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太っちょ貴族はレイピアを構える



 地下三階への階段を降りながら、ミトロフはレイピアの柄釘を指で探り、緩んでいないかを確認した。

 昨夜、グラシエとギルドで解散して部屋に戻ると、ミトロフはすぐに寝入った。疲労は思ったよりも身体の芯に溜まっていたらしく、夢も見ないほど深い眠りだった。


 起きたときには昼も間近で、それはグラシエとの待ち合わせの時間を意味した。

 道中の屋台で軽食を腹に詰め込み、迷宮に潜っている。


 昨日と違うのは、同行者がいるということだった。

 二人で挑めば、ゴブリンの相手は容易いものだ。


 狩人であるグラシエの弓の腕前は優れている。暗闇だというのに目も鋭く、一方的にゴブリンを見つけては、静かにその頭を射抜いてしまう。

 ここまで、ミトロフは剣を抜いていなかった。身体を慣らす間もなく、未知の地下三階へと降りることに、少なからず不安を感じていた。


「地下三階にはどんな魔物がいるんだろう。知ってる?」


 先を降りるグラシエの後頭部に声をかける。グラシエは振り返らず、返事だけがあった


「ゴブリンと、ファングと呼ばれる狼がおるという。基本的に単独で行動するものらしいがの、優れた個体が群れを統率していることもあると聞いた」

「群れか。それはちょっと怖いな」

「その場合はできるだけ逃げるほうがいいであろうな。二人では持て余すわ」


 どれほどの群れかにもよるだろうが、いかに小型といえど狼である。甘く見ることはできない。


「そういえば、昇華の影響はどうじゃ? 痛みとか、違和感は残っておらんか?」

「忘れてた」


 昨日、コボルドを倒したことで、二人は昇華と呼ばれる成長を得ていた。目の前で拳を握ったり、腕を回してみたりと確認するが、大きな変化はないように思える。


「これ、なにか変わったのかな」

「われは少し、力が強くなった。それに身体の中に活力が満ちているような感じがするぞ」


 なるほど、と頷いてみる。

 グラシエが言うのであれば、間違いなく昇華の影響はあるのだろう。

 ミトロフ自身が感じ取れていないだけかもしれない。


 階段を抜けると、部屋一つ分ほどの広場がある。左右に通路が伸びている。階段まわりは魔物に狙われやすいために、先人たちが念入りに拠点を固めてくれているようだった。

 布を広げた商人が傷薬や携帯食などを売っている。壁際で座って休憩している冒険者たちも見える。


 賑やかとは言えないが、しんと静まり返ったような寂しげな空間でもない。すぐ外で命を掛けて戦う場所とは思えない。

 もっと深く潜るようになれば、こうした広場での商人や、他の冒険者との物々交換にも頼ることになるだろう。

 今はミトロフもグラシエも素通りし、通路に踏み込んでいく。


 見かけは地下二階と代わり映えがない。石造りの壁と床。後から据えられたランタンが廊下の先までずっと照らしている。

 魔物の影も見えないのは、先に踏み込んだ冒険者たちに掃討されているのかもしれない。


「魔物は、限りがあるってわけじゃない、よね?」


 ミトロフは先を歩くグラシエに訊いた。


「何度殲滅しても、どこかから湧いてくるらしい。学者がいくら研究してもいまだに解明されていない謎ばかりの場所じゃよ」

「そのおかげで僕らは今日の糧を得られるわけだ」

「さっそく、魔物が出てきたぞ。あれがファングじゃろう」


 グラシエはすっと腰を落とし、背に結んだ矢筒から矢を引き抜いた。弓につがえる。

 その鋭い青瞳には、廊下の先の闇に潜む狼が見えているらしい。

 ミトロフも目を凝らしてはみるが、分からない。


 ひゅ、っと風切る音が響いた。

 矢は壁に掛けられたランタンの灯りを弾きながら暗闇の一角に吸い込まれる。


 呻き声のような低い悲鳴が聞こえたかと思うと、灯りの中に狼が姿を見せた。

 首に突き立った矢を噛もうとしてぐるりと顔を背ける。しかし届かず、その苛立ちを背負って、猛然とこちらに向けて走ってくる。


 ミトロフはレイピアを抜き放って前に出た。

 グラシエも短剣を使うが、本職は狩人である。索敵し、弓で先制を食らわせる。それからミトロフが前衛を務める。


 昨夜、食事をしながら話し合った作戦である。

 ここまではグラシエの卓越した弓術によって、ミトロフの出番はなかったが、ついに剣を抜く時が来た。

 狼は地を這うように走る。速い、とミトロフは唸った。


 距離があるからこそ落ち着けるが、近距離まで接近されると、あの速さに振り回されてしまいそうだ。特に、身体の重いミトロフとは相性が悪い。


 ミトロフは気合を入れて、剣先を前に突き出す。半身となって、重心は右足へ。左手は腹の前に添える。


 貴族が決闘を行うために磨いた、刺突剣の流派のひとつである。


 鋭く細いレイピアは、打ち合い切り払うこともできるが、やはり本領は刺突にある。鋭く最短の点を撃ち抜くその剣技は、一撃必殺を探求した技術である。


 ファングが近づいてくる。

 ミトロフは柄を引いて胸元に寄せた。切先はブレず、ファングに狙いを定めている。


 三メートルはある距離で、ファングは跳んだ。

 薄汚れてはいても鋭い牙が並んだ口を大きく開き、ミトロフの首に食いつこうと狙っている。理性など感じさせない黄色く濁った瞳を、ミトロフは見据えている。



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