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【書籍化】太っちょ貴族は迷宮でワルツを踊る  作者: 風見鶏
第一章

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28/112

太っちょ貴族は新しい階層へ挑む


 小部屋に入り、階段を降りながら、グラシエはミトロフに肩を寄せた。


「気にするでないぞ、ミトロフ」

「してないよ。ただ、ちょっと驚いたんだ」


 小首を傾げるグラシエに、ミトロフは言う。


「……僕は、今までこんな気持ちを抱いたことがなかったんだ。誰にも期待されなかったし、無能だと思われてきた。それをどうとも思わずに受け入れてきた」


 父、兄、使用人たち。貴族の社交場で出会う年頃の少年少女たち。


 立場は低く、能力もなく、丸々と太った自分は、出会うすべての人に見下され、遠回しな社交辞令で馬鹿にされてきた。


 そしてそれを、ミトロフも否定しなかった。そうしようと思わなかった。彼らの言うことはもっともなのだ、と思った。


「だけどさっき、僕は、悔しかったんだ。見返したい、僕はもっとやれる、それを証明して理解させたいと思った」


 思わず、ミトロフは胸を押さえた。

 心臓の鼓動。その奥に、未だかつてないほどの熱がある。渦巻いた熱はミトロフの全身に送り出され、血液を沸騰させ続けているようだ。


「僕は、あのトロルを倒したい。さっきのパーティーに奪われたくない。あのトロルは、僕の獲物だ––––って、こんなにこだわるのは、おかしいだろうか」


 ミトロフはふと、不安になった。かつてないほどの激情に、ミトロフ自身が戸惑っている。感情の扱い方に悩むのだ。

 訊ねられたグラシエは青い瞳を細める。水面に反射した夏の日差しかのようにミトロフを見る。


「……おぬしもやはり、男の子なんじゃのう」

「負けず嫌いのバカってこと?」

「その通り。そしてそれは、狩人にも冒険者にも必要な気持ちじゃろう。父もそうであった」


 ふ、ふ。と笑みをこぼし。

 良きかな、とグラシエは言った。


「われらもトロルを探そうではないか。あやつに手傷をつけたのはわれらが先。たしかに間違いなく、あれはわれらの獲物よ」

「……でも、いいのか? 危険だろうし、5階層は」


 グラシエの求めるものがある場所なのに、と。その言葉は言えなかった。

 グラシエが人差し指の先をミトロフの唇に当て、しっ、と止めたのだ。


「男の子は、己の矜持を守るために戦わねばならぬ時があるという。ミトロフ、おぬしにとってはそれが今なのじゃろう。これは大事なことじゃ」

「そうか。そうなのかもしれない……ありがとう」

「なあに、われとて、先だっては何もできなかったゆえな。憂さを晴らす良い機会じゃ」


 二人で顔を見合わせ、笑い合う。

 そこにおずおずと、大変申し訳ないのですが、という口ぶりで、声がかかった。


「あの……どういう事情なのか、お聞きしてもよろしいですか……すみません、良い雰囲気のところを……」

「そ、そうであったな! カヌレにもちゃんと説明しておかねばなるまい! じゃが良い雰囲気などでは決してないからの! 誤解せぬように!」


 と白い頬に朱をさしながら、グラシエが一から説明をする。

 それをミトロフもまた聞きながら、ついに5階層へと降り立ったのだった。


   φ


 石造りなのはこれまでとは変わらず、しかし奇妙に張り詰めた気配を感じる。新たな魔物が巣食う場に足を踏み入れたせいかもしれない。あるいは、この階を支配している守護者という存在の影響力だろうか。

 景色は変わらずとも、3人の心構えはいくらか改まるものがある。


「この階に出るのは、”青鹿”と"黄土猪"じゃの。これらと戦って経験を積みながら、トロルを探索する、という形で進もう」


 ミトロフもカヌレも反対する意見もなく、頷きを返して通路を進む。

 階段を降りてすぐの小部屋は、これまで通り冒険者のための休憩部屋となっていた。3人はひとまず通りすぎ、まずは魔物を探す。


 青鹿も黄土猪も、コボルドや狼とはまったく違った魔物である。どれだけ早く適応できるかによって、迷宮の探索の難易度も時間も大きく変わる。

 やがて、通路の横幅が広くなる。これまでも両手を広げた大人が横に3人並べるほどの余裕はあったが、今ではそれが5人、6人と呼べるほどに広い。


 そして壁はまるで何かに削られたように緩やかな弧を描き、さながら洞窟のような風体となりつつある。ランタンの光に生まれた陰影が凸凹と歪み、ミトロフはふとそれが牙で削られた跡であるように思えた。


「なあ、グラシエ、これは」

「しっ」


 と、グラシエが鋭く止めた。

 中腰となって通路の奥を青い瞳で注視する。


 ミトロフもカヌレも気づく。この先にいるのだ、と。


「気づかれておる……突っ込んでくるぞ!」


 直後に、聞こえる。硬い蹄が石畳を踏みしめて蹴飛ばすように駆けてくる音である。

 ミトロフもその姿をついに見た。


「黄土猪か!」


 名の通り毛並みは薄汚れた黄土の色。体高はグラシエの背丈と変わらず、横幅はミトロフに負けず劣らない。口の端から生えた二本の牙が弧を描いて上向きに伸びている。フゴ、フゴ、と荒い吐息を響かせながら、巨体が真っ直ぐにこちらを狙ってくる。


「カヌレ! 避けろ!」



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