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【書籍化】太っちょ貴族は迷宮でワルツを踊る  作者: 風見鶏
第三章

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太っちょ貴族は退路を失う



 部屋の中は明るくなっていた。壁に据えられたいくつもの燭台には青い炎が灯っている。

 魔力の火だ。

 古の叡智によって形作られた迷宮が、どんな仕組みで、いつ動作するのかを理解しているものはいない。しかし今、迷宮はこの部屋を灯すことを選んでいる。


 部屋に入ったミトロフは、すぐにブラン・マンジェの後ろ姿を認めた。

 生きている。まずはそれで息をつけた。


 部屋の中ほどに立っている彼女にミトロフは駆け寄った。


「ブラン・マンジェ、無事か!」


 声に驚き、彼女は背後を振り返った。


「––––ミトロフさん? なぜここに」

「忘れ物を取りに来たら、アペリ・ティフに頼まれてな」

「任せてくださいと言ったのに……いえ、それよりも早く––––」


 そのとき、ブラン・マンジェの上空にばちり、と光の枝が生まれた。

 ブラン・マンジェが見上げ、顔を顰めた。その脚は動かない。動けない。


 ミトロフはすでに包みを開いていた。グランが組み上げたその”鉄の棒”は、簡易的な折り畳み式になっている。それを組み立て、真っ直ぐに上空に掲げた––––刹那、空気が弾けた。


 雷が落ちる。


 ブラン・マンジェを狙っていた雷光は、その半ばで奇妙に折れ曲がった。


「––––上手くいったぞ!」


 ミトロフが喝采を上げた。

 雷はミトロフが掲げた鉄棒に”捕まった”のだ。


「それは、いったい」


 戸惑うブラン・マンジェに、ミトロフは自慢げに宣言する。


「これは––––”避雷針”だ!」


 ミトロフの持っている鉄の棒は、普通の剣の二倍近くある。重さを減らすために中は筒状になっており、半ばに作られた輪からは鎖が伸びている。避雷針に落ちた雷は、金属の鎖を伝って地面に流れていったのだ。


 これが”錬金術師”の考案した、雷を捕まえる道具だった。本来は家屋の屋根に据えることで建物の被害を抑えるのだが、ミトロフはそれを自分で持つことにしたのである。


 持ち手には、雷に強い耐性を持つという”デンキナマズ”という魔物の皮を巻き付けている。それはしっかりと効果を発揮しているようで、ミトロフは少しも手に痺れを感じない。


「大丈夫だ! これがあれば勝てるぞ!」


 ミトロフは意気揚々と呼びかける。


「……それは良かった。でしたら、どうかそのままお逃げください」

「なにを」


 見返して、ミトロフはブラン・マンジェの脚に気づいた。ローブの裾は焼け焦げ、炭のように崩れている。ズボンもブーツも焦げ、おそらくは身体のあちこちにも傷を負っているだろう。

 察したミトロフに、ブラン・マンジェは優しく声を掛ける。


「助けに来ていただき、ありがとうございます。本当に感謝しています。正直に申しますと、もう立っているだけで精一杯なのです。あの”魔族”は––––想像を越えて強い。攻撃が通用しません。魔力も無尽蔵にあるようです。この情報をギルドに持ち帰って、対策を」


 再び、雷撃。横合いから飛んできたそれを、ミトロフは避雷針で絡め取った。荊の枝が鉄棒から鎖にまとわりつきながら地面に流れた。


 ミトロフは眼光鋭く見据える。部屋の柱の影に、あの山羊頭の老婆がいた。柱にも壁にも黒い焦げがある。炎の刃を生むブラン・マンジェの戦った跡に違いない。


 山羊頭の老婆は物陰を活用して攻撃を避けながら、雷撃を撃ち込んできたようである。それは明らかにただの魔物とは違った。ただ襲いかかってくるだけの物ではない。知性がある。


 覗き見るように姿を現した山羊頭の手に、ミトロフは自分の剣を見つけた。以前握っていた古い剣は捨てたらしく、今ではミトロフの刺突剣を杖代わりにしているようだ。

 ミトロフは唇を噛んだ。だが、取るべき選択肢は決まっていた。


「撤退しよう」


 山羊頭から視線を外さず、ミトロフはその場にしゃがんだ。


「乗るんだ。避雷針がある。雷は怖くない」

「……頼もしいお背中ですこと」


 軽口と共に、ブラン・マンジェはミトロフの背に身体を預け、太い首に腕を回した。


 ミトロフは片手でブラン・マンジェの脚を抱え、おんぶして立ち上がる。傷に響くのか、ブラン・マンジェが小さく呻く。


 強い”デンキ”が人の身体に流れたとき、致命的な傷を与えるのだと、ミトロフは本で読んでいる。それは人の血を沸騰させ、皮膚を焼き、心臓を止めるのだと。

 山羊頭の魔法は、おそらくは”雷”そのものではない。だが、できるだけ早く彼女を施療院に連れて行くべきだろう。


 ミトロフはゆっくりと後退りをする。

 山羊頭の老婆は姿を現し、手に持ったミトロフの剣を掲げた。


 雷撃。


 ミトロフは右手で避雷針を掲げる。雷撃は真っ直ぐに鉄の棒に吸い取られ、長く垂れた鎖を通じて地面へと流れていった。

 よし、とミトロフは頷く。効果がある。これなら問題なく逃げられる––––。


 扉までもう少し、と、その時である。

 ガ、ガ、と。ミトロフが開けておいた扉が自然に閉まった。


「なに!?」


 外から閉められた、と推測し、そんなわけがないと否定する。外にいるのはアペリ・ティフだ。


「……困りましたね」


 耳元でブラン・マンジェが言った。


「”守護者”の部屋は、挑戦者を逃さぬように扉が閉じられるようになっているんです」

「なんだその呪いの部屋は。待て、前回は普通に逃げられたぞ」

「守護者が不在だったことで、部屋自体も機能が停止していたんです」

「……それが動き出したということは、つまり」


 言葉の続きを、ミトロフは口に出せなかった。想像するだけで寒気がする。だが、口にしなければ現実が変わるわけもない。


 部屋の中央に青い光が集まり始めていた。それは部屋を囲う壁に据えられた魔力の篝火から飛んでくる。やがてそれは渦となる。


「あの”魔族”を守護者と認めたか、もしくは……」


 青い渦穴から、手が出てきた。這い出てきたのは”ゴブリン”である。ただし、肌の色は見慣れたゴブリンに間違いないが、その体格は比べ物にならぬほどに変わっていた。トロルのように巨体だが、脂肪は見られない。身体には革鎧を纏い、手には幅広の鉈を。そして一角の付いた鉄兜を被っている。


「––––”新しい守護者”が生まれたということです」


 ブラン・マンジェの口調は、ひどく静かだった。ただ現実を見据え、受け入れている。それゆえにミトロフもまた、冷静にそれを見つめることができた。


 屈強なゴブリンの尖兵……ゴブリン・ソルジャーは、この部屋の新たな主だ。”守護者”の名を冠する力を持っているだろう。

 そして傍には山羊頭の老婆がいる。自由に雷を扱い、知性を持ち、攻撃を通さぬ霊体。


 片方だけでも手に余る。それが二体いる。そして退路は封じられ、ブラン・マンジェはろくに動けず、ミトロフは剣すら持っていない。


 どう、切り抜ける?


 ミトロフの問いに、返ってくるのは空白だった。なにも思いつかない。活路がない。

 死の実感がミトロフの足を掴んでいた。




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[一言] 三つ巴でなくて守護者は老婆の味方なのか
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