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【書籍化】太っちょ貴族は迷宮でワルツを踊る  作者: 風見鶏
第二章

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太っちょ貴族は小盾講座を受講する


 冒険者の多くは気づかないが、ギルドには小さな中庭がある。休憩場所でもなく、観光のためでもない。むき出しの地面には草の一本も生えておらず、ただただ運動場として使えるようになっている。


 受付嬢が手配してくれたおかげで、ミトロフは大して待たずに盾の講座を受講することができた。何時からと予定が決まっているわけではなく、希望者がいて、講師の手が空いていれば、随時開催されるらしい。


 時間を決めていたころもあったというが、参加希望者がまったく集まらないことの方が多かったために、今の形に変更されたのだという。

 そのため中庭にはミトロフと、講師役の男しかいない。ふたりは向かい合い、互いを観察していた。


「なんだ、久しぶりの受講者は太っちょのガキか」


 初老の男は気怠げな瞳でミトロフを眺め、左手に持っていた酒瓶を煽った。

 口の端から漏れた琥珀色の酒が無精髭の顎を流れ、シャツの襟を濡らした。幾日着古せばそうなるのだろうと、ミトロフが疑問を抱くほどに汚れている。


 男の立ち姿はひょろりと頼りなく、猫背気味で姿勢が悪い。灰色と黒の入り混じった髪は長く伸び、脂で絡まっている。そこから獣耳が生えているが、片耳は途中で歪な形で途切れている。


 講師、と紹介されたが、ミトロフには獣人の浮浪者にしか見えない。


「俺はソン。お前に技術を教えてやるのが仕事だ」

「ぼくはミトロフだ」

「いい、いい。名前なんざ覚えやしない」


 ソンはぞんざいに答えながら、右手に持った細い棒切れでミトロフの左腕を指した。


「小盾の扱いが知りたいって?」

「……ああ」

「なにを相手にしてる」


 ソンはミトロフに目線も向けず、興味もなさげに酒を飲んだ。


「小刀兎と剣角兎だ」

「避けられなきゃ盾を持つ。考える頭はあってよかったな」


 ハッ、と笑い飛ばされる。

 明らかな嘲弄に、ミトロフは目を細めた。


 何なのだ、という感情が込み上げてくる。真剣に、生きるために技術を学ぼうとここに来て、講師と名乗るのは浮浪者のような身なりをした酒浸りの男。そして理由もなく嘲弄され、思わず一歩を踏み出し、


「ぼくは馬鹿にされるためにここにきたんじゃ」

「構えろ」

「なに?」


 ぴゅう。

 やけに軽い音がした。


「––––防げ、盾を持ってんだろ」


 ミトロフは驚きに目を丸くする。

 ソンが棒を振ったのだ。その先端はすでにミトロフの肩に当てられている。


 速い––––いや、遅い?

 ソンは腕を軽く振っただけだ。見えていたはずだ。しかしミトロフには反応ができなかった。


 ほんの一瞬の間に思考と現実がずれてしまった混乱に思考をとられ、ミトロフは肩に当たる棒を見つめて動きを止めた。


「どんなものにも区分がある。ミルク、エール、ワイン、蒸留酒とでもしておこう。お前はミルクだ」


 ソンはミトロフを気にした様子もなく、肩から棒をどけた。


「ミルクのお前がやることは単純だ。攻撃がいつ、どこに来るかを見る。そこに盾を置くか、置かないかを選ぶ」


 再び棒が振られる。今度こそミトロフはそれを盾で受けた。


「それでいい。受け流すだとか弾くだとか、そんなことは考えるな。お前はミルクだ。いいな」

「……これが講習?」

「なんだ、騎士さまが魔法の呪文でも教えてくれると思ったか?」


 再び風音。棒が振られる。今度は右。

 ミトロフは咄嗟に身体を捻り、盾を当てた。


「今のは避けろ。そこからどう動くつもりだ?」


 言われて自分の体勢を確認すれば、たしかに不自然だった。盾を持った左腕で右半身を守るために、腰から捻れている。


「小盾はなんでも防ぐ盾じゃない。必要なときだけ、最小限に使うもんだ。そこを理解しない馬鹿が、小盾は役立たずだと騒ぐ」


 ミトロフは喉を詰まらせた。言葉も出ない。ミトロフ自身、大盾の劣化品という程度の認識でしかなかったからだ。


「……その必要なときを、どう判断するんだ?」

「勘だ」

「なんだって?」


 冗談でも言っているのかと思ったが、ソンは表情も変えていない。

 酒を煽って唇を腕で拭うと、ミトロフの視線に片眉を上げて答えた。


「今、お前がこの棒を防いだとき、考えたか?」

「……いや」

「見て、考えて、身体を動かし、防ぐ。それじゃ遅い。反射で動く。それしかない」

「なら、どうやって使い方を、いや見分け方を覚えるんだ」


 ミトロフが訊くと、ソンは肩をすくめた。そして右手に持った棒切れを上下に振って見せた。


「身体で覚えるんだよ。分かるだろ、太っちょ」


 ぴゅん、と風切り音が鳴った。




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