太っちょ貴族は家を追い出される
「ミトロフ。お前にはこの家を出て行ってもらう」
バンサンカイ伯爵は強い決意を示して断言した。今日こそはもう我慢ならんと、愚息を前に声を荒げた。
夕食を終えて間もない食卓である。
ミトロフはひとり、まだ食事をしている。いつもそうだった。ミトロフは食い意地が平民よりも汚い。いくら食べてもミトロフの欲というものは満たされないらしい。何度注意しても、ミトロフは過食をやめない。
「聞いているのか、ミトロフ」
ミトロフは手にフォークとナイフを持ち、マッシュポテトを肉汁のソースに浸したところだった。傍らには食べ終えた皿が山になっている。それでいてテーブルに汚れはなく、食べ方も美しい。
自分に似たくすんだ金髪。柔らかな目元は亡き前妻に似ている。
しかし服も張り裂けんばかりの体型!
まるまると膨らんだ顔!
いったい誰の血か!
「ああ、見ているだけで胸が焼けるな、お前の顔は!」
バンサンカイ伯爵は耐えきれぬと顔を背け、口元を覆った。
「食、食、食……ミトロフ、お前には品がない。どれほどの教育をしても、知識を学び、剣を覚え、それでも食に対する欲は消えぬ。先日の立食会でオドブル侯爵に何と言われたと思うか。お前は知恵あるトロルのようだと、そう笑われたのだぞ! ええい忌々しい!」
「はあ」
と、ミトロフはうなずき、ごく穏やかにマッシュポテトを食べた。ひとくち、ふたくち、ぺろり。
皿を空にして、ナプキンで口を拭い、畳んでテーブルに置く。
「では父上、僕は勘当されるということですか」
「お前の今後の態度次第ではそうなるだろう」
と、バンサンカイ伯爵は口髭を撫でる。
本当ならば勘当したい。それほどに怒りが溜まっている。しかし、貴族が実子を勘当するというのも、社交界では醜聞となる。もっともらしい理由もない。生きたままでは相続権の破棄のための手続きも手間である。
幸い、ミトロフは三男である。
長男は勤勉で秀才。野心のなさが気にはかかるが、伯爵家を問題なく継がせられる。
次男は王都で書記官として所属している。女遊びが派手な点は悩ましいが、うまくやれば中央にコネを作るだろう。
そして今年15となったミトロフ。こればかりは、役に立たぬ。何をやらせても平凡。食うばかりにしか興味もなく、食費だけがかさむ。
貴族家にとって、長男以外は予備でしかない。そして役にも立たない予備を遊ばせておくほど、バンサンカイ伯爵家は余裕がないのだ。
「ミトロフ、お前は迷宮に行くが良い。貴族としての古き務めを果たすのだ。すでに申請はしてある」
バンサンカイ伯爵は懐から取り出した銀の板を食卓に放った。滑り、ミトロフのワイングラスの足元にかつんと当たって止まる。
「それは迷宮への通行許可証だ。迷宮ギルドへの加入証でもある。それを持って家を出て、独り立ちをして見せろ。お前も15になったのだからな」
「はあ」
ミトロフは銀のカードを取り、表、裏と眺めてから、胸ポケットに入れる。
ミトロフの反応の鈍さに、バンサンカイ伯爵はまた苛つきを覚える。昔からミトロフはこうだった。これが自分の息子なのかと思うと、その顔すら忌々しく思えてしまうのだ。
「……アルゾから荷物を受け取り、家を出よ。昼までに。迷宮で手柄を立てたならば戻ってこい」
「わかりました」
ミトロフは立ち上がり、バンサンカイ伯爵に一礼する。身体は丸々と膨れていながら、その所作はまさに貴族の振る舞いである。
「お世話になりました、父上。迷宮に行って参ります」
どす、どす、と重たげに足音を鳴らしながら、ミトロフは食堂を出て行った。