太っちょ貴族は必要なものを考える
もう一度、ボスファングを見つけた。しかしその群れは六頭で構成され、二人が打ち倒したファングに比べても、身体の大きな個体ばかりだった。
幸いにも、グラシエが優れた視力で先にそれらを見つけたために、戦闘を回避することができた。
階下へ続く道を塞ぐように群れがいたため、二人は道を折り返すことにする。体力にはまだ余裕があったが、余裕がなくなってから帰り道を辿っては、命が危うい。
迷宮探索においては、何よりもまず、余裕と安全を優先することが大事だ、とグラシエは語って聞かせた。
ミトロフも不満はない。
ファングとの戦いで、何度も危うい目にあった。どれもが命の危機であり、一瞬の油断によってどんな怪我をするかも分からない。
今日も怪我を負わずにいられたが、明日もそうとは言えないのだ。
「そろそろ、装備を買い足した方がよかろうぞ?」
と、グラシエはミトロフに振り返った。
「装備? 防具かな」
「ミトロフは前衛で戦っておる。それだけ怪我を負う危険も高い」
ミトロフは自分の服を見下ろした。家を追い出されるときに餞別にもらった、庭師が使うような作業着だ。丈夫な厚い麻でできている。着心地は最悪だが、汚れてもいいし、破れても気にならない。
「身軽なほうがいいんだけど……鎧は無理だ」
「ミトロフの体型に合う鎧というのは、難しかろうな。急所を守る皮鎧だとか、それこそ盾があっても良かろうや」
たしかに、とミトロフは頷いた。
ファングもゴブリンも素早く、鋭い一撃は脅威だ。ミトロフは剣で弾くか、避けるかしているが、万が一のために防ぐという選択肢があるのは心強い。
「そろそろ迷宮での滞在時間が長くなる。休息のための道具も必要じゃろう」
「冒険者は迷宮で寝泊まりするんだっけ」
「深くまで潜ると、そうなるな。資金に余裕のあるパーティは縦穴を使うと聞くが」
「縦穴?」
「ギルドが管理する抜け道みたいなものじゃ。深い階層まで一気に降りられるという」
「すごく便利だ」
「じゃがの、利用するためにはギルドが定めた資格を満たすだけでなく、利用料までかかるというからの。上位のパーティの特権よ」
冒険者という枠組みの中でも、階層構造は生まれているらしい。金と権力を持ち、特権を許された貴族のような存在だ。
「いつかは使いたいもんだね」
「そう、いつかは、な。それまではこの二本の脚で歩くしかない」
二人は数回の戦闘を危うげなくこなして、迷宮から出た。
昨日と同じように受付で討伐品を査定してもらう。
ボスファングの牙が、やはり高い。ずいぶんと戦ったように思うが、査定額は「そんなものか」と少し気持ちが寂しくなる額だった。やはりコボルドの査定と比べてしまうと、ボスファングでも見劣りする。
時刻は夕暮れだった。
二人は食堂で夕食をとりながら、今日の反省と明日の打ち合わせを行った。
疲労もあるし、装備を整える必要もある。明日は休息にして、装備などを買い集めることとなった。
「資金はあるか?」
とグラシエが言う。
ミトロフは頷いた。
無駄使いをするわけにはいかないが、実家からもらった金はある。それは支度金という名の手切金だ。
「われらはパーティじゃ。ミトロフの装備の半分はわれが出そうと思うのじゃが」
「それは、どうなんだろう。冒険者の規則、なのかな?」
ミトロフは少し迷って、おずおずと訊ねた。
ミトロフとしては遠慮しようと思った。しかしそれは冒険者という人々からすると当然のやり方なのかもしれなかった。
「他の冒険者はあまり知らぬが、パーティはそうして助け合うものだと教わった」
「教わったって、誰に?」
「父だ。昔、冒険者をしておった。父が言うには、パーティに所属する者は一定の金額を出し合って備蓄し、それを使って共有の資材や装備を買い揃えるというでな」
「なるほど。合理的だ」
「今はまだ大した収穫にもなっていないが、これからはそうした方が良いとわれは思う。ミトロフはどうじゃ?」
「僕もそれがいいと思う。だから、グラシエも装備を買うなら、僕も半分出すよ。それから、食費は僕が多めに負担する。これは絶対だ」
ミトロフの冗談に、グラシエはくすくすと笑った。