太っちょ貴族は友達を見舞う
ギルドに併設された施療院に見舞いに行くと、ミケルはすでに身体を起こしていた。
「よお! 命の恩人さまじゃんか!」
とミケルがミトロフに手をあげる。その声も表情も元気そのものだが、両足は包帯と添え木で動かないようにされている。
「……大怪我だな」
「そりゃ生き埋めになったからな、生きてるだけマシだって。レオナがすぐに治癒してくれたおかげですぐに元通りになるってさ」
「あの神官の女性か。治癒の祈祷があってよかったよ、本当に」
「トロルで生き埋めは最悪の死に方だよな!」
「笑いごとじゃないんだぞ。こっちは本当に命の危機を感じたんだ」
ゲラゲラと笑うミケルを、ミトロフはじとりと睨んだ。
仕留めたトロルに押し潰されたミトロフは、実際、死にかけた。あまりに巨体のトロルは重すぎたのだ。贅肉がミトロフの顔を圧迫することで息も難しく、瓦礫と肉に挟まれて人生を終えるところだった。
カヌレに助け出されていた神官の女性が、ドワーフの戦士を治癒していた。そしてカヌレと二人がかりでトロルを持ち上げてくれたのだ。
治癒の祈祷といえども、その場で完璧に怪我を治せるわけではない。ミケルなどは両足の骨を折る重傷だったために、迷宮から戻って数日が経ったいまでも、こうして医務室で治療を受けている。
「で、トロルの"行進"はどうなった?」
とミケルが訊いた。
「すでにギルドが対処したと通告があったよ。高ランクの冒険者を集めて、討伐されたらしい」
「ちぇっ! おれも行きたかったな。"行進"なんてめったにないのに」
「迷宮に詳しくないのだが、"行進"というのは異常事態なんだろう?」
「そりゃそうさ、魔物の中に王が生まれて、そいつに統率される形で他の階を侵略するんだ。んな頻繁に起きてたらめちゃくちゃになる」
なるほど、とミトロフは頷いた。
ギルドの受付嬢から、今回の話の顛末は聞いていた。
無事にトロルの"王"を討伐したから、事態は収拾されるだろう、と。青鹿が狩り尽くされていたのは、異常に数を増やしつつあったトロルたちが食料としていたらしい。
普通はトロルの数など増えれば早々にわかるものだが、今回、トロル達は"王"の指示で迷宮の横穴に巣を作ったのだという。静かに、着実に数を増やしていたばかりに、気づく者がいなかったのだ。
ミトロフたちが出くわしたのと同時に、あちこちでトロルの姿が見られたという。
運よく深層の探索から戻ってきていた冒険者たちがいたおかげで、迅速にトロルたちを制圧できたが、時期が悪ければ大変な混乱になったかもしれないと、受付嬢は言っていた。
「そういや、お前たちが倒したトロル、"緋熊"を食ってたんだって?」
「ああ、熊の腕を武器にしてた。あれは怖かった」
「そいつ、目は赤かったか?」
「ああ、赤かった。知ってるのか?」
「"変異体"だな。"行進"よりもレアだぞ、多分。魔物がより強い魔物を喰らうことで"昇華"した存在だと言われてる」
「魔物も"昇華"を……?」
それではまるで冒険者じゃないか、という驚き。けれど同時に納得もできる。あの赤目のトロルは、強かった。並のトロルとは比べ物にならない。守護者である"緋熊"を倒したことでより強力な存在に生まれ変わっていたのだろう。
「なあ、ミトロフ」
と、ミケルは急に改まった顔をした。
「ありがとうな、マジで。お前のおかげで仲間の命が助かった」
シンプルな言葉だった。だからミケルの感情がまっすぐに伝わってくる。
ミトロフは右手をミケルの肩に寄せ、どうするべきかと何度か悩み、慣れていないことに戸惑う力加減で、ぽんぽんとミケルの肩を叩いた。
「––––冒険者は助け合うもの、なんだろう?」
ミケルは苦笑した。
「ああ、そうだよ。助け合いだ。今度はおれが助けてやるからな、待ってろよ」
「まずはその両脚を治してから、だな。それじゃ風呂にも入れないだろう」
「そうなんだよ! くそう、はやく風呂に入りてえなあ。ミルクエールが恋しいぜ」
ミトロフとミケルは顔を見合わせ、笑い合った。




