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【書籍化】太っちょ貴族は迷宮でワルツを踊る  作者: 風見鶏
第三章

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太っちょ貴族は情報屋から噂話を買う


 はやる気持ちはもちろんあれど、それで急ぐことに利が少ないということも、ふたりは理解している。

 迷宮では体力と精神力をいかに温存するかが探索時間に直結している。


 迷宮の安全地帯である休憩部屋では、肩肘を張って行儀の良い冒険者と、だらしないほどくつろいでいる冒険者に分かれる。その区分けはたいてい、初心者と熟練者ということになる。


 だらしない冒険者が傍目には衆目を気にもせずやる気もない放漫者に思えても、内実は彼らこそが迷宮探索を理解している。

 休めるときこそ、思いきり休む。心身を回復させてまた挑む。それが怪我も少なく成果を上げるコツのようなものであるらしい、とミトロフは観察から知見を得た。


 14階の階段前の広場で、カヌレが作ってくれた大皿料理を心ゆくまで堪能しているのは、そのためである。

 決して、自分の食い意地が張っているわけではない。

 誰に向けるわけでもない言い訳を唱えながら、ミトロフは最後の肉を食べ終え、ナプキンで丁寧に口を拭った。


「美味かった。いちじくのソースが素晴らしい」

「はい。市場で早摘みのいちじくを見かけて。まだ実が硬いようでしたので、ソースにと」

「そうか、もういちじくの季節か」


 カヌレの大鞄の容量の一端を、携帯用の調理器具と持ち込んだ食材が埋めている。

 通常ならば重いからと割愛される物であるが、カヌレは料理を作ることを愛好しており、ミトロフは食うことに目がない。


 ふたりの理念が一致した結果、休憩のたびにカヌレは調理器具を広げ、ミトロフはナプキンを襟首にたくし込み、迷宮内でレストランさながらの光景が広げられるのであった。


 そんなふたりを初めてみた冒険者などは目を丸くしているが、すでに見慣れた顔だと平然としている者も多い。会話をしたことはなくとも、互いに顔を覚えているくらいの間柄は増えてくるものだ。


 冒険者たちは事情を抱えている者が多い。職業としてはあまり真っ当とは言えないからだ。規律に馴染めずに社会からはみ出したならず者たちの受け皿でもあるが、そうした者ですら、迷宮を深く潜るうちに自ずと規律に従うようになっていく。彼らは規律を嫌うのではなく、誰かが決めた規律を押し付けられることを嫌う。


 冒険者は誰もが自分たちに適した規律を定め、従っていく。

 だからこそだろうか、他人に不可侵のような空気感がある。


 誰もが自分の規律を大事にしている。故に、他人の持つ規律を尊重する意識を持つようである。


 カヌレが大鞄から道具と食材を広げて調理を始め、ミトロフがそれをナイフとフォークで優雅に平らげようと、冒険者たちは我関せずと自分の規律を守る。配慮された無関心さこそが冒険者の良さなのかもしれない、とミトロフは思うようになった。


