構いすぎるとペットを殺しちゃうかも」
「先輩が向ける感情から、先輩が落とす髪の毛や先輩が吐く息まで、それらすべてが欲しいんですよ。他の女の人に感情を向けるのも嫌ですし、言葉を交わすことすら嫌です。ですから、レン先輩は私と自給自足をするために田舎に住みましょう」
うーむ、なんと言ったらいいだろうか。とりあえずは、俺が彼女らの誰かとくっついたら、その時点でイベント関係なく自由は存在しなくなるな。
どいつもこいつもぶっ飛んでやがるから本当に嫌になる。というか誰か一人を選んだとして、こいつらは納得するのだろうか疑問だ。
「あー……全員の意見を尊重することはできないから、ちょっとだけ時間と距離をおいて頭を冷やした方がいいと思うなぁ、なんて」
「ありえないわ」
「ありえないよ!」
「ありえねぇだろ」
「それは、無理」
「ありえないですねぇ~」
「そうですか……」
まあこんな提案が飲まれるわけがないよな。分かってた。
「じゃあ聞くが、俺がこの中の誰かを選ぶとして、納得するのか?」
「何を言っているの? レンくん。私たちの将来は、レンくんと一緒にいるか死ぬしかないんだよ?」
さもそれが当たり前かのように言っている佐倉にゾッとした。しかもそれを他のゲームヒロインたちも否定していないところを見ると、冗談のように見えない。
俺は彼女たちが死んでまで離れたいとか、そういうわけではない。むしろ彼女たちには幸せになってほしいと思っている。
だけど俺では幸せにできないと思うからこそ、他の人に行ってほしいと思っている。……まあ、面倒ごとに巻き込まれたくないということが四割くらいあるが。
「んっ……!」
何やら佐倉が顔を赤くしているのだが、風邪か?
「それなら、ハーレムという選択肢はあるのか?」
「レン、自分たちが一番じゃないといけないって言っているのにハーレムが許されると思ってんのか?」
一番否定的な感じの大石にそう聞くと、まあ予想通りの答えが返ってきた。
ヤンデレハーレムと考えると無理ゲー感が半端ないな。ヤンデレ同士も仲良くないと成立しなさそう。
それか俺がハーレムじゃないと認めないという意思を示せば、どうなるかは分からないが、これからゲームヒロインたちにいい出会いがないとは言い切れない。
何が一番いい選択肢とか、そういうのは恋愛経験がなくていつの間にか童貞を卒業していた俺には分からないことだ。
でも、ゲームヒロインには幸せになってもらいたいという気持ちだけはあるから、結論に至れない。
「ご、ごめんなさい! ちょっと離れます!」
考え込んでいると、急に佐倉がこの場から離れた。
「私もちょっと離席するわ」
「あっ、私も気になるので追いかけてきますね~」
それに続いて椿先輩と木間が出て行った。
残されたのは日向と大石であるが、大石は何やら苛立っている様子だった。
「レンくん」
「何だ?」
「レンくんは、好きな人がいる?」
日向からそう聞かれたが、色恋沙汰に全く手を出したことがないから答えるとしたらこれだ。
「いないな。今まで好きになった人はいない」
「そうなんだ。恋愛をしたい、とかは思ってる?」
「まあ……人並みには」
ウソだ。二度目の人生を受けてから、特に恋愛とか結婚とか、そういう感情はなくなっていると感じている。
一度目でダメだったんだから、二度目もダメだろうという諦めが先行してしまうのもあるだろう。
「それなら、まだ私たちにもチャンスはあるね」
そんなことを笑顔で言っている日向だが、選ばなかったりすれば死んだりするんだろう? それなら俺のやるべき選択肢は一つだろ。
どうせ俺のせい? ……そこら辺は分からないが、俺が彼女たちをこうさせてしまったのなら、俺が責任を取るしかない。
佐倉と椿先輩と木間という一年生、二年生、三年生の学年が揃った三人が帰ってきたことで、俺は一番に口を開く。
「よく分かった。キミたちがそんなことを言うのなら、俺がキミたち全員を貰う」
「あぁ、それはもう決まっていることだから」
「……うん?」
俺の決意の言葉は椿先輩の言葉で一気に霧散しただろうな。
「だって、私たちがレンくんを取り合おうと殺し合いをすれば、レンくんは悲しむでしょ?」
「まぁ……そうですね」
ゲームヒロインが殺し合うとかいう絵面は見たくないからな。
「だから私たちは五人で協定を結んで、五人でレンくんを囲うことにしたの」
「……それで納得しているんですか?」
「納得するわけないじゃない。これは妥協したのよ。……妥協したのに放っておかれたら、どうなるかは分からないわよ?」
あぁ、殺し合いが起こるんですか? もうそこまで言うんだったら殺し合いが起きるとハッキリと言ってくださいよ。
……はぁ、まあ殺し合いが起こらないのなら一旦こうするしかないか。
「愛しているわ、レンくん」
「絶対に放さないよ! レンくん」
「レン先輩、ずっと一緒にいてくださいね」
「死ぬまで、死んでからもずっと一緒だぞ、レン」
「レンくん、好き。大好き」