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【書籍化】太っちょ貴族は迷宮でワルツを踊る  作者: 風見鶏
第三章

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太っちょ貴族はもう一度始める



 朝のギルドには活気と疲労が入り混じっている。


 汚れのない装備に身を包み、これから迷宮に挑む冒険者と。

 汚れと疲労と怪我を抱え、それでも満足げな顔をした冒険者と。

 そして何かを失い、歯を食いしばり、見えぬ重荷を背負って歩く冒険者と。


 幾人もとすれ違いながら、ミトロフたちは受付カウンターに向かう。すでに顔馴染みになっている受付嬢が笑みを浮かべ、ずれ落ちた丸眼鏡を押し上げた。


「またお揃いになったのですね」

「ああ、今日からはまた3人だ」


 ミトロフは後ろに立つふたりに顔を向けた。


 ひとりはエルフの狩人である。弓の名手であり、優れた判断力と冷静さを持ち合わせている。筋力強化という昇華によって必殺の一射を操り、銀の風のように俊敏だ。


 ひとりは骨身の騎士である。丸盾を自在に使いこなし、類まれな忍耐力と戦闘において揺らがぬ精神を身につけている。迷宮の呪いによって比類なき怪力を宿しており、彼女の守りは鉄のように堅い。


「お三人は正式にパーティーとなるそうですね。ええと、あ、カード2枚をお渡しするようになっております」


 受付嬢は手元の書類に目を通し、引き出しからカードを取り出した。差し出されたカードを、ミトロフが受け取る。

 一枚はカヌレの名が刻まれた冒険者カードである。それをカヌレに差し出す。


 カヌレは手を差し伸ばし、触れる前に一瞬、ためらいを見せた。その視線がミトロフを見上げている。ミトロフはフードに隠れたカヌレの瞳に頷いて見せた。

 黒革の指がカードを取った。


「これでカヌレも正式な冒険者じゃのう」


 からからと笑うグラシエの声。

 カヌレは頷き、大切なものを守るようにカードを胸に抱いた。


 ミトロフの手に残ったもう1枚のカードは、個人の冒険者カードよりひと回り大きい。銀板の淵には金細工の縁取りがされ、中央には三人の名前が刻まれている。


 どうやらあのハシャスメという職員は抜かりなく手続きをしてくれたらしい。ひっくり返して裏面を見れば、そこには羽印が刻まれていた。

 ミトロフは首を傾げる。


 第三階層に至った時に、ミトロフのカードには羽印が打刻された。それは迷宮の縦穴を行き来する大昇降機を利用するための手形である。その羽印は素朴な物だったが、このカードに記されているのは金の二枚羽であった。