 汚れた食器類は布に包んで小袋に分ける。カヌレが食後の紅茶をティーカップに注ぐ。ミトロフがそれを受け取ったとき、男がひとり、近づいてきた。


「やあやあ、おふたりさん、おっと、僕は怪しいものじゃない。情報屋だ。どうだい、情報はいらないかい」


 カップを片手にミトロフが目を向ければ、男は人好きのする明るい笑みを浮かべている。

 若者と大人の間に腰掛けているような顔つきに、耳には鉛筆。癖の強い栗毛をひとつに結んでいる。武器も防具もなく、冒険者と呼ぶのは似つかわしくない雰囲気である。


「情報屋? こんなところで情報を売っているのか」

「ちっちっち。迷宮の情報は迷宮の中で集める。それがいちばん新鮮で美味しい情報が集まるんだ。情報も料理も出来立てがいちばん。そう思わないかい、ミトロフくん」


 さらりと名前を呼ばれ、ミトロフは眉間に皺を寄せた。


「……ぼくの名前はどこに売ってるんだ?」

「お得意先はあちこちにあってね。売るも買うも。でも心配しないでくれ。情報と言っても、僕は噂専門––––冒険者の退屈な休憩時間を楽しませる仕事をしているのさ」

「迷宮の道化師というところか?」

「さすが貴族。話が早い。迷宮の道化師って響きは良いな、もらった」


 男は耳に乗せていた鉛筆を取って手帳にメモをする。

 自分の出自も知られているらしい、とミトロフは目を細める。

 王宮に務める道化師の仕事は、退屈した権力者を楽しませることだ。ときに芸をし、ときに面白おかしい冗談を言い、巷の刺激的な話を集めては耳打ちをしている。


「よし、これでいい……さて、ミトロフくん、なにか楽しい情報はいらないかな」

「この茶葉は香りが青いな」


 ミトロフは視線を向けず、ゆるく目を閉じたまま紅茶の香りを楽しんだ。


「巷で流行っている茶葉だそうです」

「ほう、街ではこうした風味が流行なのか」


 ミトロフは紅茶を啜ってからカップをおいた。


「……うーん、落ち着きがすごい。これが貴族の振る舞いってやつなのかな」

「たとえばどんな風に楽しませてくれるというんだ」


 なにかを売り込んでくる人間に対して、とりあえず紅茶を楽しんでから、至極どうでもいいという余裕を持ちながら話を進める。それは貴族の基本の構えである。

 男はミトロフの歳からぬ落ち着いた態度に苦笑しながら、手帳をペラペラとめくった。


「最近のおすすめだと……ギルドの受付嬢の人気順位……あ、だめ? じゃあ13階に現れる女の亡霊……これも違う? 大斧使いロッソのパーティ面接失敗連続記録更新とか……情報に厳しいね? いやいや、まだまだあるよ……これはどうだい、魔剣の噂……お、興味を持ったようだね」


 ミトロフとしては表情も変わらぬように気をつけていたつもりだが、相手も慣れたものらしい。事実、ミトロフはちょっと心惹かれていた。見抜かれしまった以上は意地を張っても仕方ない。


「……その情報はいくらになる?」

「初噂特別価格だ、安くしておくよ」


 告げられた価格はたしかに安い。まあ、その程度の小銭なら、とミトロフは財布の紐を解いた。

 男は受け取った銅貨を確認するとポケットにしまい、手帳をめくった。


「さて、さて……一応訊ねるけど、魔剣がどういうものかは知ってるかい?」

「剣の形をした”迷宮の遺物”だろう?」

「的確な説明だ。古代人たちが作った、魔力を宿した不可思議な剣だね。その製法も素材も未だ不明のまま。ドワーフが分からないっていうんだから、もう誰にもお手上げ状態なのさ」

「……これまでに五本の魔剣が見つかっているそうです」


 カヌレが捕捉するようにミトロフに言う。


「よくご存知。正確には”報告されている魔剣が”五本。そのうちの三本はそれぞれの国が管理し、一本は魔術師の塔、一本は教会の神殿、って話だね」

「では、六本目の魔剣がここで見つかったと?」

「こんな話がある」


 と、男はしゃがみこんでミトロフと視線を合わせると、急に声を潜めた。周りにはとても聴かせられない内密の話である……かのように。


「その冒険者が迷宮14階……そう、この階を探索中、突然、横道から現れた”水晶蜥蜴”に襲われた。こいつはもっと地下に棲む手強い魔物だ。どうも”裏道”を通って上に迷い込んだらしい。名前通り、身体を水晶で覆われていて、絶対に斬れないんだ。こいつを倒すためだけに、冒険者たちはメイスを持って行く」


 男はミトロフの興味がどれほどかを確かめるように目を見つめている。ミトロフはちょっとだけ聞き入っている。


「冒険者はひとりだった。しかも武器は剣だけ。これは逃げねばと分かっていても、襲撃されたときに脚を怪我した。応戦しても剣は弾かれ、これは無理かと諦めたとき」

「……どうなった?」


 言葉を止めた男に思わずミトロフが訊く。


「––––夕日に目が眩んだ、と」

「夕日?」


 ミトロフは訝しげに目を細めた。


「まるで夕日のように赤い斜光が目に飛び込んできたそうだ。次に目を開けたときには、”水晶蜥蜴”は真っ二つになっていたらしい。斬れないはずの水晶が、斬られていたってわけだ」

「……ほう?」

「お、疑ってるね? まあまあ、とりあえず最後まで聞きなよ。冒険者は光で目が霞んでいたせいで、よく見えなかったと言ってる。でも、たしかにそこに、誰か立っていた。剣を手にしていたと」

