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第一章①-犬童 毅

 翌日、いつもより一時間早い出勤の英二は歩き慣れた道を歩き職場に到着した。

そう、アイレンタカー川崎駅前店だ。


 この店舗は石田商事の運営する五店舗の中でも最大規模で、常時百台程が稼働している。

その管理をするのもまた、社員の役割なのだ。


 鍵を開け、SECOMのシステムを解除する。

ここからはなんて事はない。

いつも通りの手順でレンタカーの管理システムを立ち上げ、朝イチで出発するお客さんの車を確認する。


「おはようございまーす。あれ、英二さんさすが早いっすね〜」


 そうこうしていると学生バイトの不動俊輔が出勤してきた。

不動は近くの大学に通う二年生で、去年から働いている。

爽やかな雰囲気の大学生で、見た目は今風だがよく気が利くので英二からの評価も高い。


「不動くんおはよう。早速で悪いけど、駐車場のヴォクシーのエンジンかけてきてくれないかな?この後すぐ出発だからさ」


「了解です!」


 不動が出ていくと英二は続けて昨日の売り上げをまとめた日報に取りかかる。

これを作成して本社に送るのも朝のルーティーンだ。


「どうも。八時から予約している犬童だけど」


 英二がカウンター横のパソコンに向き合うのとほぼ同時に犬童が来店した。

インターネットから予約してきた初めての客だ。


「いらっしゃいませ!では、当店初めてとのことですので免許証と他にご住所を確認できる書類をお願い致します」


「はぁ?聞いてねぇよ、なんだそれ。免許証だけじゃダメなわけ?」


「申し訳ございません、インターネットの方にも記載がございますように初回の方にはご提示をお願いしております」


「うるせーよ、そんなの読んでるわけねぇだろ」


(いや、読めよ)


 と英二は内心思いながらも犬童と向き合う。

この手の客はどうにかなだめるしかないのだ。


「失礼致しました。それではご住所確認書類をお持ちでなければ、お支払いはクレジットカードでお願い出来ませんでしょうか?」


 乗り逃げのリスクと隣り合わせのレンタカーではリスク管理の為住所確認書類のない客にはカード払いをお願いしているのだ。


「カード持ってねぇよ。現金だよ、現金」


「そうですか、しかしこのままではお貸し出し致しかねます……」


 困ったがここで許してしまうとルールが形骸化してしまう。

そうなると後々困るのは英二達だ。


(朝から厄介な客に当たったなぁ)


 そう思いながらも犬童の出方を伺っているとどこかへ電話をかけ始めた。


「あ、もしもし兄貴ですか?レンタカー屋が住所確認させろだとかカードで払えだとかゴチャゴチャ言ってんすよ。やっちゃいますか?」


(やっちゃいますか……?)


 穏やかでない言葉を耳にして嫌な予感がする。

というのも犬童は百九十センチはあろうかというガタイにスキンヘッド、おまけに刺繍入りのジャケットを着ている。


(これはヤクザか半グレか、どちらにしてもカタギじゃなさそうだな)


 そう思った英二はバックヤードに戻り店長の大山にメッセージを送る。


『カタギじゃない客とトラブルになりそうです。警察を呼びますか?』


 大山からの返信を待つ1分程が英二には1時間くらいに感じた。


『いや、それはまずい。どうにか謝ってよ』


 ここで大山の嫌いな部分が出た。大山は問題を大きくするのを嫌う。何に関しても自分への被害を最小限に留めたいタイプの人間なのだ。


 しかし、謝って済むのだろうか。相手は今にも頭から湯気が出そうだ。


「お客様お待たせ致しました。店長と相談したのですが、犬童様以外の方でも結構ですのでご住所を確認させて頂けないでしょうか?」

「もしくは、緊急連絡先としてこちらの用紙にご連絡の取れる方の連絡先をご記入頂けませんか?」


 そう、最終手段だ。本人以外で連絡の取れる親戚などの情報をもらい、本人と連絡が付かなくなれば連絡する。

本来これだけで貸し出すのはリスクが高すぎるが贅沢は言っていられない。

ひとまずこの場を収めなければ後から来る客にも迷惑がかかるからだ。


「チッ、わかったよ。弟の連絡先書いてやるよ」


 今にも殴りかかって来そうな犬童だったが、騒ぎを起こすと自分の立場も危ういのだろう。どうにか同意を取り付けることに成功した。


「ありがとうございます。お手数おかけして大変申し訳ございませんでした!」


 そうこうしてようやく犬童は出発した。厳密には反社会勢力へレンタカーを貸すことはできないのだが、今そんなことを言えば間違いなく病院送りだ。ルールと現実、そして店長のメンツという三方向から囲まれた今英二に突破できるのはルールという壁しか残されていなかったのだ。


 ようやく一件貸し渡しが終わった。まだ出勤して1時間も経っていないというのに、一日分の疲れを感じた英二はコーヒーを飲み干してパソコンに向き直るのだった。


第一章②へ続く

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