「そちらは大昇降機の利用許可証になります。提示して頂ければ無料で利用できます」

「無料!?」


 ミトロフは大昇降機に憧れながら、その利用料の高さゆえに乗れずにいたのだ。身につけ始めた庶民感覚が、無料という言葉の素晴らしさを理解させてくれる。


「い、良いのか……乗っても……」

「? はい。どうぞご存分に」


 ミトロフはパーティーカードを両手で握りしめ、素晴らしい贈り物をもらったかのように眺めた。どうやらハシャスメからの”見舞い”のおまけであるようだ。


「パーティー名の登録もあるのですが、どうなさいますか?」

「あ」


 受付嬢の声に、ミトロフは意識を取り戻す。パーティー名を決めるのをすっかり失念していた。ミトロフは振り返り、どうしようかと訊ねた。


「おぬしが長じゃ。好きにせよミトロフ」

「ミトロフさまのお気に召すままに」


 一任され、ミトロフはぐっ、と悩み込んだ。

 貴族の常套手段、一度持ち帰って検討する、という手もあったが、女性ふたりを前にしては、決断力のあるところを見せたいというのがミトロフの意地だった。


 頭の中で言葉を探す。古い言語で響きの良いものや、神話に登場する聖剣の名前などを提案しかけたが、ミトロフはギリギリで踏みとどまった。


 改めて自分たちにしっくりくるものを見つけようと目を閉じてしばらく、ふと言葉が浮かんだが、それはやはり食事に関わる言葉だった。


「––––”アミューズ”というのはどうだろう」

「ほう、どんな意味じゃ?」

「コース料理の最初のひと皿……”大切なはじまり”のことだ」


 グラシエとカヌレは顔を見合わせ、互いに頷き合った。


「良きかな」

「良い名前であるかと」

「よし」


 賛同を得られ、ミトロフはパーティーカードを受付嬢に戻し、名前を告げた。


 受付嬢は受け取ったカードを活版機に挟んだ。棚から取り出した古びた箱の中に小さな棒がぎっしりと並んでおり、ひとつひとつが文字の型となっている。手早く文字を拾い上げて活版機に並べ、レバーを押し下げると、金属が打刻される軽やかな音が響いた。


 どうぞ、と返されたパーティーカードの最上部に”アミューズ”と名が刻まれている。

 たったひとつの単語が加わっただけだというのに、それが胸を温かくした。自分たちが改めてひとつに纏まったこと、そしてここからまた、冒険が始まるのだと。


 ミトロフは振り返り、パーティーカードをふたりに差し向けた。


「ふたりとも、決して後悔はさせない」


 意気込んだ様子のミトロフに、グラシエが柔らかく笑いかける。


「のう、ミトロフや。冒険者は助け合い––––そう言うたじゃろう。おぬしだけが背負うことはなにもない。われもカヌレも、おぬしを助けたいと思っておる。守りたいと思っておる。おぬしもそうじゃろう? そんな人間が三人も揃えば、ほれ、恐れるものはなにもないとは思わんか」


 グラシエの言葉は、ミトロフが無意識に作り始めていた心の結び目をそっとほどいてしまったようである。

 どこかで気負っていたものがすとんと落ちてしまう。たしかに、とミトロフは思う。


 ぼくひとりで出来ることは、たかがしれているのかもしれない。迷宮に巣食う魔物は強敵ばかりだ。”魔族”と呼ばれる恐ろしい存在もいる。そんな場所で、ひとりで気張って剣を振るったとして、どれほど戦えるものだろう。


 ひとりでは行けない場所にまでも、3人ならきっと行ける……この3人なら。


 ミトロフは笑った。


 グラシエもカヌレも、初めて見る笑顔だった。年相応のあどけなさを宿した、本来のミトロフの、少年のような笑みだ。


「そうだな、ふたりには遠慮なく頼らせてもらう。だからぼくのことも頼りにしてくれ」


 面白くて、あるいは楽しくて仕方ない、という風に声をあげ、ミトロフは頷いた。


「薬草が見つからなくてすっかり困っていたんだ。グラシエならきっと、すぐに見つけてしまうだろうな」


 今日は薬草を探そう。いや、グラシエが慣れるために第二階層をゆっくり回る方がいいか?

 ギルドからの討伐金のおかげで、施療院への借金は目処が立った。今日の帰りにでもカヌレのために武器を見繕って……未来を考えるだけで、ミトロフの心はわくわくした。


 そんな日が来るとは、数ヶ月前のミトロフは想像もしなかった。人生とはこんなにも色鮮やかなものだったのかと、こんなにも心が踊るのかと、ミトロフは不意に何かが込み上げてくるのを感じた。


「時間はたっぷりある。今日は始まったばかりだ」


 ミトロフは喉を詰まらせながら笑みを浮かべる。


 じゃあ、行こうか。


 ミトロフが言った。グラシエとカヌレが頷き、三人は連れ立って迷宮へ向かって行った。




 了



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― 新着の感想 ―
まだまだ続きが読みたい。三人の活躍、カヌレの呪いなど気になる事が沢山あります。別に大物になる姿を見たいのではなく成長を見たいのです。
とても気持ちの良い読後感です ありがとうございます
更新を待ち望んでおりますが、時間が空いたのでAmazonで3巻ポチりました^_^二度目の昇華が起こったミトロフの活躍、楽しみにしています^_^
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