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太っちょ貴族はお宝にちょっと落胆する


「……おかしいのう」


 と、グラシエが言う。休憩室を出てから一時間ほど、迷宮内を回っていた。

 二度、黄土猪と出会った。冒険者ともすれ違った。


「"青鹿"をさっぱり見かけぬ」

「珍しいのか?」

「いいや。青鹿のほうが多いくらいだと聞いたがのう」


 ミトロフとしては、黄土猪で活躍できない分、青鹿を狩るために奮闘しようと考えていた。それが見つからないとなると、単純に肩透かしである。


 黄土猪の戦利品はもう十分である。カヌレは紐で括った牙の束を背負っているが、あまりに荷物が増えればいざというときに動きが悪くなってしまう。


 青鹿と戦い、その生態を確認できれば、もう引き返して構わないという状態なのだが、その青鹿がさっぱり現れない。


「……見つからぬことには仕方ないのう。戻るか」


 ミトロフもカヌレも異論はなかった。

 ミトロフはあまり疲労を感じていなかった。黄土猪はグラシエの領分であったし、コボルドやファングなどの相手には慣れている。


 しかし今日、初めて迷宮に潜ることになったカヌレの様子は気にかかる。平然とした振る舞いをしているように見えるが、顔はフードですっぽりと隠れているし、骸骨頭から顔色を窺う、というのも難しい。


 自分が迷宮に入ったときの心労や消耗を鑑みると、戦闘に参加していないとはいえ、そろそろ地上に戻るほうが良いだろうとは思う。


 3人は来た道を戻っていく。相変わらず黄土猪の姿は見かけるものの、青鹿は影も形もないばかりだ。4階に上がれば、コボルドとファングの相手でミトロフが忙しくなった。

 つつがなく地上に戻る。


 カヌレがまとめていた荷物を買取査定に出し、その待ち時間にグラシエが受付嬢に話を訊いた。受付嬢は鼻からずり落ちた大きな眼鏡を押し上げながら苦笑している。


「実はその件も調査中なんです。ここしばらく青鹿が減少しているという報告はあったのですが、ついにめっきり姿を見なくなってしまったという話で」

「……めっきり?」とグラシエが繰り返す。

「はい、めっきり」と受付嬢は笑顔で答える。

「それは、異常事態じゃないのか?」


 ミトロフの質問に、受付嬢は「あはは」と笑った。


「正直なところ、分からないんです。そもそも私たちは迷宮のことをほとんど理解していません。なぜ魔物が生息しているのか、なぜ倒しても数が戻るのか、地下に何があるのか……平常が分からない以上、どこからを異常事態と判断するべきか困るんです。それに」


 と一拍置いて。


「これが異常事態だったとしても、解決法がわかりません」


 はっきりと言われてしまう。

 ミトロフは「ぶっ」と鼻を詰まらせ、それもそうか、と頷いた。


 ギルドとて、迷宮のあらゆることを知っているわけではないし、魔物の生態系を管理しているわけでもない。彼らの仕事は迷宮に潜る冒険者の管理であり、その探索の補助と、産出物の買取である。魔物がいなくなろうと、それをどうこうできるわけではなかった。


 受付嬢の元に、作業服を着た小人ホビットが駆け寄り、書類を渡した。


「あ、査定部から評価がきました。ご確認ください」


 ミトロフが受け取り、ざっと査定を眺める。当然ではあるが、これまでの探索でもっとも実入りのよい結果となった。黄土猪の角は悪くない値段だ。


 それをグラシエとカヌレに共有してから、サインをした。受付嬢が現金の用意をしながら、「あ、そういえば」と話題を変えた。


「先日、鑑定を依頼された遺物の本ですが、"魔法のマジック・ブック"であると判明しました」

「ほう、それは高そうだな」


 迷宮や異物には疎いミトロフですら、魔法の書については知っている。古代の叡智が記されたその本を開けば、理を越えた奇跡––––魔法を使用できるという。


 かといって常人がすぐに使えるわけではなく、魔術師の塔で厳しい訓練を受けた者だけに許された秘術だと言う。


 お宝と呼んで間違いないだろうことに、ミトロフは鼻息も荒くしたのだが、受付嬢は眼鏡をずり下げつつ苦笑した。


「珍しいことには間違いないのですが、中身に記されていたのが、"映像照射ライカリール"だったそうで。魔術師の塔ではあまり求められていない"生活魔法コモン"ですから、ご期待ほどの値打ちではないかもしれません」

「……む、そうか」


 遺物の魔法の書であっても、やはりピンキリはあるらしい。密かに期待していたこともあって、そこまでの価値ではないとわかると、やはりがっくりはくる。


「いかがしましょう? 魔術師の塔に買取を依頼するか、ギルドのオークションに出品することもできますが」


 ミトロフはグラシエに振り返る。ふたりで見つけたものである以上、一存で決定することはできない。

 しかし、グラシエはミトロフと受付嬢のやりとりにちっとも気を払わず、わずかに俯いて何やら考え込んでいる様子だった。


「グラシエ、どうする?」

「……ん? なにがじゃ」

「魔法の書だよ。オークションに出すこともできるぞ」

「われはそうした金銭の仕組みの詳しくないでな。ミトロフが決めるほうが良かろう」


 と気もそぞろに答える。

 どうにも気にかかる、とミトロフは顎肉を揉んだ。


「とりあえず、保留でいいか。しばらく預かっててもらえると助かるんだが」

「分かりました。でも早めにご回答をお願いしますね。では、こちら、今回の買取金です」


 ミトロフは金を受け取り、グラシエとカヌレを連れてカウンターを離れた。




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