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【書籍化】太っちょ貴族は迷宮でワルツを踊る  作者: 風見鶏
第二章

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太っちょ貴族は家計簿をつける


「家計簿、ですか?」


 カヌレは紅茶を淹れる手を止め、わずかに首を傾げた。深く被ったフードは濃い陰をつくって、顔をすっかり隠している。


 声音は軽やかで少女然としているが、全身をすっぽりと覆う外套のために、その容姿は少しもわからない。

 事実、布の下にあるのは白骨の身体であり、フードに隠されているのは骸骨頭だった。迷宮から産出された遺物による呪いのために、スケルトンの姿になってしまった少女である。


「昨日、よくよく考えた。ぼくは自分の金のやりくりを記録せねば、と」

「なるほど、それは必要なことですね」


 カヌレはひとつ頷き、カップに紅茶を注ぎ、ミトロフに差し出した。

 ミトロフは礼を言って受け取り、湯気をあげる紅茶の水面を見つめる。


 周囲は賑やかな声が反響している。


 そこは迷宮の地下10階であった。9階から降りたばかりの階段前には小部屋がある。多くの冒険者が座り込み、食事や休息に時間をあてている。


「この紅茶は、いくらなんだろう? いつもカヌレに甘えてしまっているが」

「気にしないでください。わたしが好きで用意していますから」

「いや。これはパーティの物資だ。ぼくが出そう」

「それではパーティとしての帳簿も必要になりませんか?」

「むっ……いや、そうか。ぼく個人の資金と分けて管理せねばならないのは当然だな」

「ミトロフさまは、なにか商売をなさろうとお考えに?」

「いや、そんなことはちっとも」

「それは失礼いたしました。冒険者の方は、そこまで帳簿だ、資金管理だとは意識されておられないでしょうから、気になって」


 ミトロフは紅茶を啜る。相変わらず、カヌレが淹れた紅茶は味が良い。


「迷宮にも慣れてきたからな。金のことを考える余裕ができた。冒険者としてちゃんと稼がねばと、そう思っている」 

「稼ぐといえば、冒険者の方々は税を納めていらっしゃるのでしょうか? わたしもまた、どこかで納めるように手続きが必要に……?」


 商人には税が掛けられている。パン職人も、鍛冶屋も、古着屋も、その売上に応じた税を年に一度、領主に納める。

 カヌレの質問に、ミトロフは笑って頷いた。


「分かりづらいだろうが、迷宮にはいくつもの税が掛けられている。冒険者も当然、税を払っているな」

「わたしは払った覚えがありません」

「ギルドが徴収している。冒険者が持ち帰った迷宮の産出物をギルドが買い取る。そのときに支払われる金から、事前に税金分が引かれているんだ」

「ギルドがそんなことを? 迷宮と冒険者を管理している組織だとばかり……」

「もちろんそれが本業だ。だが、本質は迷宮に関わる金の勘定をする組織なんだ。迷宮はいわば天領……その税収はすべて国に直結している。冒険者が増えれば増えるほど国は喜ぶ」


 貴族というのもまた、本質的には同じ存在だとミトロフは思う。伝統だ、血統だ、誇りだ名誉だと語ってはいるが、つまりは国に––––王家に納める金を代理で集めて管理する役目に過ぎない。


「どこもかしこも、金のために構造を作り、金のために動いている。自由と言ったって、金がなければどうにもならないな……」 


 ミトロフはため息をつく。

 地位がなくなり、肩書きがなくなり、金がなくなり。


 自由だけは手に入れたと思っていたが、その自由にも金がいる。

 武器の手入れにも、防具にも。応急手当ての道具にも、迷宮内に持ち込む物資にも。怪我をすれば施療院に行き、治るまでは収入がなくなるために備えがいる。


「冒険者というのも、世知辛い仕事だ」

「……あの、お金がご入用なのでしたら、わたしへの配分を減らしていただいても」


 カヌレがおずおずと言う。ミトロフはもちろん断った。


「そんなことはしない。カヌレにはずいぶん助けられている」


 ミトロフの相棒であったグラシエが故郷に戻ってしまったことで、ミトロフはまたソロの冒険者になる覚悟をしていた。元々、カヌレは荷物持ち……ポーターとしてパーティに加わっていたからだ。


 カヌレはその姿のために、冒険者として登録することは難しい。審査の緩いポーターという役職は変わらないまま、しかしカヌレの申し出により、今では戦闘に参加していた。


 迷宮の遺物から受けた呪いは、姿だけでなく魔物に比する怪力を与えている。

 その怪力を活かして、カヌレは丸盾を構え、あらゆる敵の攻撃を防ぐ“タンク“の役目を担っている。


「君の働きに報いるためにも、ぼくはもっと稼ぎたいと思っている」

「……そのお言葉だけで過分なほどです。呪われたこの身をパーティとして受け入れて頂いているだけで、感謝に絶えないのですから。わたしのことはお気になさいませんように」


 フードの奥から聞こえる声は少女のように軽やかで、語り調子は柔らかだ。

 カヌレがどんな身分で、どこで生活していたのかは知らない。訊いてもいない。


 しかしその振る舞いや知識、言葉の選び方まで、明らかに市井の器ではなく、ミトロフは自分と同じく貴族に関わるものではないかと考えていた。地位の高い者の従者だった、ということもあり得る。


 どんな事情にせよ、茶を片手に迷宮の中で話せるようなことでもない。カヌレはその話題を避けているようだし、ミトロフもまた無理には聞き出すことをしない心づもりだ。


 だが若い女性が、あるいは少女が、呪いのために人生を歪められてしまったこと。その容姿がまるで魔物であり、それゆえに姿を見られれば迫害されるに違いない状況であることに、ミトロフは胸を突かれるような痛みを感じる。


 迷宮の遺物による呪いだからこそ、解呪の手続きもまた迷宮にあろう。


 カヌレはその望みを探し求め、ミトロフと共に迷宮に潜っているのだ。

 ミトロフはカップに残った紅茶をぐいと飲み干し、立ち上がった。


 カヌレの目的を果たすためにも、金は必要だ。金はあればあるほどいい。装備が整えばそれだけ命に余裕が生まれる。良い宿で休めば活力が満ちる。美味い飯を食えば身体も心も膨らむ。


「先に進もう」


 そして金を稼ぐ方法は、迷宮に潜り続けることでしかない。



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[一言] 待ってました。 嬉しいです。
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