1話 関係ない転生
『それじゃあ23時も過ぎたことだし、今日の配信はここまで!
みんな来てくれてありがとうね、また明日〜』
「もうそんな時間なのか。明日は朝早くから外回りの仕事だし、もう寝るか···と、その前に『配信お疲れ様』っと」
いつものようにコメントしてからアプリを落とす
この配信アプリ【fork】を初めてから十数年経つが相変わずの楽しさでついつい時間を忘れてしまう。だが、40手前まで歳を取ったせいか若者のテンションについていけなくなったし、元々使ってた本垢にはしつこい付きまといがいるせいで【シャファル】という名前のサブ垢でしか活動できなくなった。
布団に潜り込みながら「そろそろやめ時か」とか「独り身だし、これ以上楽しみが減るのもなぁ」などと考えながら目を閉じ眠りについた。
翌日、予定通り外回りの仕事をこなしていると2年ほど前にうちの会社に入社した渡辺日向さんと最近入室した鈴宮玖実さんが歩いてくる
(そういえば今日は鈴宮さんに外回り仕事の説明日だったな。)
説明が終わったのか、楽しそうに談笑しながら歩いてくる
(って、会話に夢中になってて工事中のビル前の立入禁止エリアに入ってるし、危ないから声かけるか)
────────カララン─────────
声をかけようとした時、微かにだが鉄同士がぶつかるような音が聞こえ、ふと視線をあげると鉄パイプが落ちてくるのが見える。
真下にいる渡辺さんと鈴宮さんのもとに
やばいと思った時にはもう体は走り出していた
(全力で走るのなんて何十年ぶりだよ!
くそっ、間に合ってくれ!)
そんな俺に気づいた後輩2人は呑気にも「雨宮さーん、そんな必死に走ってどうしたんですか〜?」などと言ってくるが、あいにく喋り返す余裕が無い俺は短く「上っ!」とだけ言った。
そこでようやく落ちてくるの複数の鉄パイプに気づいたのか2人の体がピタッと固まる。
当たり前だ、今まで命の危険を感じたことがない人間がいきなり死の危険にさらされたら頭が真っ白になるに決まって動けなくなる。
そんな事を走りながら考えていた。
ただ、必死に走ったからか思ったよりも運動能力が衰えてなかったためか分からないが、何とか鉄パイプよりも先に2人のもとにたどり着きそうだ。
(よし、何とか間に合った)
と安心してしまったため、最後の最後で足をもつれさせてしまう。
「ッ!」
咄嗟に2人を突き飛ばすのとほぼ同時に身体中に衝撃がはしり、次いで暑さと寒さが体を襲う。
離れたところから叫び声や「雨宮さん!返事してください雨宮さん!」と俺を呼ぶ声が聞こえる。
だが、落ちてきたパイプが刺さったのか脇腹は燃えるように暑く、走ったため消費した酸素を取り込もうとも血が流れ出てるから、酷く寒く息苦しいため返事を返せない。
(っぅ···あぁ、ここで俺は死ぬのか···まぁ今まで平々凡々な人生だったけど最後で人を救えたなら悪くないかもな)
なんてらしくもない事を考え、俺こと雨宮春樹の意識は闇に落ちた。
少し強く、しかし優しく吹かれたそよ風に頬を撫でられ目を覚ます。
(···?俺は生きていたのか?だとしたら最近の医療技術は凄いな)
なんてことを考えながら身体を起こす。
「···え?···ええ!?」
1つ目の「え」は見渡す限り周りが森な事について、2つ目は1つ目の「え」がいつもより高く、可愛らしい声だったことについて。
急いで手を見て顔を触れ体を見る。
手はいつもより小さく、指は細い。顔は柔らかくすべすべな肌。体はワイシャツのような服の上に青色のパーカーのような服を着ており、短パンを見たいなズボンで靴は膝まであるブーツを履いていた。
嫌な予感が頭をよぎり、近くにあった泉を覗き込む。
浮かび上がった顔は、黄金色の瞳に太陽光を反射して淡く光る白銀の髪を首あたりで纏めている可愛いと綺麗さを兼ね備えた女の子だった。
この顔や姿に酷く見覚えがある。それは【fork】で使ってたサブ垢【シャファル】のアイコンのイラストキャラだった。
確かに俺はライトノベルや転生系の漫画を読み漁っていて、若い頃は異世界転生してぇなぁ。なんて考えたりもしたが、それはチートスキルなどを貰っての転生転移であり、ましてや異世界と何ら関係ない配信アプリのアカウントだなんて思ってもなかった。
呆然としてしまった俺の口から零れた言葉はたった一言
「サブ垢転生ってマジですか?」
だけだった。