「それが魔剣だと?」

「目も眩むような光、そして切断された水晶。それはもう、魔剣でしかないだろう?」


 男は自分で話しながらも心躍るというふうに目を輝かせている。

 ミトロフは少しばかり懐疑的だ。


「魔法ではないのか」

「魔法剣のことかな? 魔法を剣身に纏わせるっていう。そんなことができるのは修練を積んだ一部の騎士だけだろうさ」


 騎士、という言葉に、ミトロフはふとカヌレを見た。彼女はフードを深く被ったまま反応を見せない。


「その冒険者は、絶対にあれは”魔剣使い”だと信じているんだよ。誰かが新たな魔剣を見つけて、それを内密にしているんだ、と」

「……確かに、興味深い話だ」


 魔剣。

 その言葉はどうしてか男心をくすぐる。冒険者として日々剣を振るうものであれば、強大な力を秘める剣を求める気持ちを理解できるだろう。


「だが、あくまでも噂だろう。魔剣など、そうそう見つかるものでもあるまい」


 規模の大小はあれど、大陸中に迷宮が存在する。何十年と冒険者たちが迷宮に潜り続けて、ようやく五本。それしか見つかっていないのだ。

 ミトロフの疑いの目に、男はずい、と肩を寄せてくる。周囲をやたらに警戒したかと思うと、懐に手を入れた。


「……これは、僕の個人的な趣味で手に入れたものでね」


 思わせぶりなことを言いながら取り出したのは、


「男は水晶蜥蜴の死体から水晶を砕いて持ち帰った。証拠がなければ自分の話など、誰も信じないと思ったんだ……」


 深い青の水晶である。自然の物とは思えぬほどに美しい断面で構成されている。しかし一面のみ、不自然なほどに広い面を見せていた。切り口は斜めに、そして融解したかのような不自然な跡が残っている。


「これが、魔剣で斬られた痕跡さ」


 ミトロフは目を奪われた。もちろん水晶を加工する技術はある。削り、割り、整えることで飾りとする。

 目の前にある水晶の断面は、そうして加工による物とは違う……なぜかそうと分かる。それは断面が”斬られた”ものであると、そう思わせる迫力があるからかもしれない。そこに尋常でない力の余韻が残っているように思えた。


「考えてもごらんよ。魔剣を見つけたなんて報告したって、教会やら魔術師の塔やらに無理やり持っていかれるだけさ。だったら内緒にしよう……誰だってそう考えるだろう? 報告されていない魔剣が何本も見つかってる……そんな話は、昔から後を絶たないね」


 男は水晶を懐に戻し、それじゃ、と笑顔で立ち去った。目で追ってみると、また別の冒険者に話しかけ、しゃがんでこっそりと水晶を見せているようである。


 本当に情報を売っているのか、誰かに話したくてたまらないのか、それがミトロフには気になったくらいである。


「……魔剣、か。まるで物語のようだ。噂が本当なら見てみたいが」


 しかし噂というのは信頼の置けないものである。胡散臭いだけか、と紅茶を啜ったミトロフに、カヌレは苦笑した。


「もし本当であれば、わたしも見てみたいものですが。関わりたいとは思わない者も多いでしょうね」


 魔剣にはひとつ、あの男が話す必要もないほど有名な噂がある。


「魔剣は”死と不幸”をもたらす、か。恐いもの見たさ、ということになってしまうな。迂闊に首をつっこまない方が身のためか……」


 もし仮に、とミトロフは考える。

 噂の魔剣が本当に存在したとして。それをすでに誰かが使っているということになる。持ち主が善人ならまだしも、悪人だった場合には、大層な危険人物であることは間違いない。


「……魔剣が人格を乗っ取るという俗説は、本当だろうか?」

「分かりません。魔剣の話にはどうしても胡乱さが付き纏いますので」


 魔剣を振るった伝説というのは残っているが、どれも大きな尾鰭がついているように思える。今では何十年と大事に隠され、安置され、御神体のように飾られているのが魔剣である。

 魔剣が強大な力を持っている……それすらも、日々の退屈に飽き飽きした人々が面白半分で広めた噂なのかもしれない。


 ミトロフはぬるくなった紅茶を飲み干した。

 おもむろに懐から手帳を取り出すと、ページをめくり、ちびた鉛筆で数字を書き込む。


「ミトロフさま、それは……?」

「金を使ったからな、書いておかねば。勘定科目は情報料でいいだろう」


 流麗な筆記体で書き留めると、鉛筆を挟んだまま手帳をたたみ、また懐に戻した。


「魔剣はたしかに心惹かれる。だが空想よりも一枚の銀貨の方が心を動かすものだ。薬草を探しに行こう」


 少しばかり変わった方面で庶民慣れしてきたミトロフの姿に、カヌレはくすりと微笑んだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] 凄い庶民的な台詞なのに、なんか決まってるから不思議。 相変わらずミトロフかっこいいなぁ。
[良い点] 更新お待ちしておりました!!!ミトロフ達の冒険がまた読めることに感謝します。
[良い点] 待ってましたー!(>∀<*) 相変わらず良い意味で上流階級な二人の冒険が楽しみです!
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